ある日突然、大切は家族がいなくなったら・・・・・そんな想像をしたことはあるでしょうか。ついさっきまで当たり前のようにそこで笑っていた人が、跡形もなく消え失せる。しかもそれが、幼い我が子だったとしたら。一体どれほどの恐怖と絶望を感じるのでしょうか。
子どもの誘拐・失踪をテーマにした作品はたくさんあり、顛末も千差万別。ただ一つ共通しているのは、子どもを失った家族は例外なく生き地獄を味わうということです。今日は、そんな子どもの失踪を扱った小説をご紹介します。春口裕子さんの「行方」です。
パートでお迎えが遅れたわずかな間に、娘の琴美が行方知れずになってしまった主婦・妙子。頑固で心配性な父親に悩まされつつ、親子二人三脚でペンションを切り盛りする娘・楓。だらしなく無分別な母と引きこもりの兄を横目に、自分は不特定多数の男の間を渡り歩く妹・幸子。二十二年の時を経て三人の運命が交錯した末、明らかとなる失踪事件の真相とは。
三歳の娘が失踪したことで母親・妙子が感じる焦り・恐怖・後悔といった描写が丁寧で、読んでいて胸が苦しくなるほどでした。特に序盤は、混乱するままに罵ってくる姑や、陰口を叩く職場の同僚、世間からの理不尽な誹謗中傷など、痛々しい場面が続きます。一部の登場人物には本気で不愉快な気分にさせられるので、気分が滅入っている時は読まない方がいいかもしれません。
二十二年後、楓と幸子という二人の女性が登場したことで物語が動き出しますが、この二人の人生もなかなか複雑。楓は父とともにペンションを運営しているものの、経営は未だカツカツの上、父親は過保護で息抜き一つままなりません。一方、幸子は、社会に馴染もうとせず引きこもる兄と、そんな兄だけを偏愛する母を持ち、荒んだ生活を送っています。順風満帆とは言えない日々を送る三人が、ふとしたきっかけで接点を持った時、過去の失踪事件の謎が明かされていくのです。
三人はそれぞれ悩みと苦しみを抱えていますが、救いはあります。決して妙子を非難せずに支え、懸命に琴美を探し続ける夫と長男、若い身空でペンション経営に奮闘する楓を見守る近隣住民や常連客たち、能天気かつちゃらんぽらんなようでいて、意外に真摯な面を見せる幸子のボーイフレンド。これらの登場人物たちの温かみが、辛い場面にも彩りを与えてくれました。
明らかになった失踪事件の真相はとても切ないものですし、失われた二十二年は戻りません。ラストの光景に、寂しさを感じる人もいるでしょう。ですが、いわゆるイヤミスとは違い、ちゃんと光を感じられるエンディングが待っています。家族とは何か。絆とは何か。考えさせられる作品でした。
家族の絆は大切度★★★★☆
身勝手な母親は許せん度★★★★☆
こんな人におすすめ
・失踪事件をテーマにした小説に興味がある人
・親子の絆の強さと複雑さを味わいたい人