はいくる

「悪女たちのレシピ」 秋吉理香子

料理というのは、意外とサスペンスと相性がいい要素です。食欲は人間の三大欲求の一つ。そして、殺意や憎悪、妄執、狂気といったサスペンスに欠かせない感情も、悲しいかな、人間と切っても切り離せません。不可欠なもの同士、しっくり馴染むのは、ある意味で当然なのかもしれませんね。

料理と絡んだミステリーやサスペンス小説といえば、一番最近読んだのは近藤史恵さんの『ときどき旅に出るカフェ』。美味しそうな料理と、居心地良さそうなカフェの情景、温かみと同時に時折ほの暗さを感じさせる人間模様の描写が秀逸でした。それから今回ご紹介する小説にも、作中に料理がたくさん登場します。秋吉理香子さん『悪女たちのレシピ』です。

 

こんな人におすすめ

女性の殺意をテーマにしたサスペンスに興味がある人

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片思いの相手をつけ回す男が知った驚愕の真実、恋人への恨みを晴らすための意外な手段、幸福を噛みしめながら暮らす主婦の禁断の娯楽、因縁ある女友達の告白がもたらしたもの、男を追い詰めていく火遊びの結末、料理教室に集う女性たちの恐るべき秘密・・・・・毒がたっぷり込められたサスペンス短編集

 

前回読んだ秋吉作品は『月夜行路』。途中で犯罪は登場しつつも、優しく希望に溢れたヒューマンミステリーでした。本作は一転して、人間の負の感情に満ちたサスペンス短編集です。それでも、基本的に女性が全員強く、辛い目に遭っても最終的に相手に一矢報いる展開が多いので、読後感は結構良いです。タイトル通り、各話に登場する料理描写もなかなか凝っていますよ。すごく美味しそうに描かれているのに、背景の生臭さのせいで食欲はまるで湧かないので、空腹時に読んでも大丈夫だと思います。

 

「見つめていたい」・・・地味で冴えない日々を送る主人公・諒の唯一の楽しみは、意中の女性を尾行し、こっそりと生活を監視すること。昔から、恋心を抱いた相手をつけ回すのが趣味だったのだ。諒の現在のターゲットは、弁当屋の従業員・千帆子。見つめるだけで幸せな毎日だったが、ある日、千帆子の地元の恋人が上京してきたことを知ってしまう。千帆子に男がいたなんて。あんな男、死んでしまえばいい。密かに殺意を募らせる諒だが・・・・・

主人公目線で語られるストーカー行為の数々がものすごく粘着質で、中盤までドン引きしっぱなしでした。主人公が、自分のやっていることがバレたら犯罪扱いになると理解しているであろうところが、余計に気色悪いったら・・・そのせいか、後半、主人公よりタチの悪い人物によるドンデン返しがなされた時も、あまり気の毒だとは思わないんですよね。ただ、真打は真打で悪人だし、いずれまとめて報いを受けてほしいものです。

 

「マイ・ブラッディ・バレンタイン」・・・バレンタインを前に、晶菜は不幸のどん底にいた。ひょんなことから、恋人が元カノと浮気していることを知ってしまったのだ。ヤケクソで入ったバーで飲んだくれ、女性バーテンダー・瑠衣子相手にくだを巻く。ひとしきり話を聞いた瑠衣子は、こう切り出した。「その男、殺してあげましょうか?」と・・・・・

意外なくらい後味すっきりの話でした。途中、浮気性の彼氏への制裁シーンが出てきた時は、てっきり惨殺エンドかと思いましたが・・・なるほど、こう来たか。瑠衣子さんメインで、オムニバス形式の短編集もできそうですね。あと、チョコレート好きとしては、終盤のチョコレートの描写にものすごく惹かれました。

 

「幸せのマリアンナ」・・・パート主婦・希美の毎日は幸せで一杯だ。嫌みっぽくて手のかかる姑との同居生活も、山積みになった家事も、少しも苦にならない。苦労の中にも、ちゃんと探せば良いことが隠れているのだから。毎日楽しく暮らす希美だが、ある日、主婦仲間から「詐欺に引っかかった」と泣きつかれ・・・

