はいくる

「魂婚心中」 芦沢央

かつて、漫画家の藤子・F・不二雄さんは、SFのことを<S(すこし)F(不思議)>と解釈しました。その言葉通り、この方の作品は『ドラえもん』に代表されるように、日常の中に不思議要素が混ざっていることが多いです。『スターウォーズ』のような壮大なSF叙事詩もいいけれど、身近なところから非日常を感じさせてくれる作品もまた面白いですよね。

日常の中に非日常が混じった作品は<エブリデイ・マジック>と呼ばれ、海外でも広く認知されています。一般家庭に魔女がやって来る『メアリー・ポピンズ』、森の中に不思議な生き物が棲むジブリ映画『となりのトトロ』、特殊な力を持ちながら一般社会に交じって生きる人々を描いた恩田陸さんの『常野物語』等々、名作がたくさんあります。今回取り上げる作品も、ジャンル分けするとこれに入るのかな。芦沢央さん『魂婚心中』です。

 

こんな人におすすめ

現実と少し違う世界のSF短編集に興味がある人

スポンサーリンク

死者同士を結び付けるマッチングアプリが生み出したもの、禁断のゲームに挑戦するプレイヤー達の運命、重責を担う少女の人生を賭けた願い事、閻魔帳と人類との果てしなき攻防戦、閉じ込められた者達の戦いの行方、支え合って生きる少女達を襲う過酷な運命・・・・・こんな世界、あるわけないさ—–本当に?ちょっぴり不思議な世界の悲喜劇を描くSF短編集

 

芦沢央さんにはSFのイメージが全然ないので、本作の存在を知った時は、かなり意外でした。SFといってもバリバリのハイ・ファンタジーではなく、現実世界と地続きだと感じさせてくれる作風です。レビューサイトにもありましたが、少し村田沙耶香さんの雰囲気と似ているかもしれません。

 

「魂婚心中」・・・プロフィールを登録しておけば、死後、条件に合う相手とマッチングさせてくれる死後結婚用アプリ<KonKon>。その登録者である律子は、大ファンのアイドル・浅葱ちゃんもまた<KonKon>ユーザーであると知り、狂喜する。生きている間はお近付きになれずとも、死後は浅葱ちゃんと結婚することが叶うかも。妄執の末、律子は浅葱ちゃんが死ぬことを熱望するまでになってしまい・・・

あの世での幸せを願って死者同士を結婚させる習俗は、<冥婚><幽婚>などと呼ばれ、古くから存在しました。このエピソードの世界の場合、なんと死後結婚をサポートするマッチングアプリが開発され、大勢の若者が利用しています。さすがにそれは・・・と思う反面、昨今のマッチングアプリ事情を鑑みるに、絶対にあり得ないと言い切れないのが怖いところ。ただ、ラストを見るに、律子は一皮剥けたと思っていいのでしょうか。

 

「ゲーマーのGlitch」・・・人の脳を刺激して感情を動かし、二年で発売中止に追い込まれた伝説のゲーム<UT>。世界のゲーマー達が集う大会で、二人の天才的ゲーマーがそのゲームに挑戦することになる。大勢の注目が集まる中、ゲームを進めていく二人だが・・・

これはゲームやその実況が好きかどうかで評価が分かれそうですね。ゲームに関する解説が延々と続くため、なじみのない方にとっては冗長と感じられるかもしれません。私個人としては、作中に出てくるホラーアドベンチャー<UT>がものすごく面白そうで、プレイしたくてたまりませんでした。こういう『バイオハザード』的なゲーム、大好きなんです。

 

「二十五万分の一」・・・この世界では、嘘をついた者は存在ごと消滅してしまう。最初から<いなかったこと>にされるため、この法則を知るのは調整役を担う津村一族の人間だけだ。せっかく親しくなった相手が、ほんの些細な嘘のせいで消滅するのを眺める日々。そんな日々に倦んだ津村一族のカナは、もう誰とも仲良くならないと決め・・・・・

収録作品中最短のエピソードながら、まとまり方は一番好きです。悪意ある嘘ではなく、例えば<好きな人を皆に知られたくないから誤魔化す>程度のことでも存在が抹消される世界。そんな世界で、人が消えていくのを見続けなければならないカナの苦悩は、一体どれほどのものだったのでしょう。孤独なカナが、ようやく得た友達の心を守るために下した決断はあまりに切なくて・・・最後の一行が胸に染み入ります。

 

「閻魔帳SEO」・・・ある日突然、天国と地獄、さらに各自の善行・悪行の一覧表が目に見えるようになった。人類の行動すべては逐一記録されており、その結果に応じて死後の行き場が変わるらしい。では、どうすれば確実に天国行きの判定をもらうことができるのか。それを分析し、顧客に適切なアドバイスを行う業者まで現れて・・・・・

森羅万象すべてをビジネスに変えるのが人間という生き物。なぜか突然可視化された閻魔帳を攻略するためのコンサルティング業者が現れたとしても、決して不思議ではありません。しかもこの閻魔帳、時々善悪の判定基準が変化するという厄介なもので、人類はその変化に応じて善行を積まなくてはならないわけだから、もはやいたちごっこ状態。ただ、業者達の狂気一歩手前のタフさは嫌いじゃなかったりします。最後の一行は有名な誤植ネタなので、意味が分からなかった方はネット検索してみてください。

 

「この世界には間違いが七つある」・・・狭い世界の中、決まりきった役割を延々と繰り返す男女数名。変化のない日々に限界を感じた男は、衝動的に女を殺害してしまう。まずい。こんなことがマスターにバレたら、全員処分される。残った面々は、どうにかして事態を隠蔽しようとするが・・・・・

これはしっかり騙された!てっきりデスゲームか何かを仕掛けられているのかと思ったら・・・読み直すと、確かに、最初から嘘は言っていないですね。現実の<彼ら>も、実は同じようなことを考えているのかな。なお、このエピソードには挿絵が二つあります。前のページを読んでいる最中、うっすら透けて見えてしまう可能性もあるので、くれぐれもご注意ください。この挿絵を見ているか否かで、ラストの衝撃が全然違いますよ。

 

「九月某日の誓い」・・・時は大正。孤児となった久美子は、とある資産家のもとで女中奉公することになる。そこには一歳年下の令嬢・操がいて、二人はすぐ打ち解けた。幸福な日々の中、周辺で起きた奇妙な事件。どうやら事件の背景には、操の持つ不可思議な力が関わっているらしく・・・・・

大正時代×SFという一見アンバランスな取り合わせが、驚くほどぴったりハマっています。我儘なようで聡明なお嬢様と、芯が強く機転の利く女中コンビがとても魅力的で、二人の幸せを願わずにはいられませんでした。ものすごく続きが気になると思ったら、実はこのエピソード、長編にする方向案もあったのだとか。将来的に続きを書く可能性も示唆されていますが・・・・・このラストを最高のままにしておきたい気持ちもあり、今後の彼女たちが見たい気持ちもあり、なんとも複雑です。

 

「ゲーマーのGlitch」や「閻魔帳SEO」などは専門用語が乱れ飛ぶため、読者を選ぶ可能性もあると思います。とはいえ、そこは短編集の長所の一つで、合わないなら飛ばせばいい話。普段の作品とはまるで違う芦沢ワールドを堪能できますよ。

 

こんな世界観を思いつく発想力に脱帽!度★★★★★

あとがきも面白いですよ度★★★★☆

スポンサーリンク

コメントを残す

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください