今年も残すところあとわずか。世間はすっかりクリスマスおよび年末ムードです。師走、などと言われるほど忙しない時期ですが、こういうバタバタした感じ、結構好きだったりします。
イルミネーションなどで華やかな季節ですが、私はこの時期に、どこか薄暗く寒々しいものを感じます。気温の低さや、日照時間の短さが原因でしょうか。先日読んだ作品は、そんな気分にぴったりの一冊でした。山口恵以子さんの『見てはいけない』です。
こんな人におすすめ
愛憎絡み合うサスペンス短編集に興味がある人
私たちは、どこで間違えてしまったのだろう---――偶然目にした絵が呼び覚ます過去の傷、少女達に芽生えた友情の残酷な結末、若き日の恋心から繋がるやるせない現実、孤独な男が踏み出した再生への一歩、空虚な日々を送る女が見つけた禁断の遊び、己の傲慢さゆえに転落していく男の運命、愛する息子のため神に祈り続ける母親の胸中・・・・・これは愛か、妄執か。人の情と業の深さを描くサスペンス短編集
『食堂のおばちゃんシリーズ』で山口恵以子さんのことを知った読者は、本作を読んでびっくりするかもしれません。収録作品はどれも不穏さ漂うイヤミスやサスペンスで、後味も悪いものが多め。作者名を隠した状態だと、山口恵以子さんの作だと気づかれない可能性すらあるのではないでしょうか。ただ、後味悪いと言いつつ、救いが一切ない話は少ないので、イヤミスが苦手な方でも楽しめると思います。
「見てはいけない」・・・気まぐれで訪れた作品展で、澪は一枚の絵に引き寄せられる。この作者は、もしかしたら私の故郷で過ごしたことがあるのかもしれない。もしかしたら、あの光景を目にしているのかもしれない。その後、澪は作者の男性画家と会う機会を得るのだが・・・・・
ミステリーとしてのインパクトは、収録作品中一番だと思います。過去に傷を抱えて生きてきた澪と画家。長年秘め続けてきた疑惑が、ふとしたきっかけで反転する様子が鮮烈です。最後の一線は踏み越えずに済んだようだし、澪と画家の今後に幸多かれと願わずにはいられません。
「遠い村」・・・ふとしたきっかけで、戦時中、疎開していた村のことを思い出す梨枝。そこで梨枝は、月子という、美しく傲慢な少女と出会う。一時期、梨枝と月子は交流を持っていたが、月子の母親の死をきっかけに付き合いが途絶えた。それから月日が流れ、梨枝は意外なところで月子と再会するのだが・・・・・
戦時中という特殊な状況下での出来事と、現代パートとの結びつきが印象的でした。前半、いかにも性悪いじめっ子っぽく描写された月子が、実はものすごい苦悩を抱えていたのだと知ると胸が痛い・・・梨枝の真っ当さ、梨枝の娘・知花の健やかさが救いです。特に知花、物理的にも強くて最高!
「学生街の喫茶店」・・・美苗は、ふらりとカフェを訪れたことを機に、三十五年前の出来事を思い出す。当時、大学生だった美苗は学生バンドのギタリスト・秋と知り合い、淡い思いを寄せるようになる。秋には双葉という恋人がいた。甘えん坊の双葉に対し、美苗は内心、苛立つものを感じていて・・・・・
学生時代、ほんのり憧れた年上男と、その恋人である気に食わない女。時を経て男とばったり再会し、何かしら事件が起こる・・・かと思いきや、まさかそういう展開になるとはね。第一話、第二話と違い、過去を思い出しても美苗の現状は何一つ変わらないところが、なんともやるせないです。本筋と逸れますが、作中で美苗が行く<常連客が入り浸り、一見の客が来ると「誰、この人?」と注目される店>って超苦手です。
「幻の蝶」・・・トラック運転手の啓司は、ある時、マイコというパントマイマーと親しくなり、関係を持つ。しばらく気楽で心地良い付き合いを続けた後、マイコは本格的なパントマイムの修行のため渡米すると言い出した。マイコが餞別として欲しがったのは、啓司が自宅に大切に飾っているミニチュアのランドセルだ。あれは渡すことができない。啓司は、ランドセルにまつわる話を語り始め・・・・・
気ままな風来坊と思いきや、とんでもなく重い過去を背負った主人公が切ない・・・ただ、作中の描写を見るに、決して自暴自棄にはなっておらず、人への気遣いも持っているんですよね。やってしまったことは消えないけれど、今後、何かしらの救いがあってほしいです。しなやかで前向きなマイコのキャラクターも好感度大!
