はいくる

「あいにくあんたのためじゃない」 柚木麻子

図書館に入庫された新刊の予約は、一種の戦争だと思っています。人気のある作家さんの最新刊や、映像化された話題作などは、図書館HPに新刊情報が載ると同時に予約が殺到。あっという間に何百人もの待機リストができることも珍しくありません。私はこの手の予約戦争に遅れがちなので、パソコン画面前で何度も「あーあ」とため息をつきました。

しかし、<予約人数が多い=なかなか順番が回ってこない>かというと、必ずしもそういうわけではありません。たくさん予約が入るような人気作は、図書館側も在庫を多めに仕入れる可能性が高いです。その上、たまたま読破・返却が早い人達が続けば、意外にさっさと順番が回ってくることもあり得ます。この本も、たくさんの予約者がいたにも関わらず、びっくりするほど早く手元に届き、嬉しい驚きでした。柚木麻子さん『あいにくあんたのためじゃない』です。

 

こんな人におすすめ

スカッと痛快なヒューマンストーリーが読みたい人

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失言連発で崖っぷちのラーメン評論家、若きフリーターを応援したいキャリアウーマン、孤独と悪阻に悩まされる妊婦、共通の敵を前に一致団結するアパート住人達、長年の謎を追うべく奮闘する幼馴染二人組、再起を賭けて右往左往する芸能人・・・・・大丈夫。誰にでも、必ず明日はやって来る。頑張る人達の背中を押す、パワフルエンターテインメント短編集

 

二百人近い予約が入っていたにも関わらず、あれよあれよという間に順番が回り、予想していたよりずっと早く読むことができました。二〇二四年の直木三十五賞ノミネートが発表される前だったせいもあるかもしれませんね。内容も文句なしに面白く、ここ最近の柚木麻子さんの短編集の中で一番ツボにハマりました。

 

「めんや 評論家おことわり」・・・評論記事が炎上し、お先真っ暗なラーメン評論家・佐橋。耐え兼ねて謝罪文を投稿したところ、長年出入り禁止を食らっていたラーメン店から「席を確保しておくので、食べにきてほしい」と連絡が入る。ここでうまく和解できれば、炎上も収まるかも。期待を胸に店を訪れる佐橋だが・・・・・

現実でも何かと物議を醸す炎上問題。この話の場合、佐橋は本当に軽率かつ浅慮な人間であるため、四面楚歌状態でもあまり同情できません。面白いのは、佐橋のせいで多大な迷惑を被った人間視点の描写がしっかり入るところ、彼らによる佐橋への復讐がものすごく凝っているところですね。ひどい目に遭ったのに決して自暴自棄にならず、前向きになれる彼らに幸あれと願わずにいられません。

 

「BAKESHOP MIREY’s」・・・企業で管理職として働く秀美の目下の楽しみ。それは、行きつけの焼き鳥屋で働くフリーター・未怜とお喋りすることだ。荒んだ家庭で育った未怜は、いつかイギリスの焼き菓子店を開くことが夢なのだという。未怜を応援したい秀美は、ある時、未怜にプレゼントを贈ることにして・・・・・

厳しい見方をすれば、未怜は何の努力もせず夢ばかり語る甘ったれ。ただ、私も夢物語をぼんやり空想するのが好きな人間なので、あまり彼女を非難する気にはなれませんでした。秀美にとっては<夢の実現のため行動すること>が生きる糧だったけど、未怜にとっては夢を見ることそのものが生きる糧だったのでしょう。二人のすれ違いがやり切れないものの、ラストの焼き菓子描写からするに、希望はある気がします。

 

「トリアージ2020」・・・誰にも頼れない状態で妊娠し、悪阻に苦しみながら一人暮らしを送る麻梨子。医療系の長寿ドラマ「トリアージ」を鑑賞することが唯一の楽しみだ。ひょんなことから、麻梨子はこのドラマの有名レビュワー<よこちん>と知り合う。麻梨子の境遇を知った<よこちん>は、自身の母親に頼み、麻梨子に食事を差し入れさせてくれるのだが・・・

身内でもなければ友人でもない、なんとも形容しがたい関係の女性二人の関係が素敵でした。SNSって、本来こういう使われ方をすべきなのでしょうね。作中に登場する架空ドラマ「トリアージ」がいい小道具になっていて、今後が気になる名作です。それにしてもこのドラマ、めちゃくちゃ面白そう!超見たい!

