コロナ禍によって、これまであまり重要視されていなかったシステムや習慣に注目が集まるようになりました。例えば混雑した空間でのマスクの着用、手洗いうがいの徹底、オンラインでの会議や授業etcetc。コロナが第五類に移行した今もなお、すっかり社会に定着した感があります。
そんな<コロナによる需要増システム>の中の筆頭格は、ウーバーイーツではないでしょうか。もともとはアメリカ発祥のサービスで、一人分でも気楽にデリバリーを頼めたり、出前をやっていない個人店の料理を注文したりできるというメリットがあります。コロナで外出自粛やリモートワークが呼びかけられた結果、一気に日本での認知度が上がり、利用する店も人間も増えました。となると、創作の世界でもテーマにされるのがお約束というもの。今回取り上げるのは、ウーバーイーツが重要な役割を果たすミステリー、結城真一郎さんの『難問の多い料理店』です。
こんな人におすすめ
安楽椅子探偵が登場するミステリー短編集が読みたい人
特別な仕事を頼みたい。もし口外したならば・・・・・レンタルキッチンで様々な料理を作り続ける美貌のオーナーシェフの裏の顔。それは、警察が取り合ってくれない奇妙な謎を解く探偵業だ。不可解な呟きと共に炎の中へ消えた女性の正体、知らぬ間に指が切断されていた夫の真実、空き巣の一言から浮かび上がる歪んだ人間模様、不気味なデリバリーに隠された企み、空室にデリバリーが届くマンションの秘密、神隠しのように消えた男の行方。配達員達がもたらす手がかりから、オーナーは何を読み取るのか。新感覚安楽椅子探偵、ここに登場
前作『#真相をお話しします』でも、YouTubeやリモート飲み会といった現代要素がたっぷり登場しました。今回、大きく取り上げられるのはウーバーイーツ(作中ではビーバーイーツ)。<マッチングアプリを使う性質上、どの配達員がどのデリバリーに当たるか分からない>というシステムが上手く使われていたと思います。
「転んでもただでは起きないふわ玉豆苗スープ事件」・・・とあるアパートで火災が発生、焼け跡から一人の遺体が発見された。犠牲者と思しき女性は、なぜ火災発生時、「ざまあみろ」と呟き、自ら燃え盛るアパートに入っていったらしい。ビーバーイーツで配達員を務める大学生の<僕>は、この謎をオーナーに運ぶのだが・・・・・
レストランの謎解きシステムや、オーナーのミステリアスを読者に知らしめてくれる第一話。ビーバーイーツの裏事情などにも言及していて、「ほほー」と唸らされました。肝心の謎も、きっちり解きつつ不穏な雰囲気を漂わせていて、イヤミス好きの心をくすぐってくれますね。こういう「よく考えたら、根本的なところは解決していないじゃん!」という展開、大好物です。
「おしどり夫婦のガリバタチキンスープ事件」・・・平凡な会社員の男性が、自動車事故により死亡した。男性は、事故以前に負った怪我がもとで片手の指二本が欠損しているのだが、なぜか同居の妻は半年もの間、夫の指がなくなったことに気づかなかったという。どうしてこんなことになったのか知りたい。失業中の間繋ぎとして配達員を始めた<私>は、未亡人からの依頼をオーナーに運びつつ、隙間風が吹く自身の結婚生活に思いを馳せて・・・
謎そのものよりも、事件に関わった配達員<私>および死亡した男性から垣間見える、すれ違う夫婦の悲しさの方が印象的でした。同居する夫の指が二本欠損していることに何か月も気づかないなんて・・・絶対にあり得ない!と言い切れないところが切ないです。とはいえ、語り手夫婦には希望らしきものが見えるので、第一話ほど読後感は悪くありません。
「ままならぬ世のオニオントマトスープ事件」・・・ビーバーイーツの配達員として糊口をしのぐシングルマザーの<私>が、今回担当するのは解決済みの空き巣未遂事件だ。犯人は逮捕される際、「はめられた」と口走ったらしい。事件の裏に黒幕がいないか知りたいというのが、依頼人の希望である。どうやら背景にはSNSが絡んでいるようなのだが、実は<私>自身もSNSにはまっていて・・・・・
語り手を含む作中SNSユーザーの危機意識が緩く、読みながらハラハラしっぱなしでした。天気とか行動範囲とか投稿しちゃだめだってば!ただ、人死にが出た第一話・第二話に対し、この話では誰も死んでいないので、ここで心を入れ替えてほしいものです。主人公は、軽率だけど一生懸命だったわけだし、子どもときちんと向き合えて良かった!
