はいくる

「懐かしい骨」 小池真理子

小説では、しばしば<パンドラの箱>という表現が登場します。元ネタは、ギリシア神話に登場する、ゼウスによってすべての悪と災いが詰め込まれた箱(本来は壺ですが)。人類最初の女性・パンドラがこの箱を開けてしまったことで、この世には様々な不幸が蔓延するようになります。このことから、<パンドラの箱>とは<暴いてはならない秘密><知りたくなかった真相>というような意味で使われることが多いですね。

パンドラの箱を開けてしまったことが導入となる物語はたくさんあります。特にミステリーやホラーといったジャンルに多いのではないでしょうか。この作品でも、封印されていたパンドラの箱が開いたことで、登場人物たちは混乱と不安のどん底に突き落とされます。小池真理子さん『懐かしい骨』です。

 

こんな人におすすめ

記憶にまつわるミステリーが読みたい人

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解体した実家の敷地内から発見された白骨死体。その骨が、真吾と早紀子の兄妹を翻弄する。果たしてこの骨は誰のものなのか。誰が実家に埋めたのか。もしや亡き両親が関係しているのか。まさか、二十五年前の<あの出来事>と関わりが・・・・・?恐怖に駆られながらも記憶を辿る兄妹。追い詰められていく彼らが、やがて見つけた真実とは・・・・

 

温かな思い出がいっぱい詰まっていた実家から、正体不明の白骨死体が発見される。その死体に両親が関わっているかもしれない・・・想像しただけで鳥肌が立ってしまいそうなシチュエーションです。<家の下から骨が出てきた>という事件自体は現実にも起こっているだけに、決して他人事ではない臨場感を感じました。

 

両親が死に、相続税の関係から実家を取り壊すことにした真吾と早紀子の兄妹。ところが庭の物置の床下から、身元不明の白骨死体が発見されます。誰がなぜこんなものを実家に埋めたのか。恐れおののく真吾と早紀子ですが、実は二人には死体の身元に心当たりがありました。それは二十五年前、実家を頻繁に訪れていた母の友人・美和。早紀子は、美和と父が不倫しており、そのことに気付いた母が美和を殺して床下に埋めたのではと推測するのですが・・・・・

 

本作で重要なキーワードとなるのは<記憶>。なんとか死体の謎を解き明かそうとする真吾と早紀子ですが、一般人に捜査権限や科学捜査能力などあるはずもありません。また、あまり大がかりに調べて回れば、「実家から人骨が出てきた」という醜聞が世間に広まってしまいます。二人にできることは、ひたすら過去を思い出し、記憶の断片から真実を想像することのみ。この曖昧さ、もどかしさ。刑事顔負けの推理能力を発揮する一般人が活躍するミステリーも好きですが、こういう「ごく普通の小市民」が主役の物語もリアリティがあって面白いですね。

 

リアリティといえば、中心となる真吾と早紀子のキャラクターも現実味あったなぁ。二人の行動の原動力となるのは、「両親の潔白を証明したい」でも「被害者の無念を晴らしたい」でもなく、ただただ「妙な事件に巻き込まれて今の暮らしを壊されたくない」という思いです。そのため、死体に両親が関わっている可能性が浮かぶや否や、どうにかしてそれを隠蔽しようとします。なんと身勝手な・・・と思う読者もいるかもしれませんが、人間とはそもそも自己中心的な生き物。自らを犠牲にしても真実を明らかにする!と決意する名探偵は立派ですが、なかなかそう簡単にはいかないものでしょう。ひたすら自分達の暮らしを守ることに腐心する二人に、私は感情移入してしまいました。

 

本作はミステリー・サスペンスに分類されるジャンルですが、「探偵役がすっきりばっさり謎を解く!」というタイプの作品ではありません。事件自体が二十五年前、関係者の多くが死亡しているという状況もあり、物語の半分以上が回想シーンですし、謎解きも「たぶん~だったんだろう」という推測で終わる部分が多いです。ですが、このモヤモヤ感が逆に癖になるんですよね。特に、甘く温かかった両親や実家の記憶がじわじわと崩れ始め、兄妹が疑心暗鬼に駆られていく場面の描写は、読んでいてゾワゾワしてしまいました。ずいぶん昔ですが、伊藤蘭さん主演で映像化もされているようなので、こちらも見てみたいです。

 

掘り起こされたのは死体だけではなく・・・度★★★★☆

結局、死人に口なし度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    ミステリーでよくあるような設定ですが、ニュースや雑誌で家の中や床下から人骨が出てきたという話はありました。
    本当に出てきたらと思うと背筋がゾクッとします。
    警察にも届けずどう真相を探るのか?気になります。

    1. ライオンまる より:

      現実にもある出来事な分、リアリティがありました。
      主人公二人の小市民っぷりも現実味があり、感情移入しやすかったです。
      ロジカルなミステリーが好きな人にはイマイチかもしれませんが、個人的に小池作品トップ5に入ると思っています。

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