 

「パティオ8」・・・コロナにより外出制限がかかった昨今、アパート<パティオ6>に住む子供たちの息抜きは、中庭で遊ぶこと。ところが、一〇一号室に住む宮本が、うるさくて仕事の邪魔だと、子ども達を怒鳴りつける。そもそもこのアパートは、中庭で子どもが遊ぶことを許容するのが入居条件なのに。怒った保護者達は、宮本への復讐計画を練り始め・・・・・

ある相手への仕返しのため、被害者達が結託するという流れは、第一話と共通しています。面白いのは、被害者達が計画を練るのがオンライン飲み会という点。そうそう、こういうツールを介すると、直接対面するよりも話が盛り上がっちゃうんですよね。とはいえ、復讐の方法はスカッとするものだし、予想外の人間が本懐を遂げることができてめでたしめでたし。六世帯入居しているのにタイトルが<8>なのは、そういう意味だったのか。

 

「商店街マダムショップは何故潰れないのか?」・・・<私>と幼馴染の琴美が抱える疑問。それは、シャッター通りと化した商店街で、客が入る姿など見たことがないのになぜか営業を続ける雑貨店<ドゥリアン>についてだ。どうしてあの店は経営し続けることができるのか。不思議に思った琴美は、<ドゥリアン>で置物を買ってみることにするのだが・・・

どの商店街にも一軒はあるであろう<いつ見ても客がいないのに、なぜか長年営業している店>の謎を追う話です。この店の女性店主の存在感がとにもかくにも強烈で、不思議を通り越してホラーとすら思えるほどでした。彼女はきっとこれからも静かに商店街を見守り続けていくことでしょう。悪質クレーマーがしおしおになったし、良かった良かった。

 

「スター誕生」・・・アイドルとして芽が出ず、中年になって掴んだキャスターの仕事でも躓き、真木信介の毎日はグレー一色。ある時、彼はネットで<MCワンオペ>とあだ名を付けられた女性の存在を知る。とあるYouTuberがファミレスで動画撮影中、くだんの女性から「私と子どもの顔を映さないでくれ」と抗議されるのだが、その口調がものすごく小気味良く、MCのようだと評判になったのだ。彼女と仕事ができれば、自分の評判も回復するかもしれない。真木は早速、MCワンオペの身元を探り始めるのだが・・・・・

中盤まで、MCワンオペを<ちょっと弁の立つヒステリー女>と言わんばかりに扱い、踏み台にしてステップアップを図る真木とYouTuberにイライラモヤモヤ・・・この辺りは第一話の佐橋と同様ですが、こちらは己を見つめ直し、自力で再起を目指す気になってホッとしました。あと、真木の奥さんのキャラが最高にユニークで好印象!推しと結婚したら、私ならどうなっちゃうんだろう・・・・・

 

なお、本作は、イラストレーターのもりとおるさんによりコミカライズされています。現在進行形で連載中であり、今のところ「めんや 評論家おことわり」「スター誕生」が完結、「パティオ8」が始まっています。絵で見ると、小説版とは少し趣が変わり、また新たな面白さが生まれますね。漫画配信サイトでも購入できるので、興味のある方はチェックしてみてください。

 

コロナ警戒中の世の中との絡め方がお見事!度★★★★☆

料理描写にヨダレが出そう・・・度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     題名の意味そのままの内容だと読めば読むほど思いました。
     勘違いした評論家にガツンと言わすオチ、夢ばかり語って動こうとも忠告を聞こうとしない女性、それでも救いを与える~まさに「あいにくあんたのためじゃない」
     伊藤くんA to Eを思い出しました。
     
     住んでいる草津市内の図書館は人気本だと3桁近い予約があり昔「真夜中のパン屋さん」が人気の頃予約したにも関わらず連絡が無いのか忘れたのか数年後、図書館で見て借りてきました。
     勤めている会社の近くにある市立図書館はリクエストして予約したら直ぐに届いて1番に読めるのが有り難い。
     ただ早くしないと変な家2はかなり待たされてます。

    1. ライオンまる より:

      あ、何かを思い起こさせる内容だと思ったら、「伊藤くんAtoE」だ!!
      すべての話のテーマを表すタイトルが秀逸だと思います。

      図書館によって、ずいぶん違いがありますよね。
      近所の図書館は結構時間がかかることが多いので、たまに早く回ってくると喜び倍増です。
      「変な家2」の感想を読むのが楽しみです。

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