「異常値レベルの具だくさんユッケジャンスープ事件」・・・フリーライターをしつつビーバーイーツで配達員もこなす<俺>。今回、オーナーのもとに運ぶのは、なぜかデリバリーを頼むたび、十回連続で同じ配達員に当たるという謎だ。おまけに依頼人の女性曰く、マフラーをなくした直後、デリバリー商品の袋の中にマフラーが入っていたことまであり、気味が悪いという。ところで、<俺>には配達以外にも思惑があって・・・・・
三話目にして、オーナーの真実に迫ろうとする配達員が登場します。ただ、配達員は全員、就業前にオーナーから「余計なことはするな」と通達されているわけで、それを破るとどうなるか—–やっぱりこうなるのね(汗)このレストランの設定が一番活かされたエピソードではないでしょうか。その分、謎の方のインパクトが薄れているのが、残念と言えば残念です。
「悪霊退散手羽元サムゲタン風スープ事件」・・・とあるマンションには、空室のはずの二〇三号室に、料理や生活雑貨が延々とデリバリーで届けられる。さらに、二〇三号室だけでなく四〇三号室にも謎のデリバリーが届くようになったそうだ。売れない芸人兼配達員の<俺>は、この謎をオーナーに運搬するも、自身の仕事の行き詰まりもあって気もそぞろで・・・
ホラー風味の謎と、金が絡んだ生臭い推理のギャップが面白いです。第三話同様、この話も誰も(自然死以外の死に方では)死んでいないので、比較的後味は良いですね。なお、本作の収録作品はすべて、謎と並行して配達員の生活ぶりが描かれます。個人的には、ここで出てくる売れない芸人の話が一番好きでした。なんだかんだで相方の手綱の取り方も分かったようだし、今後、ぜひとも活躍してほしいです。
「知らぬが仏のワンタンコチュジャンスープ事件」・・・その日、一人の男が不可解な状況で消えた。かつて、依頼人として謎を持ち掛けてきたことのある男だ。男と面識のあった<僕>は、この失踪にオーナーが絡んでいるのではないかと考える。<僕>は、他の配達員達と協力し、真相を確かめようとするのだが・・・・・
第一話の配達員<僕>が再登場します。さらに、これまでの話で出てきた配達員達も集合する上、失踪したのは第一話の依頼人。まさに全エピソードの集大成とも言える内容であり、前の五話はこの話のために存在したんだなと思わせられました。思想家ニーチェが言ったとされる「事実というものは存在しない、存在するのは解釈だけである」という言葉が突き刺さります。
本作は、オーナーは事件を<解決>するのではなく、提示された手がかりから依頼人が望む<解釈>を与えるだけというスタンスで一貫しています。謎がすべて解けてすっきり解決!という話ではないため、好き嫌いは分かれそうですね。ただ、あからさまな不幸エンドのエピソードは少ないので、気楽にさらりと読めると思います。
この発想力が凄い!度★★★★★
オーナーの底知れなさがクセになる度★★★★☆
配達人・依頼者の話を聞くだけで真相を解いてしまうのはまさに安楽椅子探偵そのものですが、「謎解きはディナーの後で」の影山をイメージしました。
黒と白とグレーが混ざり合う不思議な雰囲気と違和感が何とも言えない魅力を感じました。
自業自得のフリーライター以外は、良い終わり方で少しホッとしました。
全てが繋がって行きながら良い終わり方、悪い終わり方を混ぜて人生訓まで語るオーナーの人柄が魅力的でした。
続編を期待したいですね。
中山七里さんの連続殺人鬼カエル男完結編を借りてきました。
蒲生美智留から逃げた有働さゆりがどういう結末になるのかが楽しみです。
もう少しブラック寄りなのかと予想していましたが、意外と後味は良かったですね。
オーナーのミステリアスなキャラクター、すごく好きなので、今後も活躍してほしいです。
こちらは真梨幸子さんの「ウバステ」が届きました。
真梨さんも、中山七里さん同様、コンスタントに新刊を出してくれるので、ファンとしては嬉しい限りです。