はいくる

「あわせ鏡に飛び込んで」 井上夢人

<世にも奇妙な物語>というテレビ番組をご存知でしょうか。タモリが進行役を務めるオムニバステレビドラマで、現在は番組改編の時期に二時間ドラマとして放送されています。一話の長さが二十分程度と短いこと、ホラー・サスペンス・コメディ・ヒューマンドラマなど、様々なジャンルの話が楽しめることなどから、多くの視聴者の支持を集めています。

この番組が有名だからか、面白い短編小説を評する際、「<世にも奇妙な物語>に出てきそう話」「<世にも奇妙な物語>で実写化してほしい」などという言い回しが使われることがしばしばありますし、私もこのブログ内でそういうフレーズを何度も使いました。今回は、<世にも奇妙な物語>向けの小説がたくさん詰まった短編集を取り上げたいと思います。井上夢人さん『あわせ鏡に飛び込んで』です

 

こんな人におすすめ

ひねりの効いた短編小説が読みたい人

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別れ話を拒んだ女の取った恐るべき行動、殺人を犯した男が抱く一つの疑念、入居者が次々と消えていく部屋の真相、学者が開発した新薬の効能、悪徳医者が直面した予想外の窮地、かつての恩師との手紙から浮かび上がる戦慄の計画・・・・・十の恐怖と驚きが読者を襲う。鳥肌必至のミステリー短編集

 

作者の井上夢人さんは、一時期、徳山諄一さんとコンビを組んで<岡嶋二人>というペンネームで活動していました。こういう活動形式は、日本の作家としてはけっこう珍しいようですね。その後、コンビは解散し、徳山諄一さんは文壇から姿を消したものの、井上さんの方は創作を続けています。私は<岡嶋二人>を経て井上さんを知りましたが、独特の軽妙な文章はコンビ時代からほとんど変わらず、ファンとしては嬉しい限りです。

 

「あなたをはなさない」・・・恋人から別れ話を切り出された女は、離れたくない一心で、自分と男の手を瞬間接着剤でくっつけてしまう。激昂した男から痛罵され、復縁は決して叶わないと悟った女の取った行動は・・・

接着剤で手と手をくっつけた男女・・・うーん、想像するとシュールな光景(笑)ですが、現実にこんな行動を取られたら、さぞかし怖いことでしょう。思わぬ事態に直面した男の焦りや怒りが手に取るように伝わってきました。別れが決定的だと悟った女の行動が衝撃的すぎます。

 

「ノックを待ちながら」・・・借金に悩む晋一とその妻は、晋一と瓜二つの男を見つけたことで、一つの計画を思いつく。それは、男を晋一の身代わりとして<自殺>させ、保険金をもらうというものだった。首尾よく男を殺した夫妻だが、晋一の胸にある疑惑が湧き・・・

ひぃぃ、ハラハラする!!男の死体を前に「妻が自分を裏切っているのでは」と勘繰る晋一の不安、緊張、恐怖が臨場感ありすぎで、こちらの胃まで痛くなるようです。ここで晋一が置かれた<じっくり思案することが不可能な状況>が実に上手いんですよ。小心者な私なら、こんな立場に置かれたらまず卒倒します。

 

「サンセット通りの天使」・・・とある理由でFBIに監視されている主人公。この状況を脱するため、家具の配達員を利用して逃亡を試みる。配達員が魅力的な美女だったこともあり、すっかりいい気分になる主人公だが・・・

海外が舞台ということもあり、洒落た洋画のような雰囲気のある話です。主人公の運命を思うと気の毒な気もしますが、もともとこの人も犯罪者なわけだしなぁ。設定上、<世にも奇妙な物語>より<ヒッチコック劇場>の方が合うかなと思ったら、本当に<真夜中の迷路>という似たような話がありました。これは見てみたい!

