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はいくる

「あいにくあんたのためじゃない」 柚木麻子

図書館に入庫された新刊の予約は、一種の戦争だと思っています。人気のある作家さんの最新刊や、映像化された話題作などは、図書館HPに新刊情報が載ると同時に予約が殺到。あっという間に何百人もの待機リストができることも珍しくありません。私はこの手の予約戦争に遅れがちなので、パソコン画面前で何度も「あーあ」とため息をつきました。

しかし、<予約人数が多い=なかなか順番が回ってこない>かというと、必ずしもそういうわけではありません。たくさん予約が入るような人気作は、図書館側も在庫を多めに仕入れる可能性が高いです。その上、たまたま読破・返却が早い人達が続けば、意外にさっさと順番が回ってくることもあり得ます。この本も、たくさんの予約者がいたにも関わらず、びっくりするほど早く手元に届き、嬉しい驚きでした。柚木麻子さん『あいにくあんたのためじゃない』です。

 

こんな人におすすめ

スカッと痛快なヒューマンストーリーが読みたい人

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「#真相をお話しします」 結城真一郎

物語を創る上で、テーマ設定はとても重要です。中には、特にテーマを決めず自由気ままに創作するケースもあるでしょうが、これは恐らく少数派。「身分違いの恋を書こう」とか「サラリーマンの下剋上物語にしよう」とか、最初に設定しておくことの方が多いと思います。

古今東西、大勢のクリエイターが様々なテーマを基に創作活動を行ってきたわけですから、その数はまさに天井知らず。となると、当然のごとく、ウケがいいテーマと、そうでもないテーマが出てきます。前者の代表格と言えば、やはり<時事ネタ>ではないでしょうか。今この時、世間を騒がせている問題をテーマにすることで、より多くの注目を集めることができます。今回取り上げる作品も、今という時代を象徴するようなテーマ選びがなされていました。結城真一郎さん『#真相をお話しします』です。

 

こんな人におすすめ

世相を反映したどんでん返しミステリーに興味がある人

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「可燃物」 米澤穂信

ミステリーの探偵役は、とにもかくにも個性的でインパクト抜群なタイプが多いです。シャーロック・ホームズや金田一耕助は言うに及ばず、坂木司さん『ひきこもり探偵シリーズ』の鳥井は精神的負荷がかかると幼児返りする引きこもりで、東川篤弥さん『謎解きはディナーのあとでシリーズ』の影山は毒舌執事。赤川次郎さん『三毛猫ホームズシリーズ』にいたっては、謎解きの中心となるのがなんと猫です。現実では到底出会えないようなキャラクターが生き生き事件解決しているのを見るのは楽しいですね。

その一方、個性や人間味の描写がないからこそ輝くタイプのキャラクターもいます。例えば、当ブログでも何度か取り上げた西澤保彦さん『腕貫探偵シリーズ』の<腕貫男>。腕貫を付けた地味な容姿の市役所職員で、シリーズ通して内面描写はほぼないにも関わらず、その脂っけのなさが逆に印象的なんです。それから、この作品の主人公も、人間味を見せない所にある種の魅力を感じました。米澤穂信さん『可燃物』です。

 

こんな人におすすめ

正当派警察ミステリー短編集が読みたい人

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「十戒」 夕木春央

創作の世界には<評価が分かれる作品>というものが存在します。ある人にとっては傑作でも、別のある人にとってはイマイチ・・・などということは、決して珍しいことではありません。違った感想を持つ読者同士が、あれこれ意見をぶつけ合うこともまた、読書の醍醐味の一つです。

では、賛否両論、評価が分かれやすいのはどんな作品でしょうか。例を挙げると、<神様が超自然的な力を使って犯人を当てる>という麻耶雄嵩さんの『神様ゲーム』、学生達があまりに残虐な殺し合いを繰り広げる高見広春さんの『バトル・ロワイアル』、解決編が存在しない恩田陸さんの『夏の名残の薔薇』等が、議論を巻き起こす傾向にあると思います。それからこの作品も、人によって評価が分かれる気がしますね。夕木春央さん『十戒』です。

 

こんな人におすすめ

クローズドサークルもののミステリーが好きな人

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「息がとまるほど」 唯川恵

有難いことに、実家には今なお私の部屋が残っています。昔、私が使っていた日用品の類も、状態の良い物はそのまま保管してくれています。実家を離れてずいぶん経つのに、まだ部屋を残してもらえるなんて、少し照れくさくも嬉しいものです。

そんな私の帰省中のお楽しみ。それは、実家の部屋に並んでいる本を読み返すことです。何度も何度も繰り返し読んだ作品ばかりで、別に目新しいわけではありませんが、読むたびにちゃんと面白いのだから不思議ですね。前回の帰省時には、この作品を再読しました。唯川恵さん『息がとまるほど』です。

 

こんな人におすすめ

背筋がゾクッとするような恋愛短編小説集に興味がある人

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はいくる

「最後の祈り」 薬丸岳

死刑のことを<極刑>と表現することがあります。意味は、それ以上重い罰がない究極の刑罰ということ。己の罪を命を以て償う死刑は、確かに<極刑>という言葉がふさわしいと思います。

