はいくる

「出版禁止」 長江俊和

<心中>とはもともと<真心>を意味する言葉であり、転じて<男女が相手に真心を尽くし、愛を貫くこと>を意味するようになったそうです。それがさらに変化し、何物にも邪魔をされない究極の愛の行為として、男女が一緒に死ぬことを指すようになったんだとか。一家心中、無理心中、ネット心中など、一言で<心中>と言っても様々ですが、言葉のイメージとして一番世間に浸透しているのは、上記のケースだと思います。

かつては幕府が厳しく禁じるほど社会的注目を集めたテーマであり、必然的に心中を扱った作品もたくさん生まれました。江戸時代には<心中物>というジャンルが存在しましたし、現代でも石田衣良さんの『親指の恋人』や渡辺淳一さんの『失楽園』というように、心中がキーワードとなった小説は多いです。そして、恋愛小説では恋人同士の愛の形として扱われる<心中>ですが、ミステリーやホラーだと今後の事件への布石となるパターンが多いですよね。今回ご紹介するのは、長江俊和さん『出版禁止』。この方の謎の仕掛け方、やっぱり好きだなぁ。

 

こんな人におすすめ

ノンフィクション風ミステリーが好きな人

スポンサーリンク

彼らの生と死を分けたものは一体何だったのだろうか---――作家・長江俊和が入手したルポ『カミュの刺客』。それは、若林呉成なるライターが書いたもので、有名ドキュメンタリー作家と不倫相手との心中事件を扱ったものだった。事件によりドキュメンタリー作家は死亡、不倫相手の女性は一命を取り留め、社会からひっそりと姿を消す。七年後、ライターの若林は秘かにこの心中事件の調査を開始していた。調査の一環として、心中事件の生き残りである女性とコンタクトを取る若林だが、そこには想像を遥かに超えた真相が待ち受けていて・・・・・貴方には真実が見えるだろうか。謎と企みに満ちたノンストップ・ミステリー

 

長江ファンにはお馴染みの<実際に起きた事件を取材する>という設定で繰り広げられる本作。今回は珍しく作中に長江俊和さん本人が登場します。もっとも、<長年お蔵入りだったルポを入手し、各方面に働きかけてやっと出版した人>という役回りなので、事件の謎そのものにはあまり絡みません。長江さんの作風を考えると、このくらいの関わり方の方がリアリティがあっていいのかもしれませんね。

 

長江俊和が発見し、努力の甲斐あってやっと日の目を見たルポルタージュ。著者は若林呉成。それは、物怖じしない作風で物議を醸し続けた人気ドキュメンタリー作家・熊切とその愛人との心中事件を取材したものでした。この心中事件は失敗に終わり、熊切は死亡したものの愛人女性は生還、七年の月日が流れます。実は事件には発生当時から、心中に見せかけた殺人ではないかという噂が流れていました。真相を知るべく調査を開始した若林は、事件の生き残りである愛人女性・新藤七緒にコンタクトを取ります。七緒は取材に応じてくれたものの、今なお心身に後遺症を抱えており、日常生活もままならない状況。若林は取材を重ねる内、苦しむ七緒に同情し、やがて愛情を感じるようになります。しかしそこには七緒の、そして若林の運命を左右する恐ろしい罠が仕掛けられていたのです。

 

過去に当ブログで『出版禁止 死刑囚の歌』を取り上げましたが、出版順序としては本作の方が先。そのため、構成やトリックに多少粗削り感はあるものの、長江さん独特の臨場感や遊び心は遺憾なく発揮されています。著作を読むたびに思いますが、長江さんは映像作品を数多く手がけているだけあって、場面一つ一つの見せ方がすごく上手いんですよね。小説を読んでいるにもかかわらず、上質のミステリードラマを見ているような気分にさせられました。

 

