はいくる

「葬式組曲」 天祢涼

「四苦八苦」という言葉があります。由来は仏教で、人間が避けることのできない苦しみの分類のこと。「生」「老」「病」「死」の「四苦」に「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」「五蘊盛苦」の四つを加えて「八苦」とするそうです。どの苦労も深刻なものですが、それらすべての終わりに待ち受ける苦しみは「死」でしょう。

そんな「死」と直結しているからか、「葬式」という儀式は様々なドラマを生み出します。当然、葬式をテーマにした創作物もたくさんありますね。映画『おくりびと』はアカデミー賞外国語映画賞を受賞する快挙を成し遂げましたし、幸田文さんの『黒い裾』、湯本香樹実さんの『ポプラの秋』、宮木あや子さんの『セレモニー黒真珠』などは、どれも面白い作品でした。状況が状況だからか人間ドラマ寄りの作風になることが多いので、今日は意外な路線でいこうと思います。天祢涼さん『葬式組曲』です。

 

こんな人におすすめ

葬儀にまつわるミステリが読みたい人

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近未来、葬式文化が廃れ、速やかに遺体を火葬する「直葬」が一般的となった日本。国内で唯一、葬式を奨励するS県では、今日も様々なドラマが巻き起こる。疎遠だった次男を喪主に指名した亡父の真意、火葬を巡って対立する祖母と孫、斎場から忽然と消えた子どもの遺体、妻を亡くした夫を苦しめる不可解な音・・・・・若き女社長が率いる北条葬儀社は、謎を解決して無事に葬儀を終えることができるのか。最終話で驚愕必至の展開が読者を待つ!

 

「個性的な葬儀社の面々が謎解きに挑む」という設定から、冒頭で挙げた宮木あや子さんの『セレモニー黒真珠』を思い浮かべる方も多いと思います。かくいう私もその一人ですが、その予想は最終話で見事に裏切られました。そういえば天祢さんって、胸にズシンとくる重めのミステリーも書く作家さんだもんな。『おくりびと』のようなヒューマンストーリーを期待して読むと、最後の最後で大打撃を受けるかもしれません。

 

「父の葬式」・・・杜氏の父親が死に、久しぶりに故郷S県に帰って来た雄二郎。彼はデザイナーの夢を父に反対され、勘当された身だった。が、なぜか喪主に指名されたのは家業を継いだ兄ではなく雄二郎だった。渋々喪主として葬儀の打ち合わせを行う雄二郎だが・・・

「葬儀の場で故人と生者の想いが交錯する」という、一番スタンダードな葬儀小説だと思います。二人の息子のことを、本人たちより正確に見抜いていたお父さんの慧眼に拍手!このエピソードで登場する北条葬儀社従業員(正確にはフリーの葬儀屋)・餡子の「怪しい関西弁を話すが一筋縄ではいかない」というキャラも秀逸でした。

 

「祖母の葬式」・・・生前、火葬を巡って意見が分かれていた祖母と孫娘。間もなく祖母が死ぬも、孫は故人の遺志に反し、火葬することに良い顔をしない。その理由は、「絶対神ゼロの戒律だから」という突拍子もないもので・・・・・

いきなりカルト宗教っぽい話が出てきてビックリしましたが、読み進めてみれば、ちゃんと現実的なオチが待つミステリーでした。理性を失っているように見える孫娘の主張には、きちんと意味があったんですね。北条葬儀社からやって来た無口な従業員・高屋敷の意外な経歴にもビックリです。

 

「息子の葬式」・・・悲惨な事故により、七歳の少年が亡くなった。父親がS県でも葬式を廃止しようと主張する政治家だったため、遺体は直葬されることに。ところが火葬を待つ斎場で、少年の遺体が煙のように消失し・・・・・

遺体消失のカラクリ自体は割とよくあるものですが、それを取り巻く心理的トリックが巧妙でした。この話が、遺体を葬儀なしで火葬する<直葬屋>の副島視点で進むところもポイント。故人とは何の関係もない人物をメインに持ってくることで、逆に物語に深みが増しています。そして、商売敵すら利用して葬儀を行おうとする餡子は、やはり最強の葬儀屋です(笑)

 

「妻の葬式」・・・北条葬儀社の社長・北条紫苑の幼馴染がS県訪問中に自殺した。遺体は直葬されるものの、間もなく幼馴染の夫は謎の幻聴に悩まされるようになる。もしやこれは亡き妻の仕業なのか。夫は妻を弔うため、北条葬儀社に出張葬儀を依頼するのだが・・・

最初から最後まで現実の話だった前三話とは違い、「祟り」というオカルト要素が浮上するエピソード。ですが、読み終わってみると、この話が収録作品中一番<葬儀>というキーワードを巧く使った本格ミステリーだった気がします。なるほどねぇ、そんな業界用語があったんだ。

 

「葬儀屋の葬式」・・・高屋敷が死んだ-――突然の知らせに動揺する北条葬儀社。さらに元SEという経歴を持つ従業員・新実は、紫苑に対して一つの衝撃的な話を突き付ける。それは、これまで北条葬儀社で執り行ってきた葬儀の故人が、実は全員連続殺人の犠牲者だというもので・・・・・

ひえええええええっ!!最終話にして、これまで積み重ねてきた世界観がすべてひっくり返るほどの衝撃です。冒頭、高屋敷が死んだという知らせもショッキングですし、そこから続く連続殺人の話、あんまりすぎる真犯人に顎が外れそうでした。読了後、この話のタイトルの意味深さにしみじみ・・・・・

 

第五話は賛否両論が大きく分かれる話のようで、ネット上でも「この話はいらない」「こんな展開嫌だ」という意見が結構ありました。私としても、もっと清々しい話が良かったと思わないでもないですが、度胆を抜かれたことは事実。むしろ、こういう荒業スレスレのインパクトこそ、天祢さんの持ち味だなと思います。女社長・北条紫苑のキャラも魅力的ですし、難しいかもしれないけど、いつか続編が出てほしいです。

 

葬儀とは無駄なもの度☆☆☆☆☆

このラストはたぶん予測できない度★★★★★

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