「お気に入りの作品に出てくる土地を見てみたい」「あの作者が愛した店に行ってみたい」。そう願うファンは少なくないと思います。かくいう私もその一人。映画『ロード・オブ・ザ・リングシリーズ』の大ファンでもあるため、お金を貯めて、いつかニュージーランドの撮影地すべてを回るのが生涯の夢です。
現実問題、社会人が大好きな作品ゆかりの土地を巡るのは、決して簡単なことではありません。お金、時間、家庭や仕事のスケジュールとの兼ね合い等々、越えなければならないハードルがいくつもあります。では、物語の登場人物達ならどうやってハードルを越えるかというと、この作品の主人公なんてなかなか印象的でした。秋吉理香子さんの『月夜行路』です。
こんな人におすすめ
・ミステリー仕立てのロードノベルが読みたい人
・文学ネタが好きな人
あの人と結ばれていたら、どんな人生だったのだろうか—–夫と子供達との生活に寂しさを募らせていく主人公・涼子。ある時、夫の浮気を確信し、衝動的に家を飛び出してしまう。その先で女装バーのママ・ルナと知り合った涼子は、勢いにまかせて、自身の悩みをすべてぶちまける。ルナは、そんな涼子の不満の根底に、初恋の恋人・カズトへの未練があることを看破。ヤケクソでカズトを探しに行くと言う涼子に同行を申し出る。しかし、その道中は波乱の連続で・・・・・公園のベンチで寄り添って死んだ男女の謎、未解決強盗事件の意外な余波、宝石店で巻き起こる愛憎劇の行方。旅の果てに、涼子は何を見つけるのか。驚きのラストが胸を打つ、ヒューマン・ロードノベル
最近、『絶対正義』『監禁』を続けて再読したこともあり、<秋吉理香子さん=イヤミス>のイメージが強くなっていました。対して、本作は口当たりの軽いヒューマンミステリー。途中、人が亡くなる描写もあるものの、主人公二人の掛け合いの楽しさや、訪れる土地の魅力、文学蘊蓄の面白さもあり、読後感はとても良いです。タイトルの美しさも素晴らしい!
「序章 暗夜行路」・・・仕事仕事ですれ違ってばかりの夫。生意気ばかり言う子供達。誕生日さえ忘れられ、おまけに夫の浮気の確信まで得た涼子は、咄嗟に家を飛び出してしまう。そんな彼女は、夜の街で女装バーの美しきマダム・ルナと出会い・・・
二人が珍道中を始めることになったきっかけが描かれます。いくら自暴自棄、いくら手術済とはいえ、知り合ったばかりの元男性のルナと二人旅に出るというのは、ちょっと突飛すぎる気もしますが、そこはご愛敬。女優ばりの迫力美人の上、優れた推理力の持ち主だというルナのキャラがとても魅力的で、掴みはオッケーです。
「第一話 曽根崎心中」・・・わずかな手がかりから、カズトに会うため大阪を訪れた涼子とルナ。『曽根崎心中』のお初と徳兵衛の像がある露天神社にやって来るも、そこで男女の遺体を見つけてしまう。事情聴取の中で聞いた話によると、二人はそれぞれ既婚者であり、不倫の末の心中と目されているという。だが、涼子が呟いた一言を聞いた途端、ルナは顔色を変え・・・・・
第一話のテーマは近松門左衛門の『曾根崎心中』。心中物の代表作ゆかりの地で男女の遺体が見つかるという、かなりショッキングな始まりです。よくあるパターンだと、ルナが卓越した推理力で真相判明!となりそうなところ、本作の場合、<ルナが中盤まで謎解き>→<涼子の何気ない一言で本当の真実に気づく>という二段構えになっています。涼子が一方的におんぶにだっこにならない展開、好印象です。
