子どもの頃、友達とよくごっこ遊びをしました。お母さんごっこ、学校ごっこ、レストランごっこ、スパイごっこ・・・お嬢様ごっこもその一つ。この場合の<お嬢様>は、現代でなく戦前の設定であることが多く、「お姉様、舞踏会のドレスはどうしましょう?」「馬車の用意ができましたわ」などと言い合っていたものです。子ども心に、古き良き時代の香りを楽しんでいたのかもしれません。
ドラマを作りやすいからか、そういう時代の上流階級はよく小説でも取り上げられます。太宰治の『斜陽』や三島由紀夫の『豊饒の海』など、読むと自然と言葉使いが「~かしら?」「〇〇だわ」なんてちょっと改まった風に変化していたっけ。この二つは教科書に載ってもおかしくないほど有名なので、今回は別の作品をご紹介します。降田天さんの『すみれ屋敷の罪人』です。
こんな人におすすめ
戦中戦後の名家が出てくるミステリーが読みたい人
優しい主人、美しい三姉妹、主を心から敬う使用人たち。すみれが咲き誇る屋敷に住まう紫峰家には、幸せと豊かさが満ち満ちていた。そんな一家の幸せを侵していく不穏な影、戦争の気配、そして起こった悲劇---――時を経て、屋敷の敷地から発見された二体の白骨死体は一体何を語るのか。あの日、屋敷で本当は何が起こったのか。真相を解き明かすため、一人の男がかつての使用人たちを訪ねて回るのだが・・・・・戦争に埋もれた真実を描く、哀しくも愛に満ちたミステリー
降田さんはデビュー作『女王はかえらない』では小学校のスクールカースト、二作目の『匿名交叉』ではネットの恐怖と、いずれも現代社会が抱える闇を取り上げていました。ところが本作では雰囲気ががらりと変わり、戦前から戦後にかけて、とある名家に起こった悲劇がメインテーマ。この時代特有の華やかさや哀しさがノスタルジックに描かれていて、物語の世界にぐいぐい引き込まれました。
二〇〇一年、長く放置されていた屋敷内から、二体の白骨死体が発見されます。恐らく戦時中のものと思われるため、死体の身元確認は難航。そこで一人の男が、屋敷の関係者の内、辛うじて存命している三人を訪ねて当時の話を聞くことにします。かつて、この屋敷には、紫峰家という名門一族が住んでいました。寛大な当主と美しい三姉妹、聡明な書生たち、彼らに誠心誠意使える使用人。幸せそのものだったはずの一家は、やがて重すぎる秘密と罪を抱えることになるのです。
失礼を承知で書くと、降田さんがこれほど美しい情景描写をするとは意外でした。過去二作でスリリングな場面展開や構成が上手い作家さんだとは知っていましたが、それに加えて繊細な描写力もお持ちなんですね。すみれに囲まれた屋敷と、そこに住む華やかで豊かな人々、その邸内で起きた悲惨な事件が、絵のような美しさと切なさで読み手に迫ってきます。叙述トリックの類を用いているわけでもないので、映像化したらさぞ映えるでしょうね。
もちろん、ただ美しいだけでなく、時代と人が持つ影の部分もしっかり描かれています。満州への出兵を経て変わってしまった当主、何不自由ないはずの姉妹たちの諍い、献身的な使用人たちが持つ秘密、戦後の混乱の中で起きた悲惨な事件・・・それらが<二〇〇一年の時点で生存している使用人の回想>という形で徐々に明らかになっていきます。当然、語り手が変われば見方が変わり、真実も少しずつ異なります。この使用人たち自体、各々隠しておきたい過去を持っているため、決して信用性が高いとは言えません。ここで詳細に書くことはできませんが、この話の食い違い方が絶妙なんですよ。いわゆる<回想の殺人>の醍醐味を存分に味わうことができると思います。
あと、面白いのは、本作の謎は恐らく現代社会では成立しないところです。戦争を挟んだ特殊な時代と、その時代の中で築かれた家族や主従の関係。この時代だからこそこれほど美しい物語が出来上がるんだ・・・と思うと同時に、この時代でなければ各自にもっと別の道があったのではと思えて哀しいです。とはいえ、救いはちゃんとありますし、正統派イヤミスだった過去二作と比べると、読後感はとてもいいです。ボリュームもさほどではないので、<降田天さん=イヤミス>というイメージのある方にぜひ読んでほしいです。
この罪は果たして悪なのか・・・度★★★★☆
時代の絡め方が上手い!度★★★★☆