はいくる

「腕貫探偵 市民サーヴィス課出張所事件簿」 西澤保彦

人はどんな時に役所を利用するのでしょうか。引っ越しや結婚、出産などによる諸々の手続き、各所へ提出する戸籍等の重要書類の請求、自治体が運営するイベントへの参加etcetc・・・ぱっと思いつくだけでも色々あります。最近は役所内の飲食施設も結構充実しているそうですから、そういうところを利用する人もいるかもしれません。

地域住民の味方となり、生活の手助けをすべき役所。悲しいかな、その役割放棄しているとしか思えないような事件もありますが、大多数の職員さんたちは使命を全うするため日々努力しているはずです。この作品に出てくる彼も同じこと。迷える人々に手を差し伸べ、的確なアドバイスを授けてくれます。西澤保彦さん『腕貫探偵 市民サーヴィス課出張所事件簿』です。

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忽然と消えた死体の謎、再婚を目前に控えて鬱状態になった母、復縁した恋人が抱える秘密、なぜか自宅から出てきた大量の学生証、不審死した女性が生前に取った奇妙な行動・・・・・悩みを抱える人々の前に唐突に現れる「市民サーヴィス課臨時出張所」。そこに座る、腕貫を付けた職員の男が、相談者たちの抱える謎を鮮やかに解き明かす。皮肉とユーモアたっぷりの連作ミステリー短編集。

 

今や人気シリーズとなった『腕貫探偵シリーズ』第一弾です。年齢不詳、本名不明、銀縁眼鏡に黒ネクタイ、黒い腕貫という恰好の市民サーヴィス課職員が、市民の抱える様々な悩みや謎を解決してくれるというのが大まかなストーリー。「解決する」といっても、<腕貫探偵>はあくまで謎解きのヒントを与えてくれるだけ。そのヒントをもとに、相談者は自然と真相に気付きます。関係者を集めて朗々と謎解きをするわけでもなく、時間が来れば「はい、次の方」。これは役所の仕事なんだなと思わせる探偵ぶりが面白かったです。

 

「腕貫探偵登場」・・・同じアパートの住民が下着一枚で死んでいるのを発見した大学生。急いで警察と救急車を呼んで現場に戻ると、なんと死体が消えていた。不可解な思いを持て余した彼は、偶然見かけた「市民サーヴィス課臨時出張所」に相談してみるが・・・

このシリーズは「日常の謎」が取り上げられることが多いのですが、第一話は「死体消失」というインパクトのある事件です。謎自体はコンパクトにまとまっているものの、神出鬼没の<腕貫探偵>の魅力がしっかり表れていました。ちなみに本作の主役・純也君は作者のお気に入りらしく、シリーズ各所でちらほら登場します。

 

「恋よりほかに死するものなし」・・・女子大生の葉子は、最近謎の発作を繰り返す母に悩んでいる。長く未亡人だった母は、初恋の相手と偶然再会・再婚が決まり、幸せの絶頂であるはずなのに。ある時、葉子の目に「市民サーヴィス課臨時出張所」の文字が止まり・・・

私が一番好きなエピソードです。やっぱりこういう後味の悪さを感じさせてこその西澤保彦ですよね。構成がしっかりしているし、「ああ、いるいる、こんな人」と思わせるキャラ設定もグッド。苦しむ母親は気の毒ですが、幸い子ども達は全員いい子のようだし、どうにか元気になってほしいものです。

 

「化かし合い、愛し合い」・・・袖にされた元恋人と復縁できそうになり、浮かれる営業マン。そこで「市民サーヴィス課臨時出張所」を見つけ、面白半分で座ってみる。特に悩みなどない彼は、元恋人との破局の顛末について語り始め・・・・・

はい、自業自得!!以上!!軽薄男の自滅譚と言ってしまえばそれまでですが、とにかく主人公がちゃらんぽらんなため、不思議と痛快ささえ感じます。浮上するチャンスはちゃんとあったのにねぇ・・・事前に警告だってしっかりされていたはずじゃないか。後日談が気になる話でした。

 

「喪失の扉」・・・大学の事務局長を退官後、のんびり暮らす主人公。ある日、彼は自宅に二十年前の学生証が大量に保管されているのを発見する。こんな物がなぜ俺の家にある?悩んだ末、「市民サーヴィス課臨時出張所」に相談した男が知った、残酷な真実とは。

シリーズ全作通し、後味の悪さはトップクラスでしょう。主人公の、平凡なようで実は傲慢さがちらほら見える描写にも意味があったんですね。前エピソードと同じく自業自得なんですが、こちらは家族も巻き込んでいる分、よりタチが悪いです。主人公はもちろん、娘一家の今後が心配でなりません。

 

「すべてひとりで死ぬ女」・・・公園のトイレ内で殺害された女流作家。捜査に当たる刑事二人は、実はとある飲食店で生前の被害者を見かけていた。その際の彼女の行動に不審な点を感じた刑事は、「市民サーヴィス課臨時出張所」に相談を持ちかけ・・・

刑事が役所に相談するんかい!という突っ込みはナシでいきましょう。犯人の動機はあまりにあんまりなものですが、昨今、こういう犯罪って実際にありそうで怖いです。なお、この話の中心である氷見&水谷川刑事コンビは西澤ワールドの名バイプレーヤー。ガンガン謎解きをするわけではありませんが、地味にいい仕事をしてくれる貴重な存在です。

 

「スクランブル・カンパニィ」・・・同僚の代理で、体調不良なのに飲み会に駆り出されたサラリーマン。何とかその日は乗り切るものの、翌日、飲み会を主催した同僚二人が逮捕されたことを知る。困惑する主人公は「市民サーヴィス課臨時出張所」の貼り紙を見つけ・・・

社内で<鬼畜兄弟>とすら噂される同僚二人はひたすらクズですが、本作はあまり苛々しません。それはたぶん、彼らを懲らしめようとする女性陣の活躍が痛快だからでしょう。特にスーパーOL・淳子が凄い!思わず「姐さん」と呼びたくなるカッコ良さ。そこはかとないロマンスの香りがするところもいいですね。

 

「明日を覗く窓」・・・友人に頼まれ、画家の展覧会の後片付けをすることになった純也。仕事は順調に進むが、最後に空き箱が一つ余ってしまう。つまり、中に入るべき絵が一枚消えたということだ。困惑する彼らの前に、見覚えのある貼り紙が貼ってあって・・・

第一話、第二話の主役である純也と葉子が出会います。二人の今後を予感させるように、事件自体の後味もすっきり爽やか。西澤さんは後味の悪い話も書きますが、こういう雰囲気もいいですね。謎解きには関わりませんが、大学院生のカスミも素敵だなぁ。前話の淳子といい、女性キャラの魅力が目立ちます。

 

ファーストネームはともかく、蘇甲(そかわ)、門叶(とかない)、檀田(まゆみた)と相変わらず読みにくい苗字のオンパレード。ですが、いったん慣れてしまうと、不思議と違和感を感じなくなるんですよね。たまに西澤作品に「木下(きのした)」とか「白井(しらい)」とかが登場するとビックリする自分がいます(笑)

 

何でもお気軽に相談ください度★★★★★

でも役所なので定時終了です度★★★★☆

 

こんな人におすすめ

テンポの良いミステリー短編集が読みたい人

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