こんなブログをやっているだけあって、私は文章を読むのも書くのも好きです。昔は「小説家になりたいな」と思い、自作の小説をちまちま書いてみたりもしました。その内、書くより読む専門でいる方がいいと思うようになりましたが、ふと思いついた物語をあれこれ捏ね繰り回すのは結構面白かったです。
ですが、プロの作家にしてみれば、創作という行為は単純に「面白い」で済むものではないでしょう。物語に破綻がないよう細心の注意を払い、時代のニーズを考え、時には自ら営業活動を行って作品が多くの人に読んでもらえるよう努める。そして、それだけの努力を積み重ねても、作品が見向きもされないこともある。それがクリエイターの背負う宿業です。そんな小説家の悪戦苦闘を描いた作品といえばこれ、柚木麻子さんの『私にふさわしいホテル』です。
こんな人におすすめ
文壇の悲喜こもごもを描いたコメディ小説が読みたい人
とある文学賞を獲って文壇デビューを果たしたものの、元アイドルと同時受賞だったため全く注目されない新人作家・中島加代子。不運な彼女を叩きのめすかのように、様々な試練が襲いかかる。単行本出版の妨害、編集者とのいざこざ、書評家からの辛口評価、続々と台頭してくる若手作家・・・・・でも、落ち込んでばかりじゃいられない。私は絶対に作家として上り詰めてやる!燃え上がる野心と執念を武器に、困難を次々蹴散らしていく加代子の運命や如何に!?
パワフルで野心溢れる加代子のキャラが強烈すぎる!冷静に考えると結構ヤバいことをしているんですが、本人がとにかく必死なので、「まあ、そんなに作家になりたいなら仕方ないか・・・」と、ついつい許容してしまいそうになるんですよ。学生時代からの腐れ縁である編集者・遠藤先輩と、「文壇のドン・ファン」と呼ばれる大物作家・東十条ら助演キャラも魅力的で、最初から最後までハラハラドキドキしっぱなしでした。
「私にふさわしいホテル」・・・新人賞を元アイドルと同時受賞した不運な作家・相田大樹(本名・中島加代子)。心の慰めは、文豪御用達の老舗ホテルに泊まることだ。ある時、大樹は同じホテルに滞在中の大物作家が原稿を落とせば自分の小説が雑誌に載ると知り・・・
ヒロインの人並み外れた行動力、担当編集者・遠藤の策士ぶり、ロマンスグレーの大物作家・東十条の斜陽な感じが生き生き描写された第一話。川端康成や三島由紀夫といった文豪御用達のホテル<山の上ホテル>の情景も優雅な雰囲気たっぷりで、ヒロインが自腹切ってでも泊まりたいという気持ちがよく分かります。それにしてもこの作戦、凄すぎる(笑)
「私にふさわしいデビュー」・・・せっかくの単行本出版のチャンスを、出版業界の不文律で潰された大樹。ヤケ気味で訪れたパーティーで、ばったり東十条と出くわした。東十条は自分の原稿を落とさせた大樹を恨んでいるのだが・・・・・
「デビューした出版社以外から本は出せない」「イチオシ作家がいる時は他の作家の出版は見合わせる」といった出版業界の理不尽ルールに苛々・・・その分、ヒロインが圧力に屈せず、力技で活路を見出す展開にスカッとします。東十条との「お前は相田大樹だろう。俺の原稿が落ちるよう図っただろう」「人違いですよ」の攻防戦も勢いがあって笑えました。
「私にふさわしいワイン」・・・ペンネームを<有森樹李>と変え、ようやく期待の新人として高評価を得たヒロイン。新たに知り合った女性編集者との仲は良好、恋人はリッチで優しく、まさに順風満帆だ。そんな樹李の天狗っぷりが面白くない東十条は・・・・・
初めてちやほやされて浮かれ、社交性を身に付けた樹李を見て「あの野心はどうした」とつまらなく感じる東十条。彼の言葉が、読者の気持ちを代弁してくます。やっぱり上昇志向をメラメラ燃やしてこその中島加代子であり有森樹李ですよね。鼻っ柱をへし折られた樹李に対する恋人の振る舞いは素敵でした。
「私にふさわしい聖夜」・・・二作目の売れ行きは好調だが、書評家からはメタメタにけなされて落ち込む樹李。遠藤さえ新人作家にかかりきりで樹李のことはおざなりだ。そんな遠藤の本音を知った樹李は、東十条と仕返し計画を立て・・・
実在作家が続々出るわ、読書メーターは出るわで、本好きなら噴き出してしまうこと請け合いです。今まで対立してきた樹李と東十条が一時共闘するという展開も面白いですね。また、遠藤への仕返し計画を通し、ちゃんと自分の不足部分に気付く樹李はやっぱり根っからの作家なのでしょう。それにしても、朝井リョウってあんなキャラなの(笑)
「私にふさわしいトロフィー」・・・書店員の猛プッシュを受けて大ヒットした樹李の三作目が、大きな文学賞の候補となる。だが、選考委員会を牛耳るのは宿敵・東十条!このままでは絶対受賞を逃すと確信した樹李が取った強硬手段とは。
東十条をして「人間の心をどこに置き忘れてきたのだ」と言わしめる樹李の執念にただただ唖然。その一方、悪質万引き犯確保で書店員の心を掴み、各書店で作品をアピールしてもらうというエピソードは、ものすごく樹李らしくてウケました。また、長い付き合いの遠藤との仲もここでターニングポイント(色っぽい意味ではない)を迎えます。
「私にふさわしいダンス」・・・元アイドルの作家・島田かれんは悩んでいた。新人賞受賞は出来レースだったため作家としての実力はなく、仕事に行き詰っているのだ。ある時、かれんは大物作家・有森樹李の小説を映画化する話を聞き、オーディションに臨むが・・・
序盤で樹李に煮え湯を飲ませた島田かれんが登場します。前話から月日が流れ、人気作家となった樹李にビックリ。そんな樹李がかれんをオーディションに呼ぶ真意は、何となく予想できました。その後の樹李に対する東十条や遠藤の対応にほんわかしたりニンマリしたり・・・この三人は、今後も切磋琢磨し合いつつ荒波を乗り越えていくんでしょうね。
ヒロインの強すぎる個性に好き嫌いが分かれそうですが、ツボな人にとっては柚木ワールドの中でも三本の指に入るくらい好きな作品になると思います。ちなみに、本作の帯は「ユズキ、直木賞あきらめたってよ(笑)」。作中にも本人が登場するし、柚木さんと朝井リョウさんって仲良しみたいで楽しいですね。
のし上がるためには何でもする!度★★★★★
たとえ失ったものでも、また取り戻せる度★★★★☆
柚木麻子さんの新作ですか?
柚木麻子さん独特の個性の強い女性キャラクターが面白そうです。
上昇志向が強いというか野心があり癖が強そうな女性の心理と奮闘劇~
朝井リョウさんまで登場するとは大変興味深いです。
早速予約してきます。
新作ではなく、2012年の作品です。
最近、しっとりした雰囲気の小説が多い柚木さんですが、個人的にはこういうパワフルな作風の方が好きですね。
朝井リョウさんの登場は嬉しい驚きでした。