催し物に誰を呼ぶか。それは主催者にとって大事な問題です。一家庭内で行われる子どもの誕生パーティーですら、招待客の選別などでいじめが生じるという危惧から、実施を禁止する学校もあるんだとか。まして、百名単位の人間が集まるイベントとなると、招待客を考えるのも一苦労。結婚式なんて、その最たる例でしょう。
一生に一度の晴れの舞台だからこそ、心から感謝している人、心から結婚を祝福してほしい人を招きたい。誰もがそう思うでしょうが、事はそう簡単にはいきません。浮世の義理というものがあるし、何より、相手が本当に善人で結婚を祝ってくれるという保証もないからです。もしかして、招こうとしている相手は腹の内でまるで違うことを考えているかも・・・そんな恐怖を描いた作品がこちら。新津きよみさんの『招待客』です。
こんな人におすすめ
女性目線のサイコホラーが読みたい人
白血病を克服し、理想的な恋人との結婚を控えたヒロイン・美由紀。結婚披露パーティーの企画を練る彼女は、ふと、子どもの頃の出来事を思い出す。かつて美由紀は川で溺れかけ、通りがかった男子高校生に助けられたことがあったのだ。今の自分があるのは彼のおかげ。友人たちから勧められたこともあり、美由紀はあの男子高校生を探してパーティーに招くことにする。<命の恩人>が無残な変貌を遂げていることも知らずに・・・翻弄される女性の恐怖を描いた傑作サイコホラー
ここ最近、短編集の刊行が目立つ新津さん。もちろん、すごく面白い作品ばかりですが、たまにこうして長編を読むと、改めて彼女の構成力やキャラクター描写の巧さを感じます。特に、一見常人に思える人の中に潜む狂気描写が秀逸で、何度も背筋がゾクリとしました。
主人公の美由紀は、白血病を患った経験のある二十七歳。幸い骨髄提供者が見つかって病気を克服、今は優しい婚約者や友人に囲まれ、幸せな毎日を送っています。ある日、結婚披露パーティーの計画を立てていた美由紀は、幼い頃に川で溺れかけて男子高校生に助けられた過去を話します。それほどの恩人なら、ぜひパーティーに呼ぼう。婚約者や友人らから背中を押され、恩人の行方を捜し始める美由紀。その恩人がかつての勇敢な少年ではなくなっていることを、彼女はまだ知りませんでした。
この話、読む人によっては<ウェディングハイで危機感をなくした女性の自滅譚>とも取れそうです。本作が世に出たのは一九九九年。今より情報管理が大らかだったのかもしれませんが、いくら命の恩人とはいえ、たった一度会っただけ、その後何年も音信不通だった相手をいきなり晴れの日に招くなんて不用心な気が・・・
とはいえ、この手のホラー作品で登場人物たちの甘さや緩さはいわばお約束。映画や漫画でも、意味もなく危険にがんがん近づいていくキャラクターは大勢います。どう考えても危ない真似をした上、明らかに正気じゃない人物と関わっておきながら毅然と振る舞おうとしない美由紀たちを見て、読者はイライラハラハラすること必須。そのうちページをめくる手が抑えられなくなり、気が付けばラストまで一気読みしていることでしょう。
それにしても、前にも書いた通り、新津さんのサイコ描写はやっぱり巧い!奇抜な格好をするわけでも奇声を上げるわけでもなく、むしろ良識ある一般人と見せかけて密かに狂いかけた人物・・・そんな人物と美由紀は関わってしまうのですが、この辺の気色悪さがすごーーーく臨場感あるんですよ。じわじわ静かに正気を失うというのは、きっとこんな感じなんだろうなぁ。この人物目線の章が挟まれているので、読者にはその狂気が分かるのですが、育ちが良く善人の美由紀は気づかない。こういう<いい人だけど甘い>人間って実際にたくさんいるので、フィクションであるはずの本作が妙に現実味を帯びて感じられました。
もう一つ、本作のキーワードとなるのが、美由紀が患った白血病です。闘病の過酷さ、骨髄提供を巡る家族間の人間模様、骨髄バンクに登録してドナーとなった人間の心境などが丁寧に描写されていて、胸が痛んだり成程と頷いたり・・・もう一人の主人公として、かつて骨髄提供した経験のある刑事が登場するのも面白いです。彼と美由紀の物語が交わる流れはとてもスピーディでスリリング。さらに、その過程で予想外のビックリが仕掛けられているところも、ミステリー好きとしては嬉しいです。この本、ただのホラーじゃなかったんですね。
惜しむらくは、面白い要素てんこ盛りの割に、作品のボリュームがやや少な目ということくらいでしょうか。中だるみすることなく読める反面、意味ありげな割にあまり活躍しない登場人物がいる点が残念でした。ただ、いかにも陰気な設定に反し、意外と読後感は悪くありません。ホラーが読みたいけど救いのない話は嫌という方にお薦めですよ。
人間の狂気が一番怖い度★★★★☆
彼らに幸せが訪れるといいな度★★★★★
新津きよみさんのサイコホラーに複雑で面白そうな要素・設定がてんこ盛りでこれは是非とも読みたくなりました。
恩田陸さんの「蛇行する川のほとり」も借りてきてまだ読んでいないですが早く読みたくなりました。命の恩人の当時の高校生や骨髄提供した経験のある刑事がどうストーリーに関わるか?1999年とと20年近く前の作品でネットや携帯が出始めた頃の様子も楽しみです。
いかにも新津さんらしい、人間の狂気や妄執がふんだんに詰まった作品でした。
登場人物たちが携帯電話を使っていない等、時代を感じさせる描写も多いですが、そこがまた面白かったです。