「拾いもの」・・・ヴァイオリニストの夢破れ、今は清掃員としてひっそり暮らす佳月。ある日、佳月は殺人事件の現場に遭遇し、犯人と思しき男が落とした診察券を拾う。その男は、偶然にも、佳月が清掃を担当するビルで働いていた。佳月はある思惑を胸に、男とコンタクトを取ることにして・・・・・
夢破れ、鬱々とした日々を送る佳月が、殺人犯らしき男に接近する理由。それがうっすら察せられた時、彼女がどれだけの虚ろさを抱えているかが垣間見え、寒々しい気分になりました。単なる恐喝目的とかじゃないところが、余計に怖い。とはいえ、無実の人間を陥れているわけではないので、後味はさほど悪くないという不思議な話です。
「野菊のように」・・・派閥争いに敗れ、エリート人生に影が差したサラリーマン・有田。失意の日々を送る中、一人息子の司が結婚を考えていることが分かる。相手の女性・千晶は、司より十歳年上のキャリアウーマンらしい。だが、食事会の席で千晶を見た有田は愕然とした。実は有田は、十三年前、アメリカで千晶と会ったことがあって・・・・・
一番お気に入りの話です。千晶をしたたかと取る人もいるかもしれないけれど、私など、この強靭さを天晴だと思ってしまいます。ただの傲慢男かと思われた主人公が、ちゃんと認めるべきところを認め、受け入れるべきところを受け入れる姿もなかなか爽やか。意外と息子夫婦とも、適度な距離感のあるいい付き合い方をしていくのでは?と思えました。
「アレキサンドライト」・・・ジュエリーブランドのオーナー兼デザイナーである沢渡は、大きなビジネスチャンスを前に、従業員・ゆり子から資金援助をしてもらう。この恩は決して忘れない。二人は間もなく男女の仲になるが、地味で垢抜けないゆり子に対し、沢渡はすぐに関心を失った。ゆり子は騒ぐことなく別れを受け入れたものの、すぐに沢渡の身辺で不気味な出来事が続き・・・・・
本作には、男性主人公の話が三話収録されているのですが、断トツで一番身勝手なのがこの話の沢渡でしょう。恩を受けるだけ受け、口先で調子良いことを言っておきながら、自分の都合で何でも思う通りにできると思っているわけですから・・・その身勝手さの代償を、自分ではなく大事な存在が払う羽目になるところが皮肉です。ラストシーン、沢渡が感じた絶望を想像すると、背筋が寒くなりました。
「お百度参り」・・・愛する一人息子・和也に危機が訪れるたび、さと子は近所の神社に参り、祈りを捧げてきた。その思いが通じたのか、一時は引きこもりだった和也も、今や人気漫画家だ。息子の成功を喜ぶさと子を後目に、さっさと実家を離れ、何の相談もなく結婚し、あからさまに母親を疎んじるようになる和也。呆然とするさと子のもとに、和也が交通事故で瀕死の状態だという知らせが届き・・・・・
この手の話で子どもが引きこもりになると、いつまでも社会復帰できず親は疲労困憊・・・という展開になりがちです。ですが、この話では、和也はプロの漫画家として再出発を果たします。そこでめでたしめでたしとならず、妄執に囚われる母親の姿が恐ろしいのなんの。最初は憎かった嫁のことも、もはやどうでも良くなっているんだろうなぁ。さと子の情念と、要所要所で出てくるお参りの描写が怖いくらいハマっていました。
「夕顔」・・・美しく不実なアーティスト・光希との関係を絶てず、振り回されながら日々を過ごす友那。誠実な男から交際申し込みを受けるも、どうしても一歩踏み出すことができない。そんなある日、友那の家に空き巣が入るのだが・・・・
おー、これは予想外にすっきり爽快!てっきり、女たらしとずるずる関係を続けてしまう不毛な話と思ったので、嬉しい驚きです。小道具としての鉢植えの使い方も上手く、光景が想像できるようでした。光希の<絶対に女を幸せにできないだろうけど、離れがたい魅力がある>という描写も上手いなぁ。
「腹上死」・・・ライターとして働く藤子は、衝撃的な知らせを受ける。継父・悟志が愛人宅で突然死したのだ。どうやら複数の薬の飲み合わせが悪かったことが原因らしい。情けなさに呆然とする藤子に対し、母の有希子は冷静で、悟志の愛人からの厚かましい要望も毅然と撥ねつける。お母さんが落ち込まなくて良かった。安堵する藤子だが、友人からのお悔みメールを見たことを機に、ある疑念が生まれ・・・・・
小説で親ないし配偶者の不倫問題が出てくる場合、不倫相手がやたら図々しく、読者はイライラさせられるというのがお約束。ところがこの話では、本妻が予想以上の逞しさを発揮し、不倫相手を一蹴します。そこで終わりとならず、水面下での密かな謀が分かる流れが鮮やかでした。法的には犯罪なんだろうけど、真っ当な人たちはそれなりに報われているようだし、読後感は結構良いです。
改めて調べてみて気づきましたが、山口恵以子さんは、ハードボイルド小説『あなたも眠れない』や、毒親の息苦しい姿を描く『毒母ですが、なにか』等、ヒューマンドラマ以外の作品も結構書かれているんですね。なんとなくタイミングが合わず、今まで未読でした。いい機会なので、色々探してみようと思います。
負の感情の描写が怖い度★★★★★
一話一話が読みやすい度★★★★★








山口恵以子さんの闇の部分を見たような感覚でした。
食堂のおばちゃんシリーズや婚活食堂シリーズで書けない内容をこちらに書いたと感じました。
アレキサンドライトがまさにそれだと感じました。
他の内容はまだ救いがありました。
婚活食堂シリーズの最新刊面白かったです。
知念実希人さんの閲覧厳禁は読まれましたか。
容赦無い展開と結末はヨモツイクサに近いものもあります。禁止シリーズにも近いとも思いました。
是非とも感想を聞きたいです。
思えば食堂のおばちゃんシリーズでも「このシリーズだからほのぼの解決しているけど、これって大事件になる一歩手前なんじゃ・・・」というシチュエーションがしばしば出てきます。
本作は、それが解決しなかった場合の世界を描いているように感じました。
子どもの絶望が胸をえぐる「遠い村」、母親の狂気が光る「お百度参り」が印象に残りました。
「閲覧厳禁」は現在、図書館の予約順位一位です。
しんくんさんのレビューを拝見し、ますます期待が高まったところでした。
早く回ってきてほしいです。