一昔前に比べると、調査活動や情報発信はとても効率良く行えるようになりました。特にインターネットが発展してから、その傾向は顕著になった気がします。ネットを使えば、百年以上前の出来事を調べることも、遥か遠くに住む人々とやり取りすることも思いのまま。そうやって目的を達成しようとする人達の奮闘記としては、櫛木理宇さんの『虎を追う』などがあります。
その一方、<会話で情報収集する>という昔ながらのやり方も侮れません。対面し、相手の顔を見ながら話を聞いてこそ伝わってくるものもあるはずです。そして、<直に会話する>という手法の効果が一番表れる分野、それは怪談ではないでしょうか。ネット上で集めた怪談話ももちろん怖いのですが、語り手の恐怖や不安を直接見聞きした時の恐ろしさは格別だと思います。今回ご紹介するのは、三津田信三さんの『逢魔宿り』。相変わらず、フィクションの現実の区別がつかなくなるような恐怖を堪能しました。
こんな人におすすめ
実話風ホラー短編集が読みたい人
誕生日を目前に控えた少年が過ごす戦慄の日々、不気味な生徒が描く絵の真相、警備員が夜ごと味わう恐怖の正体、言いつけを破った女性を襲う血の宿命、雨の日に必ず現れる怪異の謎・・・・・ホラー作家のもとに集った五つの怪談。それらを聞くうち、作家が気づいた奇妙な符号とは---――読者を妖しい世界に誘う、忌まわしき闇の物語集
三津田信三さんファンなら馴染み深い、<作家・三津田信三が独自に聞き集めた怪談話を紹介する>という体裁のホラー短編集です。この形式の作品の場合、もちろん本題である怪談の怖さもさることながら、各エピソードの前置き部分が面白いんですよ。語られる怪談にまつわる豆知識や民俗学的考察、同テーマのホラー作品の紹介など、事細かく綴られていて、ホラー好きならじっくり読み込んでしまうこと間違いなし。本題とは無関係ですので、長すぎると感じる読者は読み飛ばしても問題ところが親切ですね。
「お籠りの家」・・・七歳の誕生日を迎える直前、なぜか山奥の見知らぬ家に連れて来られた少年。家に住む老婆曰く、彼は七歳になるまでの数日間をここで過ごさねばならないという。さらに、暮らす上でいくつもの奇妙なルールを課され、さっぱり訳が分からない。そんなある日、彼は地元っ子らしい少年と知り合うが・・・
三津田さんお得意の土着ホラーの香りがぷんぷん漂うエピソードです。他の話はどれも(恐らく)市街地が舞台なのに対し、この話の舞台となるのはどことも知れぬ山奥の一軒家。理由も分からぬまま家族と引き離され、正体不明の老婆と暮らさなくてはならなくなった少年の不安や戸惑いが手に取るように伝わってきました。主人公が課されたルールの数々も摩訶不思議なものばかりな上、終盤、怪異が彼を狙ってじわじわ屋内に侵入してくる怖さときたら・・・結果的に危ない方に進んでいってしまう主人公に対し、「だめー!!」と叫んでしまいそうでしたが、危機に直面した時の人間って案外こんなものなのかもしれません。
「予告画」・・・主人公は新一年生を担当することになった小学校教諭。幸い大きな問題もなく教鞭を執れているが、唯一、どことなく不気味で大人しい少年のことが気にかかる。おまけに少年の描く絵は、近い将来起こる災難を予知していることに気付いてしまい・・・
幼い子どもが描く絵は色使いが独特だったり、モデルが何なのかはっきりしなかったりするケースがままあり、時に不気味と思えることもあります。しかもそれが、近日中に起こるであろう災難を見通して描いたものだったら?その上、絵の中で災難に遭っている人間が自分だったりしたら?主人公が感じた恐怖は想像を絶するものがあります。彼が取った行動は教師としては褒められたものではないのかもしれないけれど、そもそも人知を超えた能力が相手なわけだし、仕方ないのかもなぁ。最後の最後で明かされる後日談もまた不気味です。
