はいくる

「王妃の帰還」 柚木麻子

女子校という言葉を聞いて、どんなイメージが思い浮かぶでしょうか。お嬢様達が優雅に微笑み合う女の園か。あるいは、大奥ばりの権謀術数が渦巻く伏魔殿か。実際に女子高出身の私に言わせれば、どちらも否。共学校と同じく、楽しいこともあれば嫌なこともある、普通の学校です。ただ、同世代の異性の目がない分、女の良い所悪い所がより強調されるという面はあると思います。

私は女同士の人間模様をテーマにした作品が大好きなので、女子校を舞台にした小説もたくさん読みました。秋吉理香子さんの『暗黒女子』、今邑彩さんの『そして誰もいなくなる』、若竹七海さんの『スクランブル』等々、どれも面白かったです。例に挙げたのは、どちらかというとブラックな味わいの作品ばかりなので、今回は後味の良い青春小説を取り上げたいと思います。柚木麻子さん『王妃の帰還』です。

 

こんな人におすすめ

波乱万丈な女子中学生の青春小説を読みたい人

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気の合う仲間達と共に、名門女子校中等部での日々をそれなりに楽しく過ごす範子。そんな彼女の穏やかな毎日は、ある日を境に一変する。とある事件によりスクールカースト最上位のグループから転落した<王妃>こと滝沢さんを、なりゆきで仲間に入れることになったからだ。とはいえ、勝気で行動的な滝沢さんと、おっとりのんびりした範子達とでは思考回路があまりに違い、グループはたちまちぎくしゃくしてしまう。このままではいけない。八方丸く収めるためには、滝沢さんを再び人気者にし、元のグループに戻ってもらうしかない。そう決意した範子たちは、滝沢さんの帰還大作戦を開始するのだが---――ワガママで、自分勝手で、繊細で、とびきり可愛い。少女達の大きな一歩を描いた爽やか青春小説

 

同じ女子校でも、私が経験したのは高等部で、本作の舞台となるのは中等部。わずか数歳とはいえ、この差は大きいです。高校生になると、若干とはいえ<人は人、自分は自分>という考え方が生徒達の間に出てきますが、中学生はまだまだ未熟。「空気を読め」「偉そうにするな」「流れから外れるな」というプレッシャーも半端じゃありません。そんな中、平和に学校生活を送ろうとする範子達の努力は切実で涙ぐましいです。この手のテーマは、しようと思えばいくらでも暗くできるのですが、そこはやっぱり柚木さん。揉め事のシーンさえ、どこかコミカルでユーモラスな雰囲気に描いてあり、何度もクスリとさせられました。

 

主人公はお嬢様女子校の中等部に通う二年生・範子。人懐っこいチヨジ、母性的なスーさん、甘えん坊のリンダさんと共に、そこそこ快適な毎日を送っています。そんなある日、クラスの最高権力者<姫グループ>のリーダー格だった滝沢さんがグループから追い出されるという事件が勃発!孤立し、悪口と嘲笑に晒される滝沢さんを見かねた範子達は、渋々ながら彼女をグループに迎え入れることに。ところが、性格も趣味も違いすぎる範子達と滝沢さんとでは歯車が噛み合わず、互いにストレスを抱える羽目になります。元の仲間同士で楽しくやりたいけれど、滝沢さんをいじめられっ子に戻すのも忍びない。話し合いの末、範子達は滝沢さんの人気を再び高め、姫グループに戻ってもらう作戦を実行していきます。

 

何よりまずこの設定がユニークですよね。よくある青春小説なら<異なるグループの生徒同士が交流し、大の仲良しになる>という展開になりがちですが、本作の主要登場人物達は、それは無理だと割とあっさり見切りをつけます。それはどちらが悪いとかいう話ではなく、範子と滝沢さんとではあまりに価値観が違うから。これって、友情を構築する上で大事なポイントじゃないでしょうか。誰だって、全人類と親友になるなんて無理に決まっていますし、ある程度離れている方が気持ち良く付き合えるというケースもあります。そういう人間関係の真理を中学校で描く小説って少ない気がするので、すごく印象的でした。

 

だからといって、<自分と人は違うんだから分かり合えなくていい>というようなドライな流れにはなっていません。親友にはなれないまでも、姫グループへの帰還作戦を共に実行する内、範子達と滝沢さんは少しずつ互いを理解していきます。範子達は、何不自由ない美少女だと思っていた滝沢さんが様々なプレッシャーを抱えていたことを知りますし、滝沢さんもまた、地味なオタクと軽んじていた範子達が、誰とも敵対しないよう注意深くクラスを観察していたと気づきます。こうして一回り大きくなる少女達の姿はきらきらと爽やか。以前にはなかった思いやりを身に付ける滝沢さんも素敵だけど、個人的には、「私達はいつも円満。揉めているのはカースト上位の人達」と思い込んでいた範子が、自分達の中にあるすれ違いに気付くところが好きですね。人間なんだから、ネガティブな感情があっても当たり前。そこにどう折り合いをつけるかが大事なのではないでしょうか。

 

あと、範子達や滝沢さん以外の登場人物の描き方も面白いです。範子の凛々しい母親や、善良で熱心だけどちょっとズレてる男性教諭のホッシーもいいけれど、やっぱり個性的なクラスの面々の描写が秀逸なんだよなぁ。<姫グループ>を頂点に、品行方正な優等生揃いの<チームマリア>、派手な面々が集まった<ギャルズ>、ヴィジュアル系バンドに夢中の強面<ゴス軍団>がしのぎを削る様子は、さながら群雄割拠の戦国時代。グループ同士にはしっかりと境界線があり、所属しているのと違うグループに入れてもらうには、それこそ清水の舞台から飛び降りるほどの勇気が必要となります。この辺りのあれこれは、女性読者なら多かれ少なかれ「ああ、そうだったそうだった」と頷いてしまうのではないでしょうか。担任のホッシーが、女生徒同士のそういう難しさを理解できず、「グループなんて気にせず付き合えばいいのに」とあっさり言うところなんて、まさに<教師あるある>ですよね。

 

ストーリーが波乱万丈で飽きさせないし、登場人物も個性豊かだし、絶対画面映えするなと思いますが、今のところ映像化はされていません。その代わりというわけではないですが、NHKがオーディオドラマ化はしている様子。主演は小芝風花さんで、櫻井淳子さんや高橋光臣さんといったベテランが脇を固めています。知らなかったので視聴を逃してしまったけれど、いつか再放送してくれるかしら。

 

譲れないものを持つのは大事!度★★★★★

大人だって活躍します度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    面白かったですね。
    スクールカーストのトップから転落した王女をグループに入れてしまい窮屈に感じて、何とか元に戻すことで穏便に済まそうとする女子たちの奮闘振りが愉快でした。
    学生時代、自分が空気が読めなかったのか、男が多かったせいか、時代のせいかスクールカーストという意識がなく大人になって小説を読んで思い当たる~という感覚でした。
    秋吉理香子さんの「絶対正義」のようにグループに入れた女の子に振り回されるどころか人生を狂わされるような壮絶な展開とは違って、まだ平和的だったと思いました。

    1. ライオンまる より:

      こういう思春期女子のグループものは陰湿化しやすいですが、予想以上にすっきり爽やかな展開で読後感良かったです。
      「こんな偉そうな子、仲間外れになっちゃえ」ではなく、元のグループに戻そうとする辺りに主人公らの優しさを感じました。
      柚木さんは最近、大人を主役にした小説をたくさん執筆されていますが、たまにはこういうティーンエイジャーの作品も書いてほしいです。

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