大人はしばしばこういう言葉を口にします。「子どもはいいな。何の悩みもなくて」。確かに、必死で生活費を稼いだり、育児や介護に追われたりする大人からすれば、子どもはいつも屈託なく無邪気に見えるかもしれません。というか、そうあって欲しいというのが、大人の本音なのでしょう。
当たり前の話ですが、子どもに悩みがないなどというのは間違いです。世界中には、稼ぎ手として必死に働かなければならない子どもが大勢います。まがりなりにも平和で豊かとされている日本にも、虐待や貧困、いじめなどに苦しむ子どもの数は数えきれません。それに、授業や習い事、学校行事に関するあれこれだって、子どもにとっては大きな悩み事になり得ます。そんな子ども達が抱える痛みと苦しみについて、この作品を読んで考えてしまいました。芦沢央さんの『僕の神さま』です。
こんな人におすすめ
子ども目線の切ないミステリーが読みたい人
水谷くんは何だって知っている。いつだって助けてくれる。なぜって彼は<神さま>だもの---――家族の大事な物を壊してしまった時。クラスで意味不明な意地悪が行われた時。運動会で勝てそうにない時。学校の怪談の呪いが降りかかりそうな時。子ども達は困ったことがあると、必ず水谷くんに相談する。優しく賢い水谷くんは、いつだって一緒に考え、解決策を編み出してくれる。たとえその陰にどんな真実が隠れていようとも・・・・・小学生の目で語られる、悲しくやるせないミステリー短編集
小学生と<神さま>が絡んだミステリーといえば、過去にブログでも取り上げた麻耶雄嵩さんの『さよなら神様』があります。ですが、あちらの<神さま>が本物の神さまであり、(人間目線で言えば)かなり厄介な性格だったのに対し、本作の<神さま>こと水谷くんは、年齢不相応なほど聡明ながら普通の心優しい小学生。当然、謎自体は解けても根本的な問題は解決できないこともあります。子どもの柔和な語り口で描かれる悲劇に、胸が痛くなりました。
「第一話 春の作り方」・・・お祖父ちゃんの家で、桜の塩漬けの瓶を落とし、中身をダメにしてしまった<僕>。あれは死んだお祖母ちゃんが作った塩漬けで、お祖父ちゃんの宝物だ。こぼしたことが分かったらどれだけ悲しむだろう。悩んだ<僕>は水谷くんに相談し、こっそり塩漬けを作り直すことにするのだが・・・・・
第一話にして、水谷くんの利発さ、語り手<僕>の優しさがよく分かるエピソードです。桜の花に関する豆知識は初めて知るものばかりで、読みながら「ほほう」と唸ってしまいました。あと、穏やかなおじいちゃんをはじめ、このエピソードに出てくる大人は良識ある善人ばかりなんですよね。悲しい描写が多い本作の清涼剤です。
「第二話 夏の「自由」研究」・・・同級生の川上さんは、絵がすごく上手だけど無口で不愛想、集団行動にも参加しないのでクラスで浮き気味だ。ある日、川上さんに女子の一人がいきなりバケツの水をぶちまけるという事件が起きる。だが、その行動があまりに唐突に思えた<僕>は、水谷くんの意見を聞いてみることにして・・・・・
導入部であるバケツぶちまけ事件については、あっさり謎解きがなされます。で、本題となるのはその後。同級生の目には<いつも一人の変人>と映る川上さんの真実が判明した時、そして彼女の願いの真意が分かった時、その悲惨さに暗澹たる気分になりました。中盤、<僕>と水谷くん、そして川上さんの三人の作業風景が楽しそうな分、ラストの悲しみが際立ちます。
「第三話 作戦会議は秋の秘密」・・・みんな大興奮の運動会。<僕>達が所属する赤組は敗色濃厚であり、逆転するためには騎馬戦で勝利を収めるしかない。ピリピリしたムードが漂う中、水谷くんが起死回生の策を考え出して・・・
第二話の陰鬱さとは打って変わり、運動会に熱くなる小学生たちの悲喜こもごもが描かれます。大人目線では微笑ましく感じるものの、子どもの世界ではこういうのって深刻な問題なんですよね。私は大の運動下手で、みんなの足を引っ張る側だったので、いつ責められるんじゃないかとびくびくしていたものです。悩む子の気持ちを慮りつつ、満足のいく結果に導く水谷くんは本当に凄い!・・・と思っていたら、ラスト一行で度肝を抜かれました。え、まさか、本当に・・・?
