里帰り。この言葉を聞いて、どんなイメージが思い浮かぶでしょうか。久しぶりに会う家族との和気藹藹としたひと時?離れていた土地で過ごす気づまりな時間?私は今、生まれ育った地方で暮らしていますが、一時は遠方の地で働いていたことがあります。たまの休みに里帰りし、家族や幼馴染と過ごす時間は楽しいものでした。
考えてみれば、里帰りを心から楽しいと思えるのは幸せなことですよね。重苦しい気持ちを抱え、嫌々ながら帰郷するケースだってたくさんあると思います。ただ単に嫌なだけならまだしも、中には故郷で思いがけない恐怖が待ち受けていることだってあるのかも・・・・・今回取り上げるのは、そんな里帰りを扱った作品、秋吉理香子さんの『サイレンス』です。
アイドルになる夢破れ、東京の芸能事務所でマネージャーとして働くヒロイン・深雪。ある年の暮れ、婚約者を連れて久しぶりに帰郷した深雪だが、彼は突如として行方をくらませてしまう。雪に閉ざされた孤島の町、閉鎖的な住民たち、婚約者が見せた不審な行動、島を守る神様「しまたまさん」―――――婚約者を探し出して東京に帰ろうとするヒロインが見つけた戦慄の真実とは。
秋吉理香子さんといえば、映画化された『暗黒女子』をはじめ、現代女性の心理を描いたサスペンスに定評があります。本作にもそういった要素はありますが、メインテーマとなるのは閉ざされた田舎町での濃密な人間模様。正直、こういった小説を書く作家さんとは思っていなかったので、その描写の巧みさに驚かされました。
舞台となるのは、本土からフェリーで二時間かかる小さな島「雪之島(ゆきのしま)」。結婚に消極的な婚約者を連れ、ヒロインである深雪が数年ぶりに帰郷したことから物語は動き出します。冬は雪によって閉ざされ、商店も病院も交番もなく、今なお「本家」「分家」といった価値観が強く根付いた田舎町に、婚約者は早々にうんざり顔。結婚を強く望む深雪は、徐々に見えてくる婚約者の不実さに目をつぶりながら、どうにかしてこの帰郷を無事に乗り切ろうと奮闘します。
こう書くとひたすら深雪が気の毒なようですが、そう単純な話ではありません。実際、深雪や深雪の幼馴染視点で見ると、この婚約者は女癖が悪い上に金遣いも荒く、深雪を便利屋にようにしか思っていない男です。ですが、婚約者視点の章では、深雪もまた思いやりに欠ける行動を取っています。嫌っていた田舎の風習を嬉々として受け入れ、島民から冷遇される婚約者をフォローもせず、「田舎ってこういうものよ」と笑って言いさえします。こういう「見る人が変われば真実も変わる」という描き方が、なんとも巧いなぁと唸らされました。
もう一つ、物語の鍵となるのが、島民に信仰される神様「しまたまさん」の存在です。島と島民たちを守ってくれる「しまたまさん」ですが、神様の力をもってしても、町の過疎化は止められません。一度島を出て行った者は戻らず、産業も廃れていくばかり。寂れゆく島を前に、「しまたまさん」が選んだ道とは・・・・・一見、土着ホラーになりそうな雰囲気ですが、作者お得意の柔らかくもヒヤリとさせられる文章により、立派なサスペンスに仕上がっています。
ラストにはしっかりどんでん返しが仕掛けられていますし、作品自体のボリュームもほどほど。その中に、過疎地の復興問題や芸能界の裏事情など、本筋以外の要素もしっかり書き込まれています。『暗黒女子』『絶対正義』のような、女同士の手に汗握る心理戦とは趣が異なりますが、満足度の高い一冊でした。コミカルな作品もありますが、やっぱり秋吉理香子さんはイヤミスが良いなぁ。
神様はお許しくださる度☆☆☆☆☆
ここでは秘密は通用しない度★★★★☆
こんな人におすすめ
閉鎖的なコミュニティでのミステリーが読みたい人
島の大いなる意志が悪い男から深雪を守った。
村八分ならぬ島八分を感じるイヤミスですが、廃れていく小島や過疎の村に希望を感じる前向きな理想もありました。
都会と田舎の気質の違いを見事に表した作品でした。
出身地や育った環境が異なる夫婦に結婚する前に読んで欲しい作品でしたね。
こういう過疎地を舞台にした作品だと、村は「閉ざされた陰湿な場所」という描かれ方をすることが多いですが、きちんと理想や希望もあるという描写をされている
所が新鮮でした。
本筋とは関係ありませんが、俊亜貴の男友達が語る結婚の心得がなんとも深かったです。