はいくる

「天使の名を誰も知らない」 美輪和音

<毒親>という言葉が作られたのは、一九八〇年代後半のことだそうです。意味は<子どもの人生を支配し、子どもに害悪を及ぼす親>。日本でも、二〇一五年頃には<ブーム>と表現してもいいほど有名な概念となり、書籍や映像作品でも頻繁に取り上げられてきました。

安易に「うちの親は毒親。毒親がすべて悪い」と言う風潮に対しては賛否両論あるようですが、子どもにとって、特にある時期まで親が神に等しいほど絶対的存在であることは事実。そして、悲しいかな、子どもを雑草以下としか思っていない親がいることもまた事実です。今回は、毒親問題について扱った作品を取り上げたいと思います。美輪和音さん『天使の名を誰も知らない』です。

 

こんな人におすすめ

毒親問題をテーマにした小説に興味がある人

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彼女は一体何者なのだろうか---――ある寒い朝、幼い少女が路上の側溝で意識不明となっているところを発見された。少女の身元は不明だが、雪に残っていた足跡により、近くのマンションから一人で歩いてきたであろうことが判明する。この少女は、マンションの住民なのか。だとしたら、なぜ家族は名乗り出ないのか。やがて、ライターを名乗る女が関係者を訪ねて回るようになるのだが・・・・・虐待による負の連鎖と一筋の希望を描くヒューマンサスペンス

 

可憐な少女が描かれた美しい表紙とは裏腹に、嫌悪感が湧くほど生々しく過酷な描写の連続でした。美輪和音さんは過去にも『ウェンディのあやまち』で児童虐待をテーマにしています。年月を経て、その筆力はさらにパワーアップ。落ち込んでいる精神状態で読んだら本当にきついと思うので、ご注意ください。

 

雪の朝、一人の少女が側溝で倒れているところを保護されました。意識不明のため話は聞けず、身元不明のまま。誰一人「その子はうちの娘だ」と訴え出てきません。発見時の様子から、少女は現場付近のマンション<プチシャトー市毛>から一人で徒歩移動してきたと推測されるも、住民達は知らぬ存ぜぬの一点張り。間もなく、自称ライターだという女が、住民達への聞き込みを開始します。そこで明らかになる、住民達の不審な様子。家庭内の不協和音。何やら含むところがあるらしいライターの挙動。それらが一つに繋がった時、浮かび上がったのはあまりに残酷な真相でした。

 

これは前半の時点で分かるので書いてしまいますが・・・・・このマンション、まともな住民いないんかい!?物語の大半は、ライターへの応答や家庭内の会話、一人称による述懐で進むのですが、どこもかしこも病巣だらけ。発見された少女とは別に、明らかに虐待被害に遭っている女の子や、家庭環境のせいで問題行動を繰り返す少年、家族の崩壊に目もくれずマウント合戦に走る母親、ほとんど空気の父親etcetc。歪んだ人間のオンパレードなものの、非現実的な雰囲気はなく、むしろ「これって氷山の一角なんだろうな・・・」と思わせる描写力が凄かったです。

 

一言で<虐待>といっても色々ありますが、本作では<搾取子><愛玩子>の存在がクローズアップされています。<搾取子>とは、肉体的・精神的・経済的な暴力にさらされる子のこと。対して<愛玩子>とは、王子様・お姫様のようにちやほやと甘やかされる子のことを指します。同じ家庭の兄弟姉妹間で搾取子・愛玩子が分かれることが多く、どちらも人格形成に多大な悪影響を及ぼすと言われています。親から虐げられ続けてきた搾取子は自己肯定感が極端に低く、親からペット感覚で甘やかされる愛玩子は、幼稚で未熟な人間に育ってしまうとのこと。形は違えど、どちらも許されざる虐待です。

 

作中にも、親から虐待される搾取子・愛玩子が出てきます。ここでは、親にとって搾取子と愛玩子を決める基準などないのだろうな、と思わせられる点が印象的でした。強いて言うならただの気まぐれで片方を猫可愛がりし、もう片方をストレスのはけ口にする。気まぐれだからこそ、ある日を境に搾取子・愛玩子が逆転することも有り得るし、子ども達もそれを察し、親の不興を買うまいと顔色をうかがい続ける。哀れで醜悪な悪循環に、胸糞悪くなりっぱなしでした。搾取子が自分より成功するのが許せず、邪魔するなんて狂ってるよ・・・

 

ただ、被虐待児が亡くなる『ウェンディのあやまち』と比べると、本作はまだ救いがある気がします。それは恐らく、冒頭の少女を含め、現在進行形で子どもの死者は出ないこと。そして、虐げられる子ども達が希望を捨てず、仲間を見つけて再出発できることが理由でしょう。ミステリーとしての伏線の繋げ方が上手いこともあり、ラストにはちゃんと希望が感じられました。ただ、できれば諸悪の根源にはしっかり痛い目を見てほしかったですが・・・・・

 

負の連鎖が怖すぎる度★★★★★

子ども達の強さが救い度★★★★★

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