はいくる

「盤上の向日葵」 柚月裕子

この記事を書いているのは二〇一八年ですが、一年ほど前から国内で空前の将棋ブームが巻き起こりました。史上最年少でプロ棋士となった藤井聡太四段の存在、ひふみんこと加藤一二三九段の引退とその後のメディアでの活躍、羽生善治棋聖の国民栄誉賞受賞など、華やかな話題が目白押し。私自身は将棋崩しくらいしか知らない人間ですが、古くからある文化がこうして注目されるのは喜ばしいことですね。

将棋をテーマにした作品は何かと聞かれれば、私が真っ先に思い浮かべるのは大崎善生さんのノンフィクション小説『聖の青春』でした。夭折した実在の天才棋士・村山聖さんをテーマとした迫力ある内容が話題を呼び、藤原竜也さん主演でドラマ化、松山ケンイチさん主演で映画化されたことでも有名です。これと並び立つインパクトの将棋作品はあるのか・・・と思っていましたが、最近読んだ小説もなかなかどうして負けてはいません。柚月裕子さん『盤上の向日葵』です。

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名匠の手による将棋駒が添えられた男性の白骨死体。過酷な運命に翻弄されながらも将棋の才能を開花させていく少年。ばらばらに見えた二つの世界はやがて交錯し、重なり合う。芸術品とも言える駒が死体と一緒に埋められた理由は何なのか。劣悪な環境に苦しむ少年の未来に光はあるのか。やがて二人の刑事が、天才棋士同士の対局会場にやって来た時、物語はクライマックスを迎える。刑事たちが見た、衝撃の結末とは・・・・・

 

五六三ページという、大作と言っていいボリュームの作品です。にもかからず、柚月さんらしい勢いのある文章のおかげですらすらと一気読み。本作に限った話ではありませんが、この方の「読ませる力」は本当にすごいと思います。

 

平成六年、山中で身元不明の白骨死体が発見されます。死体はなぜか、約六百万の価値がある将棋の駒を抱いていました。一体誰が何のためにこんなことを?口は悪いが抜群の捜査能力を持つベテラン・石破と、棋士を目指していた過去を持つ佐野は、駒の出所を調べ始めます。

 

刑事二人の捜査と同時進行する形で、一人の少年の物語が描かれます。舞台となるのは昭和四十六年。元教師の唐沢は、父親から虐待を受けて育つ少年と出会い、やがて彼が人並み外れた将棋の才能を持っていることに気付きます。少年を我が子同様に思うようになっていた唐沢は、彼にプロ棋士になるよう勧めますが、少年の実父は決してそれを認めようとしませんでした。

 

『孤狼の血』を読んだ時にも思いましたが、柚月さんの一昔前の世界観の描写はすごく臨場感がありますね。特に、刑事二人組の捜査パートで、それが如実に現れている気がします。各所のレビュー等で「『砂の器』みたい」と言われている通り、スマホもSNSもない時代の空気がリアルに再現されていました。

 

この捜査パートで徐々に明らかになってくる事実、絡み合う人間模様も面白いんですが、やはりインパクトあるのは昭和後期の少年パートでしょう。少年を取り巻く生育環境の酷さ、彼を見守る元教師夫妻の優しさ、健気に成長していく少年に訪れた天才棋士との出会い・・・それら一つ一つが胸に染み入るようでした。もしも、もしも、元教師夫妻との養子縁組が叶っていれば、少年の人生はもっと平凡ながら穏やかなものになったのかな・・・あまりに過酷な少年の生き様に、そう夢想せずにはいられません。

 

ただ、それだけ切なく痛々しい人生が描かれている割に、本作にはいわゆる<面白半分で人を苦しめる悪魔>がいないように思います。それを表しているのは二人の男、少年の実父と、成長後の少年が出会う真剣師(賭け将棋によって生業を立てている者)の東明重慶です。実父は飲んだくれては暴力を振るい、後に仕事で成功した息子にたかるような男です。ですが、物語が進むにつれ、実はこの父親も大変な秘密と苦悩を抱えていたことが分かります。また、真剣師の東明は凄腕ながら性格はひん曲がっており、少年を手ひどく裏切ります。にもかかわらず、将棋に懸ける生き様には凄まじいものがあり、騙されたはずの少年をも惹きつけます。彼ら二人をはじめ、身勝手で生臭い登場人物たちの悲喜こもごもがなんとも印象的でした。

 

将棋部分の描写や、あまり知られていないであろう棋士のシステムも丁寧に書かれていて、将棋初心者でも楽しめる作品だと思います。唯一残念だったのは、刑事コンビの片割れである佐野の<棋士になる夢破れた>という過去があまり語られなかった点でしょうか。刑事という職業なら他作品にも絡めやすいでしょうし、できれば別の形で再登場してほしいものです。

 

血の因縁なんてものはないんだよ度★★★★★

ラストの彼の行動は果たして・・・度★★★★☆

 

こんな人におすすめ

将棋をテーマにした小説が読みたい人

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コメント

  1. しんくん より:

    読まれたのですね。大満足されたようで嬉しいです。
    将棋好きな自分にとっても大変楽しみながら深いヒューマンドラマに吸い込まれるように一気読みしてしまいました。
    将棋士たちのシステムも分かりやすく丁寧に説明してあったのも良かったです。
    「孤狼の血」の映画も楽しみです。
    続編の「狂犬の眼」もお薦めです。

    1. ライオンまる より:

      将棋は馴染みのない分野なので不安でしたが、まったく問題なく楽しめました。
      まして、将棋好きな方にとっては堪らないでしょうね。
      「狂犬の眼」も楽しみです。

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