 

「空き部屋あります」・・・足の不自由な大家を訪ねてきた一人の人物。大家は自宅の空き部屋を間借り人に使わせているのだが、なぜか次々と入居者が失踪する。訪問者は、この部屋に入居後、忽然と失踪した友人を探しているらしく・・・

収録作品中、一番ホラー要素の強いエピソードです。大家である高齢女性の語りで話が進行するという構成も、物語の恐怖感を盛り上げていますね。女性の語り口が、いかにも上品で穏やかなおばあちゃん風なところが余計に恐ろしいというか・・・読了後、しばらくは招かれた先でお菓子を口にするのが怖くなりそうです。

 

「千載一遇」・・・警備するビルに大金が運び込まれると知り、強奪計画を立てるガードマン。ところが、相棒のガードマンも同じことを考えていて、主人公を殺そうとする。乱闘の末、相棒を殺した主人公だが・・・・・

この手の話で冒頭に犯罪計画が出てきた場合、思わぬ伏兵が現れるというのはもはやお約束。とはいえ、その後の展開は予想外でした。主人公を襲う運命は哀れそのものですが、「サンセット通りの天使」の主人公と同じく、因果応報と言うべきなのでしょうか。欲に目がくらんだ代償は大きいなぁ・・・・・

 

「私は死なない」・・・一人の学者が開発した新しい薬。それは、人間の意識を肉体の死後も存続させるというものだった。これで霊魂の謎が解ける!と意気揚々と自ら服用する学者だが、そこには想像だにしない世界が待ち受けていた。

古今東西、酷い目に遭う主人公は数えきれないほどいますが、このエピソードの主人公ほど過酷なものってそうないんじゃないでしょうか。「千載一遇」の主人公の不幸を吹っ飛ばす生き地獄ぶりは、想像しただけで夢に見てしまいそうです。この主人公は別に悪いことをしたわけじゃないという点が、より悲惨ですね。

 

「ジェイとアイとJI」・・・主人公は二台のパソコンを使ってある実験を試みる。それは、プログラミングを組むことで、パソコン同士に会話させようというものだった。寝る間も惜しんで実験に没頭する主人公が、やがて辿りついた場所とは。

ちょっとSFめいた話かなと思ったら、どちらかというとサイコホラーでした。興味があったので調べたところ、この話が書かれたのは一九九二年とのこと。この時代にこういう発想を出せるという点がまず凄いですね。ちなみにこの実験、現代の技術ならば実現可能なんでしょうか?

 

「あわせ鏡に飛び込んで」・・・とあるパーティーに出席した医者は、そこで一人の画家から新作だという絵を見せられる。それは、医者が犯した過去の罪を告発するものだった。動揺した医者は、その絵をぼろぼろに破壊するのだが・・・・

表題作にふさわしいインパクトでした。本作には<犯罪者である主人公>が数名登場しますが、この話の主人公もその一人。しかも、他作品と違って至極真っ当な裁きを受けさせられるので、読後感はとても良いです。単なるモブかと思ったあの人が、意外にいい働きをしてくれた点も小気味良かったですね。

 

「さよならの転送」・・・三角関係に悩む主人公・伸哉は、ある日、意中の相手である真紀から別れを告げる留守電メッセージが入っていることに気付く。伸哉は腹立ち紛れにその伝言を、真紀を争った相手・秀暁に転送するのだが・・・・・

明記されているわけではありませんが、恐らく収録作品の中で一番若い主人公です。他の登場人物たちも学生ばかりで、そのせいか、行動が良く言えば純粋でストレート、悪く言えば軽率で幼稚。もう少し酸いも甘いも噛み分けられるようになっていれば、この悲劇は起こらなかったように思えるところがなんとも苦かったです。

 

「書かれなかった手紙」・・・田舎で隠居生活を送る元教師に、かつての教え子の夫から手紙が届く。曰く、妻は夫である自分が遺産目当てに家族を皆殺しにしようとしているという妄想を抱いているとのこと。だが、妻から届いた手紙にはまるで別のことが書かれていて・・・

物語を構成するのは登場人物同士が交わす<手紙>。メールやスカイプが一般的となった現代では恐らく成立しないトリックが駆使されていますが、そこが逆に新鮮味ありました。探偵役を務める、半身不随ながら頭脳明晰な元教師のキャラクターもとてもユニーク。いつかこの人を中心とした連作短編集なんかが出てくれないかな。

 

総じてレベルが高く、大外れのない短編集でした。作者の井上さんはどちらかというと遅筆な方で、ここ最近は新作が出ていないのですが、じっくり練っているからこそこれだけ上質の作品が書けるんでしょうね。次の作品を何年でも待ってますよ!

 

どれも長編にしても面白そう度★★★★☆

各話への作者のコメントもまた良し!度★★★★☆

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