はいくる

「営業零課接待班」 安藤祐介

私は子どもの頃、「働き始めたら、みんな<接待>をするようになるんだ」と思い込んでいました。それくらい、一昔前のドラマや漫画では、勤め人が接待をするシーンが多かったように思います。しかし自分が社会人になる年齢になってみると、接待文化はすっかり廃れ、勤務時間外の付き合いは控えようという風潮が広がっていました。もちろん、今でも接待を行う業界・職種もあるのでしょうが、一時期ほど派手なものではなくなった気がします。

接待が減ったことによるメリットはたくさんあります。その一方、接待によって得られたものもあったのではないでしょうか。<酒を飲まなきゃいけない>とか<豪華にもてなさなきゃいけない>とかではなく、職場以外の場で飲食を共にすることで腹を割って話せたり、連帯感が生まれたりすることもあったはずです。今回は、そんな<接待>の在り方をテーマにした作品を取り上げたいと思います。公務員として働きながら作家業を続ける安藤祐介さん『営業零課接待班』です。

 

こんな人におすすめ

落ちこぼれ社員たちの成長物語が読みたい人

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生真面目で弱気な性格が災いし、とうとうリストラ勧告を受けてしまった営業社員・真島等。一度は退職を考える真島だが、ひょんなことから接待に特化した<営業零課>で再出発を切ることになる。果たして真島は、何やら訳有りな仲間たちとともに、どう考えても無茶な営業目標を達成することができるのか。彼らが営業零課に集められた本当の理由とは。転んでもただでは起きない、希望が詰まったお仕事成長物語

 

著者の安藤祐介さんは、なかなかインパクトのある経歴の持ち主です。過労による退職やら試用期間中の解雇通告やらを経て、いくつかの企業を営業担当として渡り歩いた後、現在は地方公務員として勤務中。そういう背景があるからか、安藤さんの作品に登場する<会社>や<社会人>には、ものすごくリアリティがあるんですよ。そして、現実味がありながらも、頑張る社会人へのエールに満ちているため、いつでも安心して読むことができます。

 

主人公の真島等(通称・マジオ)は、真面目すぎる性格のせいで営業社員として業績を上げることができず、ついにリストラの対象になってしまいます。転職を考える真島に、専務の井岡が<営業零課>への異動を持ちかけてきました。そこは、接待営業を専門とする異例の課。ダメ社員だった自分をなぜ誘うのだろう。訳が分からないながら、一縷の望みを賭けて異動を受け入れる真島ですが、そこには想像以上の困難が待ち受けていたのです。

 

何が困難って、年商五十億という目標数値がまず無謀。それでもやらねばと奮闘する課員たちですが、そもそもこのメンバーも曲者揃いなんです。歯に衣着せない物言いをする美女・明日香、かつて詐欺まがいの営業活動を行ったことのある野辺山、その野辺山に引きずり回される新卒・石沢、調整能力には優れているものの数字を出すことができない郷原、天然すぎる振る舞いが目立つ七恵、上司を殴って飛ばされた経歴を持つ黒田、奇妙に生気を感じさせない事務担当の理恵子。てんでばらばら、普通の部署ではお荷物扱いされかねないメンバーたちは、当然ながら何度も壁にぶつかり、互いに衝突し合います。彼らがどうやって壁を乗り越えるか。ネタバレになってしまうので詳しくは書きませんが、彼らが互いの長所を認め合い、持ち味を生かす形で徐々に実績を上げていく展開はとても爽やかでした。

 

で、肝心の主役・真島君ですが、前半はあんまりいいところがありません。読者によってはイラつくんじゃないかと思うくらい気が弱く、一人では接待をセッティングすることができない上、やっと実現した接待の場ではカタログをひたすら読み上げるような営業活動を行って同僚たちをウンザリさせます。私もこういう所があるので分かりますが、真島君の場合、「自分が周囲にどう見られているか」を気にしすぎるあまり、人前でカチコチになってしまうんです。そんな彼が、とある機会を経て得た「周囲はそこまで自分のことを気にしていない」という真理。実際、よっぽどのことがない限り、人一人が何をしようと世間はそこまで注目しませんものね。これは、現実に悩み苦しむ多くの人間の救いになるんじゃないでしょうか。

 

また、本作の場合、よくあるお仕事小説と違い、会社側を決して<悪役>として描いていません。嫌な上司や悲しい出来事も出てきますが、それはあくまで社会の一部。挫折も希望もひっくるめて存在するのが社会であり会社なのだと描写されています。特に、過去に自殺した社員とその父親のエピソードがジーンときたなぁ。この手の<落ちこぼれ社員の奮闘記>の場合、ここはどこの独裁国家かというくらい悪辣な会社が登場したりするので、本作の描き方には心が温かくなりました。

 

池井戸潤さんの『半沢直樹シリーズ』のような痛快さとは少し違いますが、こういうハートウォーミングなお仕事小説も面白いですね。別に<酒を飲むこと>を礼賛しているわけではないので接待が苦手な読者でも安心ですし、表紙に描かれた登場人物たちの絵は各自の個性がよく表れていて可愛いです。これから読まれる方は、ぜひ表紙にも注目してみてください。

 

いい加減って悪いことばかりじゃない度★★★★☆

誰かと飲み食いがしたくなる度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    接待専門の課とは斬新ですが面白そうです。
    接待は昔よりかなり減ったとよく聞きますが決して無くなった訳ではないと思います。
    自分は製造部門、専門職で接待とは無縁に過ごしてきましたので是非とも読んでみたいです。未読の作家さんですがサラリーマンの奮闘振りを描いた作品は良いですね。
    最近読んだ朱野帰子さんの「会社ち綴る人」に似ていそうです。

    1. ライオンまる より:

      サラリーマン経験のある作家さんなだけあり、会社内での悲喜こもごもがリアリティたっぷりに描かれています。
      後味もすごく良いので安心して読めますよ。
      これに限らず、安藤さんの作品は読むと前向きな気分になれるので大好きです。

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