いやー、痛快痛快!本作のタイトルからして、希美はただの<耐える嫁>じゃないのだろうなとは思っていましたが、これほどしたたかだったとは。でも、お姑さんも相当に難儀な性格をしているので、いっそ「天晴!」と拍手したくなってしまいます。これくらい腹をくくれるならば、義両親との同居生活もさぞ楽しいことでしょう。途中から、希美の夫が完全に空気になる辺りも、同居あるあるだなと思いました。

 

「ヒアミーアウト・ケーキ」・・・友子は、学生時代からの友達・野々花と共に活動する動画配信者。美人だが我儘で身勝手な野々花に振り回され、動画配信に関する雑用すべて押し付けられる毎日だが、これで人気が出ているのだから仕方がない。この日、二人が撮る動画のテーマは<ヒアミーアウト・ケーキ>。互いにこれまでの推しの名前を告白し、写真をピックに刺してケーキに付き立てていく。そのうち、野々花は思いがけない名前を口にして・・・

若い女性二人の描写が印象的でした。華やかで傲慢な野々花と、そんな野々花に振り回されっぱなしの友子。面白いのは、野々花をただの性悪女ではなく、<陰口は言わない><真っ当に努力している人のことはちゃんと応援する>等、いい面もちゃんと描いている点でしょう。ここがあるおかげで、二人の関係にぐっと深みが増した気がします。ちなみに私、この話で出てくる<ヒアミーアウト・ケーキ>のことは知りませんでした。推し活の一種として人気だそうですね。二人の子ども時代の推しが<出木杉君><花輪君>というところ、ものすごく共感します。

 

「パートナーズ・イン・クライム」・・・つまらない仕事に、妻との荒んだ生活。すっかり嫌気が差した智幸は、身元を偽り、真奈という人妻と不倫を始める。初々しく献身的な真奈との情事にのめり込む智幸だが、次第に彼女の振る舞いは常軌を逸していく。このままでは、とんでもないことになるかもしれない。悩んだ智幸は、真奈の殺害を企てて・・・

第一話同様、一線を踏み外したせいでとんでもない目に遭う男性が主人公です。ただ、第一話の諒が、彼なりに意中の相手を守ろうとしたのに対し、この話の智幸の頭にあるのは性欲と保身のことばかり。正直、どん底に落ちても自業自得だとしか思えませんでした。とはいえ、奥さんの方もかなりヤバい人のようだし、まさに割れ鍋に綴じ蓋というやつでしょう。

 

「クリスマス・レシピ」・・・インスタで憧れていた料理教室に、ひょんなことから飛び入り参加できることになった主婦・春子。レッスンは楽しく、講師も受講生達も朗らかで優しい人ばかり。みんな、きっと幸せなんだろうな。レッスンを受けながら、春子は自身の結婚生活を振り返って・・・・・

華やかな料理教室と、回想で明らかになる春子の結婚生活の描写があまりに対照的で、読みながらゾワゾワしっぱなしでした。本作の性質上、このままじゃ終わらないのだろうと思っていましたが・・・うーん、なるほどね。強力なサポーター達を得て、心機一転した春子の今後が気になります。ところで、作中に出てくる料理教室の参加者達って、明言されていないけど・・・これってたぶん・・・

 

他の方のレビューを読み、改めて気づきましたが、本作、表紙がものすごく綺麗です。純白のケーキスタンドに、小ぶりのウェディングケーキを思わせる白いケーキ、散った色とりどりの花。これだけ美しいのに、どこか不気味を感じさせるタッチが本作にぴったりでした。華やかなようでいて、実は不穏って、まさに秋吉理香子さんのイヤミスそのものですね。今後もこの作風でどんどん新作を出してほしいです。

 

悪女にエールを送りたくなる!度★★★★★

料理同様、犯罪も作り方次第です度★★★★★

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