はいくる

「マジカルグランマ」 柚木麻子

創作作品を見ていると、「このキャラってステレオタイプだよね」と思うことがあります。たとえば<日本人>なら<努力家で慎み深く、自己主張が苦手>とか、<田舎者>なら<流行に疎く方言丸出しで喋り、お節介だが人情味がある>とか。現実には怠け者ではっきり物を言う日本人も、お洒落でクールな田舎者も大勢いるに決まっていますが、なんとなくこういうイメージが付いてしまっています。こういう固定観念やレッテルのことを<ステレオタイプ>と言います。

映画や小説などを創る上で、このレッテルは役立つこともあります。分かりやすいキャラクターがいた方が物語が盛り上がるという側面も確かにあるでしょう。ただし、一つのイメージがあまりに浸透することで、そのイメージ通りに動かない人達が嫌な思いをさせられるというマイナス面もあります。はっきり自己主張しただけで「日本人なのに我が強い」などと言われたら、誰だって不愉快な気持ちになりますよね。この作品を読んで、物事にレッテルを貼ることの意味を考えさせられました。柚木麻子さん『マジカルグランマ』です。

 

こんな人におすすめ

シニア世代の奮闘記が読みたい人

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長く女優業から遠ざかっていたにも関わらず、ひょんなことから<理想のおばあちゃん>俳優としてブレイクした主人公・正子。華やかなカムバックを果たしたかと思われたが、仮面夫婦だった夫が急死したことで事態が一変する。正子の言動に炎上状態になるネット、次々と打ち切られる仕事、おまけに亡夫には二千万の借金があったことが発覚し・・・・・金なし、職なし、人望なし。負債とガッツだけはある正子は、このピンチをどう乗り切るのか。愉快痛快なシニア・エンターテインメント小説

 

ここ最近、『BUTTER』『さらさら流る』『デートクレンジング』と、しっとり静かな作品が続いた柚木さんですが、本作は雰囲気がガラリと一変。『嘆きの美女』や『私にふさわしいホテル』を思わせる、エネルギッシュで軽快な作品です。柚木さんの書く、<逆境にあってもめげない、とことんタフなヒロイン>像が大好きな私としては嬉しい限りですね。

 

「正子、おおいに嫌われる」・・・CMで<ちえこばあちゃん>を演じたのを機に、人気シニア俳優として再ブレイクした元女優・正子。芸能生活は順調に思えたが、家庭内別居状態だった夫の死に際し、正直に「もう何年も顔を合わせていない」とコメントしたことで大バッシングを受けるようになり・・・

人気芸能人が、たった一言をきっかけに叩かれるという、リアリティーたっぷりなエピソード。老人が世間から爪弾きにされる悲惨な話のはずですが、正子がとにかく図太いので少しも哀れじゃありません(笑)クリエイター志望の杏奈、近所でゴミを集めて回る野口さん、隣家に住むあっけらかんとした主婦・明美、ハリウッド進出を果たした正子の女優仲間・紀子など、今後の活躍を予感させるキャラが続々出てくる所も楽しいです。

 

「正子、ものを売る」・・・女優としての仕事がなくなった上、亡夫には二千万円の借金があり、土地を売ろうにも家屋の解体費用に一千万もかかると分かり、驚く正子。当座の生活資金を稼ぐため、メルカリで所持品を売ることを思いつく。出品する物を探すため、亡夫が倒れていた離れに足を踏み入れると・・・・・

女優の道は断たれ、道を歩けば通行人に写真を撮られ、おまけに借金まで抱えるという散々な状況にも関わらず、全然めげない正子が凄すぎです(笑)映画監督だった亡夫に憧れており、なし崩し的に居候となった杏奈のキャラクター像も、この章から段々と見えてきます。杏奈が「こういう映画を撮りたい」と口にしながら、興味を持った正子から深く突っ込まれると答えられないという下り、なんとなく胸が痛かったです。

 

「正子、またセクハラされる」・・・正子は再び女優の仕事を得ようと奮闘するも、前途は厳しい。就職活動の中、自分が<マジカルグランマ>だったのではと思い至る。このままではいけない。気持ちを新たにした正子は、ネットに公開した処女作が叩かれて落ち込む杏奈とともにディズニーランドを訪れた。

ここで初めて、タイトルでもある<マジカルグランマ>という言葉が出てきます。大ブレイクしたつもりだったけど、自分は世間が夢見るおばあちゃん像をただなぞっただけではないのか。女優として、それでいいのか。深く自分自身に問いかけながら新たな道を探そうとする正子が素敵でした。また、正子の息子・孝宏の予想外の私生活に関するエピソードもいいですね。自分勝手だ意地悪だと批判されつつ、なんだかんだで息子といい関係を築けることから、正子の聡明さが窺い知れます。

 

「正子、お化けになる」・・・ディズニーランドを訪れたのを機に、自宅をお化け屋敷にして一般公開する計画を思いついた正子。紆余曲折の末、企画は大成功する。仲間たちと盛り上がる最中、正子はずっと会いたかった幼馴染の陽子が都内の老人ホームに入っていることを知り・・・

<女優業は諦めないが、もうマジカルグランマにはなりたくない→家をお化け屋敷にし、一片の同情の余地もないような凶悪な老女の幽霊役で出演しよう>という正子のバイタリティにただただ脱帽。杏奈や明美、野口さんらがそれぞれ個性を発揮し、この計画実現のため頑張るという流れも面白いです。ホラー好きとしては、このお化け屋敷、ぜひとも行ってみたいですね。これまで回想シーンのみの登場だった幼馴染・陽子との再会と、その後の正子の気持ちの変化がじんわりと胸に染み入りました。

 

「正子、虹の彼方へ」・・・陽子の側にいるため、一緒の老人ホームに入居することを考える正子。そんな彼女のもとに、アメリカで映画撮影中の女優仲間・紀子から連絡が入る。なんとハリウッドの映画監督が自身の作品に正子を出演させたいと考えているそうで・・・・・

<マジカルグランマ>を卒業し、今度はハリウッドで<マジカルジャパニーズ>とは一線を画す日本人役を演じてやろうと意気込む正子。そんな彼女が迎えた予想外の展開にお腹を抱えて笑ってしまいました。ラスト、杏奈の手紙という形で語られる正子の姿は、理想的ではないのかもしれないけれど、間違いなく幸せなのでしょう。紀子の「あのお屋敷から一歩も出ていなくても、いつも私より、たくさんのものを見ていて学び続けている」という人物評が、正子という人を表していると思いました。

 

正子を襲う試練の数々はかなりハードなんですが、彼女の性格のせいか、読んでいて辛くありません。あまりに図太すぎて嫌いだと感じる読者もいるようですが、私はこういうタフさ、好きですよ。今後も賑やかに逞しく生きていくであろう正子の姿が想像できて、読んでいてとても楽しかったです。

 

<こうあるべき>ってそんなに大事?度★★★★☆

オチがあまりにも彼女らしい!度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    年金が当てに出来ないご時世で正子さんの強かで逞しい生き方は現役世代のお手本になりそうです。ランチのアッコちゃんのようなアッコさんのような逞しくキャラクターの奮闘振りと若い人の意見を取り入れて独特の商法を考え出した過程に希望を感じました。

    1. ライオンまる より:

      正子さんが再起を賭けて挑むアイデアの数々がすごくユニークで、「なるほどなぁ」と唸りながら読みました。
      マジカルグランマにならないよう、強欲な老女の幽霊役になるなんて凄すぎる!
      今後も正子節を貫いてほしいです。

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