「某施設の夜警」・・・作家デビューを果たした主人公は、執筆時間確保のため、会社勤めを辞めて警備員に転職する。彼が配置されたのは、とある新興宗教団体に関わる施設だ。警備の間、小説の構想を練ろうと目論む主人公だが、夜ごと不気味な出来事に直面するようになり・・・
寺や教会といった宗教施設には、厳かさや神聖さと同時に、掴みどころのない不思議さを感じます。まして、いまいち実態が分からない新興宗教団体の施設ともなれば、得体の知れなさもひとしおというもの。そういう不可解さと、夜に行動せざるをえない夜警という仕事がぴったりマッチしていました。一度恐怖体験をした主人公が、高額の追加報酬に釣られて仕事を継続してしまうという流れは、いかにも現代ホラーの登場人物という感じですね。
「よびにくるもの」・・・体調を崩した祖母に代わり、知人の法事に香典を持って行くことになった主人公。祖母をはじめ関係者の誰もが「香典を渡したらすぐ帰れ」と繰り返す。だが、主人公は訪れた知人宅で、「ついでに蔵の二階にいる人を呼んできてくれないか」と頼まれてしまい・・・
私が一番怖かったエピソードです。収録作品に登場するどの主人公も、怪異に狙われるような悪事は何一つ働いていないのですが、中でもこの話の主人公は、大好きな祖母を労わりたかっただけ。彼女が「年寄りの頼みなんて知るもんか」を突っぱねるような子ならこの悲劇は起こらなかったわけですから、なんとも皮肉ですね。<法事の場に黙りこくったまま佇む老人達><擦りガラス越しで姿がはっきり見えない怪異>等々、恐怖場面の描写がやたら怖かったです。
「逢魔宿り」・・・古い知人が語る、かつて体験した奇妙な出来事。当時、知人は散歩の途中に四阿に立ち寄るのが習慣だったが、なぜか雨の日の夕方になると必ず四阿に謎の家族が現れる。初日は祖父、次の日は孫、その次の日は息子。さらに彼らは知人に対し、一日に一話、不気味な怪談話を披露して・・・・・
怪談を一話語られるごとに、その話の内容を連想させる凶事が起こる。それに気づいた語り手が四阿に通うのをやめると、なんと怪異が追いかけて来る。終盤、化物と思われる何かが語り手のもとに侵入しようとする様子は鳥肌ものです。さらにこのエピソードでは、前の四話が一つの糸で繋がり、収束する構成になっています。三津田作品では定番とも言える流れですが、毎回持っていき方が巧みでほとほと感心させられます。
登場人物達は全員、「なぜ自分がこんな目に遭うのか」「怪異の正体は結局何だったのか」明確な答えを得ることはできません。一応、推測はなされますが、はっきりした真相は謎のままです。この理不尽さが、三津田ワールドの真骨頂ですね。もしかしたらいつか自分もこんなことに巻き込まれるかも・・・・・そんな恐怖をたっぷり味わうことができました。
分からないままなのが余計に怖い度★★★★☆
彼らは果たして逃げきれたのか、それとも・・・?度★★★★★
櫛木理宇さんの「虎を追う」~なかなか壮絶ですが、退職した刑事が孫と壮絶な事件を追いながら娘に説教される場面が面白かったです。
この作品はそんなコミカルな場面で一息つけることもなく容赦ない結末と展開がありそうです。
まさに訳の分からないまま怖くなりそうです。
この訳の分からなさが、三津田ホラーの持ち味です。
昨今の「人間が一番怖い」ホラーも面白いですが、こういう人外の理不尽な恐怖もまた格別ですよ。
ホラー好きとしては、各エピソード冒頭で語られる、古今東西のホラー作品の紹介も興味深いです。