創作の世界には、<メタフィクション>という手法があります。これは、フィクション作品を「これは現実ではなく、作り物ですからね」とあえて表現・強調するやり方のこと。例えば、作中に作者自身が登場したり、キャラクターに自分がフィクション世界の生き物であると自覚しているような言動を取らせたり、ページや画面のこちら側に向けて「君はどう思う?」と語りかけさせたりすることなどが、メタフィクションに当たります。フィクション世界に現実の人間が入り込んだり、キャラクターがこちらに語りかけたりするなど、常識から考えてあり得ません。そんなありえない状況をわざわざ作ることで読者・視聴者を「おっ!」と思わせ、物語を盛り上げるのが、メタフィクションの狙いです。
あらゆる創作物でよく見られる手法ですが、小説に限定して例を挙げると、登場人物達が自分を小説内のキャラクターであると自覚している東野圭吾さんの『天下一大五郎シリーズ』、作者本人が主人公を務める澤村伊智さんの『恐怖小説 キリカ』、物語自体が作中作だった綾辻行人さんの『迷路館の殺人』等々、名作がたくさんあります。どれも面白い作品でしたが、個人的にメタフィクション作品の第一人者といえば、真っ先に思いつくのは三津田信三さんです。今回は、その著作の中から『誰かの家』を取り上げたいと思います。
こんな人におすすめ
実話風ホラー短編集が読みたい人
二人の男が経験した異様な怪異譚、少年の空想から生まれた妖魔の正体、友人宅で見たドールハウスが招く不幸の連鎖、湯治場で出会った女にまとわりつく謎の声、呪法にすがった女を待つおぞましい運命、不良少年が盗みに入った先に出くわす戦慄の光景・・・・・真の恐怖は、日常のすぐ傍にある。身の毛もよだつ珠玉の怪談短編集
本作に限った話ではないのですが、三津田信三さんの短編小説って、<ホラー>というより<怪談>なんですよね。じめ~っとした純和風の雰囲気といい、はっきりした真相の分からないモヤモヤ感といい、古き良き怪談っぽさ満載です。こういう雰囲気とメタフィクションって相性抜群なんだよなぁ。
「つれていくもの」・・・登山中、バンガローで偶然一緒になった男達。なりゆきで、過去の恐怖体験について語ることになる。高木という男は、学生時代、海で魅力的な女性と知り合ったそうなのだが・・・・・
「あそこで出会ったあの人は、実は人間じゃなかったのか!」というのは、怪談では割とよくあるパターン。この話のユニークなのは、怪異と思しき女性が、語り手以外の人間にも普通に認識されていて、写真にも撮られている点でしょう。こんな風にがっつり日常に入り込まれたら、一体どうやって逃げればいいのよ・・・<家人から招き入れられない限り、自分から家には入れない>等、古き良き怪奇作品のお約束を踏襲している点も面白かったです。
「あとあとさん」・・・少年は、家庭の事情により父方の祖父母と同居することになる。打ち解けられない祖父母との暮らしは、窮屈と不便の繰り返し。憂さ晴らしに<あとあとさん>という怪異を創り出し、さも本当にいるように振る舞うようになる。気まぐれで始めたお遊びだが、やがて<あとあとさん>は想像では済まないようになり・・・
<あとあとさん>というユーモラスな名称と、そこから生じる怪奇現象の不気味さのギャップがインパクト抜群でした。祖父の存在も、なんだか異様な感じで実にイイ!序盤で語られるお岩さんにまつわる蘊蓄はやや長いものの、怪談ファンにとってはかなり興味深い内容です。作者本人も「長くなり過ぎた」と書くほどの分量ですが、じっくり読み込む価値はあると思いますよ。
「ドールハウスの怪」・・・主人公のもとに、小学生時代の友人・鴻本から突然電話がかかってくる。かつて、鴻本の家の蔵にはドールハウスが置いてあり、二人で一緒に遊んだものだ。ドールハウスの中には人形が複数入っていたが、それらの人数や構成は、鴻本の家族構成とそっくり同じで・・・
一番お気に入りの話です。ドールハウスという、日本ではちょっと珍しいアイテムの使い方が最高に上手い!人形が絡むと、ホラーの恐怖度が三割くらい増すのは一体どうしてなのでしょう。さらに、冒頭の電話により、この恐怖が現在に至るまで一切解決していないことが示されるわけですが・・・結末は、きっとそういうことなんだろうな(汗)
「湯治場の客」・・・体調不良を治すため、とある湯治場に滞在することにした主人公。そこで、同じく滞在客である女性と知り合いになる。女性はタチの悪い夫に付きまとわれているらしい。この女性と一緒にいると、どこからか男の声が聞こえてきて・・・・・
怪異がストレートに追いかけてくる描写が臨場感たっぷりで、嫌な汗をかいてしまいました。本作の収録作品の中では珍しく、怪奇現象ではなく人間の狂気かも?という解釈もできる展開も印象的です。ラストまで読んでみると、主人公が知り合う女性客の、一見まともそうながら常軌を逸した佇まいが超怖い・・・本筋とは無関係ですが、混浴風呂がごく普通に存在している湯治場は、若い世代の読者には想像し辛いかもしれませんね。
「お塚様参り」・・・飲食店の女将は、かつて体験した一夜について語る。彼女は不倫相手の子どもを妊娠するも、相手から捨てられた。あの人に妻さえいなければ・・・そんな恨みに駆られた彼女は、祖母から聞いた呪い<お塚様参り>を行うことにするのだが・・・
人を呪わば穴二つ。そんな言葉が脳裏に浮かぶ話です。若き日の女将がたった一人で歩く夜道、そこで次々現れる動物の描き方がめちゃくちゃ不気味で、心臓が嫌な音を立てること必至。ただ、<語り手が理不尽に恐怖体験をする>というのが定石の三津田ワールドにしては珍しく、この話の女将は<不倫相手の妻を逆恨みし、呪おうとした>という因果があります。女将を待つ運命は哀れなものだけど、まあ、自業自得なんですよね。
「誰かの家」・・・高級住宅街での空き巣を目論む不良少年二人組。標的にしたのは、近所で幽霊屋敷と噂の一軒家だ。人の出入りはまったくないにも関わらず、設備は整えられており、とても空き家とは思えない。おまけに、部屋という部屋には、白いシーツをかぶせられた<人のような形の何か>が大量に置いてあって・・・
不気味な家の中を奥へ奥へと進んでいくという展開は、まるでホラーゲームのよう。そこで待ち受けるのは、シーツをかぶった人っぽい何か(しかも大量)なわけですから、光景想像すると泣きたくなります。改めて、三津田信三さんの<意味不明な怪異>の描写は秀逸だなと唸らされました。不良二人組の片割れは、一体どうなっちゃったの・・・?
「あとあとさん」でも触れましたが、三津田作品といえば、ホラーに対する様々な蘊蓄が語られているのがお約束。小説のみならず映像作品に関する記述も多く、「へえ、こんな作品あるんだ」と驚かされることが多いです。ホラーエッセイとしても十分面白いので、できれば読み飛ばさないことをお勧めします。
怪異が現実に侵食してくる・・・度★★★★★
オノマトペが怖すぎる度★★★★★