ミステリーやサスペンスにおいて、謎解き役というのはとても重要なポジションです。シャーロック・ホームズ然り明智小五郎然り、難事件をピシッと解決する探偵は格好いいもの。数多の作品で主役を張るのも納得です。
その一方、<謎解き役>ではなく<謎解きのヒントを与えるアドバイザー役>の方が存在感を放つ作品も一定数存在します。『羊たちの沈黙』のレクター博士と言えば、想像しやすいでしょうか。こういう作品の場合、意外と大事なのは、アドバイザー役がなぜ謎解き役にわざわざヒントを与えるのかという理由付け。ここが曖昧だと、ただのご都合主義に思えてしまうんですよね。その点、今回取り上げる作品はしっくりきました。櫛木理宇さんの『逃亡犯とゆびきり』です。
こんな人におすすめ
悲惨な事件が出てくるサスペンス連作短編集に興味がある人
おまえが、なんで人殺しなんかになった?―――――鳴かず飛ばずのフリーライター・未散のもとにかかってきた一本の電話。それは高校時代の親友であり、今は四人の男女の殺害容疑で指名手配中の殺人犯・古沢福子からのものだった。驚く未散に対し、なぜか福子は取材のヒントとなる事柄を口にする。美しき女子中学生が遂げた謎の転落死、兄弟間で繰り広げられる歪んだ愛憎劇、無理心中事件から浮かび上がるシリアルキラーの黒い思惑、幼女を惨殺した老女が抱える闇深き過去、家畜のような隷属状態に甘んじていた女の胸中・・・・・なぜ福子は、今になって未散に近づいてきたのだろう。やがて二人が向き合う時、そこから浮かび上がる真相とは---――歪み、もつれる人間模様の行方を描く、傑作サスペンス短編集
櫛木理宇さん、サスペンスの連作短編集って初めてですよね。一話進むごとに少しずつ未散と福子の背景が明らかになっていき、ラストで結びつく展開がお見事でした。一話ごとの事件の描写もさることながら、女二人の心情の描き方が丁寧なんですよ。少女時代、幸薄い家庭で育つ二人が交流を深める様子や、福子の指名手配後に電話で繋がっていく過程、クライマックスでの再会といった流れが丁寧に描かれていて、「福子はここで未散に電話しないわけにはいかなかったんだな」と、すんなり受け入れることができました。
「第一話 一一七人の敵」・・・週刊誌から依頼され、女子中学生が転落死した事件を取材することになった未散。死んだ女子中学生・萌佳は集団無視の標的にされており、いじめを苦にした自殺と扱われるも、スマホの紛失や意味不明な遺書等、不可解な点が多い。懸命に取材するが目新しい情報は得られず、未散は焦りを禁じ得ない。そんな彼女のもとに、殺人容疑で逃亡中の親友・福子から電話がかかってくる。福子は電話口で、共通の知人の名前を口にして・・・・・
学校で浮いていたティーンエイジャーの自殺→いじめを苦にしての自殺だ!と、すぐ思われそうなところ、もう一ひねりした展開が印象的でした。萌佳の心情を思うと哀れで仕方ないけれど、彼女を無視していた同級生達を単純に加害者と断ずることもできず、なんともやるせないです。すべてが分かってみると、この期に及んで親が何一つ理解していないところが胸糞悪いやら腹立たしいやら・・・・・
「第二話 クロゼットの骨」・・・次に未散が取材することになったのは、兄弟間で起きたストーカーにまつわる事件だ。弟と婚約していた女性・藤井香穂が、婚約破棄後、兄と結婚。間もなく、弟は元婚約者である兄嫁に対し、ストーカー行為を始めたらしい。取材を続けるうち、関係者が語る香穂像に若干のズレがあることに気づく未散。そこにまたしても福子から電話がかかってきて・・・・・
この話は、単純人間な私にしては珍しく、ラストのどんでん返しを見抜くことができました。長年貧乏くじを引かされ続けてきた弟の人生は痛ましいし、その後の悲劇もひたすら陰鬱。とはいえ、一部関係者は再出発を果たせている分、収録作品の中では比較的読後感が良い部類だと思います。ちなみに、タイトルの「クロゼットの骨」とは英語表現で<知られたくない隠し事>のこと。こういう英語独特の言い回し、大好きです。
「第三話 シリアルキラーによろしく」・・・未散に対して福子が行った、とある家族に対する調査依頼。調査の見返りとして、福子は不可解な一家心中事件の存在を口にする。実直な弁護士が、妻子を殺害後、自殺したのだ。どれだけ調べても心中の動機は皆無なものの、弁護士は生前、精神的にひどく追い詰められた様子だったらしい。取材を始めた未散は、くだんの弁護士が有名な連続殺人事件を担当していたと知り・・・・・