「第二話 春琴抄」・・・続いて二人がやって来たのは、谷崎潤一郎『春琴抄』ゆかりの地。最初に訪れた呉服店では門前払いされてしまうものの、次に訪ねた骨董店では話を聞いてもらえる。残念ながら、カズトに関する情報はゼロ。流れで、一か月前、骨董店が窃盗被害に遭った話を聞く。盗まれたのは、何の価値もない商店組合の盾だけらしいのだが・・・
謎解きの構成はこのエピソードが一番好きです。やたら感じの悪い呉服店店主と、商店街での盗難事件とがこんな風に結びつくとはね。ルナが聡明なだけでなく物理的にも超強くて良かった!また、後半、ルナが涼子に対してかける「あなたは私の夢。生まれた時からずっと女性の体を持っている」という言葉。ルナが女性の人生を手に入れるために味わった壮絶な苦痛を思うと、ものすごく深いです。
「第三話 黒蜥蜴」・・・カズトの行方を捜して大阪中を歩き回る涼子とルナだが、いっこうに有力な情報は掴めない。今回訪れた宝石店でも手がかりはなく、おまけに社長が殺害される現場に居合わせてしまう。現場の状況から、一番怪しいのは、店に長年尽くしてきた老ジュエリーデザイナーなのだが・・・・・
人死にが出るという点では第一話と同じですが、今回は最初から殺人と分かっている上、現場から三百万がなくなっており、生臭い空気がたっぷりと漂っています。その割に後味は良く、「めでたしめでたし」と心から思うことができました。本筋とは無関係ですが、自由軒の名物カレー、ものすごく美味しそう!大阪には何度か行ったことあるのに、今まで食べたことないのが悔やまれます。次回は必ず!!
「最終話 月夜行路」・・・ついに判明したカズトの実家の場所。恐る恐る訪れたそこで、涼子はあまりに悲しい真実を知る。嘆く涼子にルナが明かした、優しく切ないサプライズとは・・・・・
すべての謎が解き明かされます。正直、カズトに関しては予想できましたが、ルナの真実には心底びっくりでした。涼子の無謀な旅に同行した理由が、まさかそういうことだったとは。ちょっぴり切ないけれど、これが一番のハッピーエンドなのでしょう。願わくば、涼子とルナはこれからも時々会って女子トークを繰り広げてほしいです。
ミステリー部分もさることながら、本好きとしては、各エピソード家にちりばめられた文学ネタがものすごく楽しかったです。直木賞の名前となった作家・直木三十五は、最初は直木三十一という筆名で、年ごとに三十二、三十三と変えていき、三十五で変えるのをやめたこと。デレク・ハートフィールドにアブドル・アルハズラット。江戸川乱歩『黒蜥蜴』を子供向けにリライトした『黒い魔女』という作品があることetcetc。こんな風に蘊蓄を楽しみながら旅行できたら、きっと幸せだろうなぁ。
二段構えの謎解きが面白い!度★★★★★
私も誰かにとっての夢で在りたい度★★★★★
暗夜行路や曽根崎心中を読んだ方が面白いでしょうか。
昔から本を読んでいる方ですが、外国文学、伝記、怪盗ルパンシリーズなどで日本文学をあまり読まなかったのが悔やまれます。
斬首の森、ホテル・ピーベリー・教祖の作り方を借りて東野圭吾さんの新作も届きました。
今、斬首の森読んでます。
最初から凄い展開でハラハラしてます。
元ネタの作品を未読でも十分面白いと思います。
むしろ、未読の作品に対する興味を深められる気がします。
私自身、文豪と呼ばれる作家が書いた作品はあまり読んでいません。
あまりに有名で、あらすじや結末もざっくり知ってしまっている分、関心が薄れるのかな・・・
斬首の森、感想を楽しみにしています。
こちらは西澤保彦さんと有栖川有栖さんの新作の予約順位が一番目に来ました。
毒島刑事シリーズ最新刊の予約順位は十九位。
こちらを読める日は、もう少し先になりそうです。