とはいえ、これは次作『出版禁止 死刑囚の歌』でも言えることですが、作品自体はルポルタージュという<設定>であるため特に何のひねりもなく終わり、若林と七緒の物語もひとまず決着します。それだけ普通に読んでも十分面白いのですが、長江作品がこれで終わるはずありません。会話や地の文にちらほら出てくる意味ありげな単語、長江さんが書いた「出版に当たって」の文章、その他さらりと読み流してしまいそうなキーワードが、真相解明の手がかりになっています。また、本作ではアナグラムが重要な要素です。作中、やけに平仮名表記が多いなと感じる単語があったら、ぜひとも文字の順序を入れ替えてみてください。世界観がひっくり返る真実が浮かび上がってくるはずです。

 

で、これらの謎を全部解き明かしてくれるのが、毎度お馴染みの考察・検証サイトです。そんなもの頼らず自力で謎を解いてみせる!と意気込む読者も多そうですが、仕掛けられた謎の数は一つや二つではありません。あそこにも仕掛けがあった、ここの記述もトリックだったと驚かされること必至なので、すっきり答え合わせするためには素直に考察サイトを見た方がいいのかも?というか、各人の考察を読む楽しみを味わえることが、長江作品の醍醐味だと思います。

 

あと、本作の場合、真相はかなりグロテスクです。謎解きがなされる前は何ということもなかったはずの場面が、真実を知って読み返してみると残酷な事件現場だったりします。スプラッターな光景を想像するのも嫌!という方にはショッキングかもしれませんので、ご注意ください。というか、これはさすがにグロすぎて映像化は難しいだろうな・・・

 

ここまでするのが究極の愛なのか・・・度☆☆☆☆☆

最後の解説も熟読して!度★★★★★

スポンサーリンク

コメント

  1. しんくん より:

     長江さんの作品は未読ですが大変に興味を惹かれます。
     石田衣良さんの「親指の恋人」は懐かしいですね。
     現代社会の心中とは違ったグロテスクな内容はかなりキツそうです。
     それでもルポライターという第三者を通して語られる展開、フィルターを通して見ることで客観的に読めそうです。
     刑事、探偵、ルポライター・フリーライター、教師又は家族・友人などの近場の第三者を通してホラーやミステリーを語られる内容は好みです。
     シャーロック・ホームズシリーズでコナン・ドイルがワトソンとして自分をストーリーに登場させて間接的に語られる手法がまさにこれだと感じました。
     図書館が年末年始の休館になる前に長江さんのお薦めの作品があれば教えてください。
     

    1. ライオンまる より:

      不倫関係の末の心中という、ある意味、お馴染みの展開かと思いきや、徐々に浮かび上がってくる真実にハラハラドキドキしっぱなしでした。
      長江さんは、こういう「調査者の目から語られる事件」を描くのが本当に巧みなんですよ。
      私が好きなのは本作と、過去に紹介した「出版禁止 死刑囚の歌」ですね。
      しんくんさんの感想を読むのが楽しみです。

  2. しんくん より:

    先ほど読み終えました。
    こんな展開があるかと驚かされた作品でした。
    中山七里さん、石持浅海さんに似たグロテスクと読者の裏をかく驚異的な仕掛け~どんでん返しとは違った仕掛けに見事にはめられました。
    この仕掛けはむしろ乾くるみさんの「イニシエーション・ラブ」を思い出します。
    作品に登場するカミユの刺客のカミユとはフランス人のアルベール・カミユのことでしょうか。
    事件を追っていたルポライターは七緒に嵌められたのか、自分で勝手にルポライターの若林呉成が暴走して「ミイラとりがミイラになった」のか。
    第三者の目を通しての形でないと、かなりキツイ内容と展開でした。
    心中とは「あべさだ事件」のような暴走?
    とさえ感じました。
    死刑囚の和歌も借りて来ましたのでこちらも楽しみです。

    1. ライオンまる より:

      好きな作家さんなので、しんくんさんが好印象を持ってくれて嬉しいです。
      <カミュの刺客>は、たぶん、フランス人作家カミュと神湯をかけているんでしょうね。
      カミュといえば、不条理な暴力をテーマにした小説をたくさん残しています。
      本作で登場人物達が陥る状況が、ある意味、ものすごく不条理なものであることを皮肉っているのでは・・・
      等々、色々と考察できるのが長江作品の楽しいところです。

しんくん へ返信する コメントをキャンセル

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください