はいくる

「黄泉路の犬---南方署強行犯係」 近藤史恵

私は子どもの頃からずっとペット禁止のマンション住まいだったこともあり、動物を飼った経験がありません。ですが、身近には動物好きの人が多く、ペットにまつわるあれこれを聞く機会もしょっちゅうありました。自分を無心に慕ってくれる生き物と暮らすのは、とても幸せなことでしょう。

とはいえ、悲しいかな、ペットに関する悲しい話もたくさんあります。例えば保健所での殺処分問題や、多頭崩壊問題。無機物であるゴミの処分問題だって深刻なのですから、相手が生き物となると、その酷さはとても言葉で語り尽くせるものではありません。こうした問題を扱った書籍となると、どうしてもノンフィクション寄りになりがちですが、今回は小説をご紹介したいと思います。近藤史恵さん『黄泉路の犬-――南方署強行犯係』です。

 

こんな人におすすめ

日本のペット問題を扱った小説に興味がある人

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民家に不審者が押し入り、中にいた姉妹を脅迫、現金と飼っていたチワワを強奪していったという強盗事件。二カ月後、そのチワワが驫木有美という女性のもとにいるという情報が入り、刑事が家を訪ねたところ、そこにはなんと有美の首吊り死体があった。有美の家には飢餓状態の犬猫や、餓死した動物達の死骸が多数放置されていたが、聞き込みによると、この状態は有美の生前から続いていたという。犬猫にかかる費用により有美はほぼ無一文であり、経済的精神的に追い詰められた末の自殺と見られたが---――動物飼育問題の闇を描く、心震わすミステリー

 

「南方署強行犯係シリーズ」第二弾です。とはいえ、話は完全に独立しているので、二作目から読んでもまったく問題なし。私自身、第一弾より先に本作を読みましたが、引っかかりを感じることはありませんでした。DVをテーマにしていた一作目に対し、本作で取り上げられているのはペット問題。コロナ禍で動物を飼う人が増え、比例して殺処分や多頭崩壊の問題も増えた今、とても身近なテーマに感じられました。

 

主人公・圭司が刑事として勤務する南方署強行犯係に、とある知らせがもたらされます。二カ月前の強盗事件で強奪されたチワワが、驫木有美なる女性宅にいるというのです。早速同僚と共に有美宅を訪れた圭司が見たもの、それは飢えて痩せこけた犬や猫達、共食いでぼろぼろになった動物の死骸、そして屋内で首を吊った有美の死体でした。動物達の保護のため動物シェルターのボランティアを頼った圭司達は、そこで有美がアニマルホーダー(自身の飼育能力を超えた動物を飼い、手放すことができない人)として今までも数々のトラブルを起こしていたこと、経済的にも困窮していたことを知ります。アニマルホーダーは精神疾患を患っていることが多く、有美の死は自殺の線が濃厚。しかし、わずかな違和感を感じた圭司と相棒の女性刑事・黒岩は、他殺を視野に入れて捜査を進めていきます。

 

と、こんな感じのあらすじですし、販売サイトでもミステリーと紹介されることが多い本作ですが、謎解き要素はごく薄目。登場人物数がそう多くないこともあり、読書慣れした方ならすぐ「あ、この人が犯人っぽい」と分かるでしょう。同じ刑事ものでも、最後の最後にどんでん返しがある中山七里さんなどとは作風がかなり異なります。

 

謎解きに代わってクローズアップされているのは、日本のペットが直面している深刻な問題です。一言で問題といっても色々ありますが、本作で主題となるのは<アニマルホーダー>問題。現実でもしばしば、尋常じゃない数の動物を飼ってトラブルになるニュースが報道されますが、まさにあれのことです。アニマルホーダーの最大の特徴は、ペットの適切な世話ができず、死なせてしまうことさえあるのに、自身の行為が動物虐待であり周囲への迷惑であると認識できないという点。心の病気に起因することが多いせいもあり、本人に注意しても解決は難しいそうです。私はこれまで、多頭崩壊を起こす飼い主はただの無責任・無計画な人だと思っていましたが、本作を読んで少し見方が変わりました。

 

アニマルホーダーについて知ってみれば、飼い主も決して極楽とんぼだったわけではないと分かるものの、やはり一番気の毒なのは動物達です。本作序盤、圭司が有美宅で見た光景はまさに生き地獄そのもの。経済的な困窮から餌をもらえず、骨と皮だけになった犬や猫。他の個体に共食いさせて穴だらけになった犬猫の死骸。この辺りの描写の凄惨さは、愛犬家だという近藤史恵さんが、苦しむ動物達の現状を訴えたくてあえて生々しく描いたのではないかと推測しています。それでも、有美がこの地獄のような現状をまるで理解しておらず、自分を<犬猫の愛情深い母親>と信じていたところが恐ろしいです。

 

動物好きには辛い場面が多い中、主人公・圭司と兄の宗司が自宅で猫を大事に育てているところが救いでした。猫あるあるネタ満載の可愛い描写の連続で、愛猫家なら「くっはぁぁぁぁ・・・」ととろけてしまうこと必至。相棒・黒岩の甥の絡め方も上手く、キャラクターへの共感度が高まりました。ただ、残念なことにこのシリーズ、本作が二〇〇五年に刊行されたのを最後に続刊が出ていないんですよね。会話・回想の中でしか出てこないながら、主人公の母親もなかなかいいキャラっぽいし、いつかまた続きが読みたいものです。

 

愛情には責任が伴います★★★★★

主人公宅の猫が可愛いいいいいい!★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     ミステリーのシリーズなんですね。
    現金だけでなくペットまで盗むとは変わった事件でさらに衝撃の事件が起こるのは驚きました。
     コロナ禍で安易な気持ちでペットを購入してますます深刻になっているという話をよく聞きます。
     ペットを飼うことはどういうことか?ペットを飼う前に読んで欲しい作品ですね。
     1作目から読みたくなりました。

    1. ライオンまる より:

      一作目はDV、二作目はペット虐待と、コロナ禍でますます深刻度が高まっている問題がテーマです。
      近藤史恵さんの著作にはミステリーもたくさんありますが、刑事が主役のものとなると珍しいので、とても新鮮でした。
      続編はやっぱり難しいのかなぁ・・・

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