一話目は自殺、二話目は過失致死と来て、三話で出てくるのは悲惨な連続殺人事件。残虐さもパワーアップしており、まさに櫛木節全開です。また、この話辺りから、福子の過去と、起こした事件がはっきりと物語に関わり始めます。ここで登場するシリアルキラー・最川軍司の存在は最終話まで引っ張るので、流し読みせず熟読しておくことをお勧めします。
「第四話 かわいくない子」・・・未散が次の取材対象として選んだのは、祖母が四歳の孫娘を惨殺した殺人事件だ。逮捕された祖母・万寿美は犯行以前からアルツハイマーの兆候を見せており、心神喪失で不起訴、措置入院中に死亡している。それにしても、孫娘を絞殺後にメッタ刺ししたこと、同じ屋内にいた孫息子には指一本触れなかったことが引っかかる。取材するにつれ、未散は万寿美が過去に溺死事故と関わっていたことが分かり・・・・・
櫛木理宇さんなのだから、<息子に対し病的に過干渉で、嫁憎さから孫を殺した鬼姑><壮絶な嫁姑戦争に苦しめられた挙句、子どもの命を奪われた悲劇の嫁>という単純な話ではないのだろうなと思っていましたが、真相の痛ましさは想像を超えていました。諸悪の根源が、悪意を持っていたのか、それとも何らかの病気だったのか、最後まで分からないところも後味悪くて・・・救いは、母親の呪縛に苦しんでいた未散が、少しずつ自分自身の存在を認めつつあることでしょうか。
「第五話 凍えて眠れ」・・・今回、福子が未散に提示したのは、奇妙な強盗未遂事件だ。女二人組が老人宅に強盗に入るも撃退され、逃走中のアクシデントがもとで一人が死亡したのである。調べたところ、犯人である女二人組は不可解な主従関係にあり、死んだ犯人・七菜子はほとんど奴隷のようにこき使われていたらしいのだが・・・・・
メインテーマとなる強盗未遂事件と、犯人である女二人の歪んだ関係は、とにかく醜悪。事件は一応解決したと見せかけて、まだ救いきれていない存在がいると示唆されるところも、実に不快です。ただ、個人的には、未散とプライベートで親しくなるサラリーマン・赤羽とのエピソードにむかっ腹立ちまくりでした。相手の所作やファッションに「合格」だの「NG」だの、何様のつもりだ!こんなクズのことを、未散が必要以上に引きずることなく頭を切り替えられてホッとしました。
「第六話 逃亡犯とゆびきり」・・・未散はついに福子について調べることにする。歪な生育環境、悲惨な結婚生活、卑劣な性犯罪を機に始まった連続殺人。次第に福子の過去が明らかになるも、まだ分からないことがある。福子はなぜ、今になって未散に接触してきたのか。これから一体何をするつもりなのか。そんな中、未散は街中でとんでもない騒ぎが起きていることに気づき・・・・・
ここでようやく、福子について描かれます。女だからという理由で、長年に渡って蹂躙され続けてきた福子の人生は不条理の一言。「殺されたから、殺しかえしただけ」という殺人動機にも、つい納得しそうになってしまうほどです。未散が語ったように、もっと早く未散とコンタクトを取っていれば、何かが違ったのかな・・・わずかな救いは、福子が些細なきっかけで罪と償いについて考えることができた点でしょう。願わくば、福子の今後が幸多いものでありますように。連続殺人犯にも関わらず、そう思ってしまうラストでした。
<親友が、シリアルキラーになった>というコピーや、どぎついあらすじとは裏腹に、櫛木作品の中ではマイルドな方だと思います。各話の事件は悲惨なものが多いのですが、基本的にすべて回想。現在進行形で進む残虐描写はないので、映像化向きだと思います。もし実現するとしたら、福子役は池脇千鶴さんがいいな。清水玲子さんの漫画『秘密』のドラマ版で、冴えない太った殺人犯役を演じた時、ものすごく上手かったんですよ。櫛木理宇さんの作品は、映像化される機会が結構多いので、ぜひともお願いしたいです。
男尊女卑描写が胸糞悪すぎ度★★★★★
最後に明らかになるタイトルの意味が深い・・・度★★★★☆
主人公の未散と友人にシリアルキラーの微妙な関係に違和感を持ちながら読み終えました。客観的なようで、リアルタイムで介入しているのか、第三者としての目線とは違う距離感がモヤモヤしても何故か読んでしまう不思議な魅力は相変わらずでした。ホーンテッド・キャンパス 狼は月に吠えるか 読み終えました。
「何故か読んでしまう」、これがまさに櫛木作品の魅力ですよね。
月末にまた新刊が出るようなので、とても楽しみです。
「ホーンテッド~」の最新刊、私も読み終えました。
今回は生霊メインの話でしたね。
第二話、第三話は救われない部分がありましたが、主人公カップルの恋模様が清涼剤でした。
泉水ちゃんと鈴木君の出番が少ないのが、ちょっと残念ですが・・・