記憶にある限り、今まで生きてきて「先輩」と言われたことはほとんどありません。中学校の部活では新入部員が入って来ず、高校は私が帰宅部。社会人になってからは後輩ができたものの、会社では「名字+さん」呼びが一般的でした。別に不自由はありませんでしたが、可愛い後輩に「先輩、先輩」と慕われるというシチュエーションには憧れちゃいますね。
小説の世界にはたくさんの先輩後輩が登場します。有栖川有栖さんの『学生アリスシリーズ』は頼もしい先輩が登場する青春ミステリ、秋吉理香子さんの『暗黒女子』は美しい女子高生を巡る愛憎劇を描いたイヤミス、森見登美彦さんの『夜は短し歩けよ乙女』は後輩に恋した大学生が主人公の恋愛小説です。どの先輩後輩の関係性も様々、愛や尊敬や信頼もあれば、憎しみや嫉妬や軽蔑もありました。では、この作品に出てくる先輩後輩はどうでしょうか。柚木麻子さんの『けむたい後輩』です。
こんな人におすすめ
ほろ苦い成長物語が読みたい人
中学時代に詩集を出版し、自分は人と違うのだというプライドだけを持ち続ける栞子。栞子の詩のファンであり、栞子を女神のように崇める後輩・真実子。そんな二人の関係がもどかしく腹立たしい美里。良家の子女が集う大学で、女性たちの思惑が交錯する。昇華させることのできない欲求は、エゴは、果たしてどこは向かうのか。あまりに幼稚で、あまりに必死な、傷だらけの成長物語
灰色を基調とした背景に、立ちのぼる煙草の煙。煙草をくわえる痩せた女性・・・柚木作品にしては珍しくアンニュイな雰囲気の表紙が、この作品のすべてを物語っています。「その他大勢の一人にはなりたくない。特別な存在でいたい」という、多かれ少なかれ誰しも持つであろう欲求が、女同士の友情物語に上手く落とし込まれていました。イライラする場面も多いのに読むのをやめられない、不思議な小説だと思います。
「真実子、とりこになる(一年生編)」・・・大学の先輩・栞子が大好きな詩集『けむり』の作者だと知り、のぼせ上がる真実子。栞子は久しぶりに出会ったファンの讃辞が面白く、真実子を振り回す。真実子の親友である美里は、置き去りにされたようで気に入らないのだが・・・
「中学生詩人」という過去の栄光にすがる栞子、そんな栞子を盲目的に崇拝する真実子、不器用だが努力家の美里、という主要登場人物のキャラクター像が丁寧に描かれた第一章。栞子の「中高生時代は目立っていたが、大学生になると凡人」という背景にリアリティを感じました。あと、妹分ように思っていた親友が栞子に夢中になってしまって悔しい美里の気持ち、なんとなく分かるなぁ。
「真実子、とりのこされる(二年生編)」・・・美里は大学のミスコンでの優勝目指して準備中。だが、応援してくれるはずの真実子は相変わらず栞子を追いかけてばかり。おまけに栞子の新たな恋人・伊佐夫が美里に一目惚れしてしまい・・・
「女子大生のミスコンバトル」という、女の戦いが全面に押し出された話です。私は幸か不幸かこういう世界には無縁で生きてきましたが、美人で華やかというのも、それなりに苦労があるんだなと実感。終盤で真実子の意外な過去が明らかになりますが、驚くのはまだ早い。これは後に明らかになる真実子の「意外な一面」のほんの一部に過ぎないのです。
「真実子、トリコロール(三年生編)」・・・共にフランスを訪れた栞子と真実子。栞子はそこで初恋の相手が結婚していたと知って意気消沈するが、すぐにカメラマン志望の黒木と恋に落ちる。その結果、真実子は置いてけぼりを食らってしまい・・・
栞子のダメンズ・ウォーカーっぷりが段々痛々しくなってきます。女たらしの教授、劣等感まみれのニート、僻みっぽく向上心のないカメラマンの卵と、傍にいるのはダメ男ばかり。そのダメさ加減を見ようとせず、「私は男たちのミューズ」とご満悦のところがまた痛いというか・・・そして本章でも真実子の恐るべき一面が明かされます。
「真実子、鳥になる(四年生編)」・・・大学卒業後、サブカル系書店でバイトを始めた栞子。職場の紅一点としてちやほやされ、黒木やその仲間たちと映画製作への夢を語る日々。真実子はそんな栞子を全力で応援するのだが・・・
ぬるま湯のような居心地の良い環境に安住し、「いつか映画を作ろう」と盛り上がる栞子の毎日は、さぞ楽しかったことでしょう。そんな彼らに対する、美里の「あんた達は絶対に映画なんて撮らない。この負け犬!」という言葉は痛快である反面、なんとも残酷・・・努力で夢を着実に叶えてきた美里は立派だけど、みんながみんな、そうできるとは限らないんですよね。ただ、やっぱり人を貶める嘘はダメだよ、栞子さん。
この後、エピローグで栞子と真実子は数年ぶりの再会を果たします。そこでのやり取りと、ラスト一行の真実子の言葉、これがなんとも痛烈でした。自分が凡人であることを認められず、成長の機会を逃し続けた栞子と、天性の才能を活かす場をしっかりと見つけた真実子。二人の差が如実に現れたラストだったと思います。子どもが大人になるとはどういうことなのかを、真正面から描いた作品でした。
無邪気さは時に残酷・・・度★★★★☆
平凡というのは悪いことじゃないんだよ度★★★★☆
「王妃の帰還」のようなイメージですね。
クラブではまだともかく職場では、仲の良いだけの先輩・後輩はどうか?と思いますが、あまりにベッタリとされるのも疲れそうです。
2人の関係が面白そうで、けむたい後輩とどういう関係になるのか面白そうです。
単なる「依存関係にある先輩・後輩」にとどまらない展開が印象的でした。
柚木作品のヒロインたちは、色々あれど結局前向きに頑張っていく女性が多いので、栞子や真実子のようなタイプは珍しかったです。
一般的に言うヒロインタイプの美里を脇役に配置したところが面白いです。