ですが、よく考えてみれば、死が万人にとって究極の刑罰とは限りません。「もう死刑でいいや」と投げやりになる犯罪者もいるでしょうし、極端な例だと「生きていても面白くないことばかりだけど、自殺は面倒。死刑囚は三食付きで労役もないし、ぜひ死刑になりたい」と考える不心得者もいるようです。こうした考えの人間を望み通り死刑にしたって、それは果たして究極の刑罰と言えるのでしょうか。生を望み、死を恐れる者に対してこそ、死刑は<極刑>たりえるのだと思います。今回取り上げるのは、薬丸岳さん『最後の祈り』。死刑というものの意味について考えさせられました。

 

こんな人におすすめ

教誨師が登場する小説に興味がある人

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「愛に似たもの」 唯川恵

愛とは決して後悔しないこと、最後に愛は勝つ、愛は地球を救う・・・愛に関する有名な台詞や歌詞、格言は数えきれないほど存在します。愛はキリスト教で最大のテーマとされていますし、日本においても、年齢や性別の枠を超えた深く広い慈しみの感情として捉えられることが多いです。お金や権力を求めるのは何となく卑しい気もしますが、<愛のため>というお題目があると、気高く誠実なもののような気がしますよね。

ですが、これはちょっと危険な考え方なのかもしれません。何しろ愛には決まった形があるわけでもなく、人によって無限に捉え方が変わるもの。本人にとっては<愛>でも、他人からすればまったく違うものだということもあり得ます。この作品では、愛のように見えてどこか違う、様々な感情が描かれていました。唯川恵さん『愛に似たもの』です。

 

こんな人におすすめ

女性のどろどろした感情をテーマにした小説が読みたい人

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「方舟」 夕木春央

ミステリーやホラーのジャンルが好きで、<クローズド・サークル>を知らない方は、恐らくいないでしょう。単語を聞いたことがなくても、「外界と往来不可能な状況で事件が起こる様子を描いた作品のことだよ」と説明されれば、きっとピンとくると思います。嵐の孤島や吹雪の山荘、難破中の船・・・脱出困難な状況で怪事件が起き、「誰が犯人なのか」「次は自分が殺されるのか」と疑心暗鬼に駆られる登場人物達の姿は、多くのミステリーファンをハラハラドキドキさせてくれます。

ただ、現実的な目線で見てみると、クローズド・サークル作品には「なんでわざわざこんな状況で事件を起こすの?」という疑問がついて回ります。なるほど、確かに脱出困難な状況ならば、標的を逃さず仕留めることができます。その標的のことが憎い場合、より恐怖と不安を与えられるというメリットもあるでしょう。反面、外部と行き来できない分、犯人自身も逃亡できなかったり、犯行を見破られるリスクも高まったりします。よって、クローズド・サークル作品を面白くするためには、この辺りをどう上手く料理するかが重要な鍵となるわけです。でも、こんな形でクローズド・サークルを作った作家さんは、この方が最初ではないでしょうか。今回ご紹介するのは、夕木春央さん『方舟』です。

 

こんな人におすすめ

・クローズド・サークル系のミステリー小説が好きな人

・絶望感溢れるどんでん返しが読みたい人

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はいくる

「とける、とろける」 唯川恵

人間の三代欲求は、<食欲><睡眠欲><性欲>と言われています。これを緊急度合という基準で考えると、強いのは睡眠欲、食欲、性欲の順なのだとか。人は睡眠欲や食欲が満たされないと、いずれ体力が尽きて死んでしまいますが、性欲は満たされなくてもすぐ死ぬことはありません。子孫繁栄にしたって、人工的な手段を使えば、欲求云々を抜きにしても可能と言えば可能です。そう考えると、これは確かに正しい順位なのでしょう。

ですが、これはあくまで<緊急性>を基準とした話。<緊急ではない=なくていい>というわけではないのが、この世の不可思議なところです。人類最古の職業は売春業と言われているだけあって、生物と性欲との間には切っても切り離せない関係があります。今回は、そんな性愛の奥の深さをテーマにした作品をご紹介します。唯川恵さん『とける、とろける』です。

 

こんな人におすすめ

女性目線の官能小説に興味がある人

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はいくる

「終点のあの子」 柚木麻子

どんな物事であれ、最初の一歩は大事です。最初の外食、最初の登校、最初のデート、最初の出勤・・・結果が成功するにせよ失敗するにせよ、その人にとって印象に残る出来事であることは間違いありません。

小説家にとって最初の一歩、それはデビュー作です。プロとしての人生を歩み出した記念作なわけですから、小説家本人だけでなく、読者からしても印象的な作品であることが多いですよね。この方のデビュー作も、初読みから何年経っても強く印象に残っています。柚木麻子さん『終点のあの子』です。

 

こんな人におすすめ

女子高生のもどかしい人間模様を描いた青春小説が読みたい人

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