「第四話 冬に真実は伝えない」・・・ある日、水谷くんは同級生の黒岩くんから相談事を持ち込まれる。<読むと呪われる>と噂の本を読んだ日から、黒岩くんが図書室で手に取る本すべてに不気味なメッセージが書いてあるのだという。本はいつもランダムで選んでおり、誰かが黒岩くんが読むことを事前に予測することは不可能。ひとまず水谷くんと<僕>は図書室に行ってみることにして・・・・・
いかにも小学生が夢中になりそうな怪談話が登場します。ですが、主題となるのは怪談ではなく、その裏に隠された人間模様。これまでソツのない秀才少年に見えた水谷くんの別の一面が、すごく印象的でした。もっとも、小学生としては過ぎるくらい冷静で理知的なんですけどね。でもこの<借りる本借りる本すべてに呪いのメッセージが書いてある>って、私ならショックでパニックを起こしそうです。
「エピローグ 春休みの答え合わせ」・・・<僕>と水谷くんが元同級生である飯田さんから持ち掛けられた頼み事。それは、迷子になった弟を探してほしいというものだった。水谷くんの機転で弟は無事に見つかり一件落着。ところが、騒動解決後、水谷くんは意外なことを話し出して・・・・・
第二話から引っ張って来た、川上さんにまつわる出来事の真相が語られます。良かった、と思うところもある反面、嫌な気分にさせられるところもたくさんあって胸がモヤモヤ・・・でも、本人の台詞にもありますが、水谷くんはちょっと賢いというだけの小学生であり、本物の神さまではありません。世間的に見れば、できないこと、上手くいかないことの方がずっと多いのです。そう気づいた<僕>が、水谷くんの背中を見つめるラストシーンはやり切れないものがありました。
読了後に改めて本の表紙を見てみると、並んで座る少年二人と、少し離れた場所にぽつんと佇む少女の絵が描かれています。たぶん、少年二人が<僕>と水谷くんで、少女が川上さん。内容を知ってからだと、この絵が三人の生活環境や人間関係を表している気がして切ないです。普段の、大人の世界を舞台にした芦沢節とは趣の異なるほろ苦さを味わえました。
<僕>の健やかさが救いです度★★★★☆
小学生にこんなもの背負わせたくない・・・度★★★★★
最近読んだ芦沢央さんの「汚れた手をそこで拭かない」と伊坂幸太郎さんの「逆ソクラテス」が微妙に合わさった作品のイメージです。
水谷くんがどういうキャラクターか気になります。
芦沢さん独特の世界観が楽しめそうです。
深緑野分さんの新作「この本を盗む者は」は微妙な設定で自分的にはイマイチでした。
普段は大人の愛憎劇を描く芦沢央さんにしては珍しく、子ども世界で展開するミステリーでした。
水谷君が、聡明ながらまだ子どもで、大人の腕力や立場には敵わないという設定が切なかったです。
「この本は~」は本屋でぱらぱらと眺め、ちょっと期待していたのとは違うかな?と予想しています。
深緑野分さんには、「オーブランの少女」のような耽美性か、「戦場のコックたち」のような歴史的重厚感、どちらかを求めちゃうんですよね。
芦沢央さんにしては読みやすい、そして切ない作品でした。
スクールカーストもいじめもないようで微妙な雰囲気が漂っている。
学校は子供を守る場所であり社会に出る研修施設だと思わされる子供同士の関係が印象的でした。実際はそんなものだと学生時代を振り返って感じました。
水谷君より主人公の僕 佐土原君がむしろ水谷君を神にまつりあげて上手く利用している?とさえ思わされるエピソードに芦沢さんらしさを感じました。
救いと残酷さが見事に調和した連作ミステリーでした。
明確ないじめ描写はない分、会話等からほのめかされる登場人物の辛い状況が痛々しかったです。
根本的な問題点は小学生じゃ解決できない・・・というやるせなさも印象的でした。
彼らの未来に希望があるよう、願ってやみません。