「こんなことがもし自分の身の上に起こったら・・・」小説やドラマ、映画を見ていて、そんな風に空想することは誰でもあると思います。暗い作品の時もあるでしょうが、どちらかというと、楽しく明るい作品の方が空想も盛り上がりますよね。かくいう私も、そういう脳内シミュレーションは大好物。その時々でお気に入りのシチュエーションがあるのですが、一時期は<ある日突然、これまで離れ離れだった身内と出会う>という設定にハマっていました。
この設定だと、古くはエーリッヒ・ケストナーの『ふたりのロッテ』がありますし、朝ドラ『だんだん』もそうでした。最近では、坂木司さんの『ホリデーシリーズ』も有名です。今回取り上げるのは、瀬尾まいこさんの『傑作はまだ』。家族の、そして人の繋がりについて考えさせられました。
こんな人におすすめ
心温まる家族小説が読みたい人
引きこもり状態で暮らす作家・加賀野の前に現れた一人の青年。それは、二十五年間、一度も会ったことのない息子・智だった。毎月十万円振り込むのと引き換えに写真一枚だけが送られてくる付き合いだった息子が、一体なんのために現れたのか。不審に思いながらも、なりゆきで智との同居生活を受け入れる加賀野。当初は戸惑いの連続だったものの、智の明るさにより、加賀野の閉ざされていた人生が開き始める---――
<離れ離れだった身内がいきなり現れる>という小説の場合、前述した作品すべて、<主人公はそういう身内がいることを知らなかった>という設定でした。それに対し本作の場合、主人公・加賀野は、二十五年間一度も会ったことがないとはいえ、息子の存在を知っていたという設定。この設定が加わることで、主人公の鈍感さや無気力さ、それが少しずつ変わっていく様子に深みが感じられます。初めて会った子どもが、青春小説によくあるティーンエイジャーではなく、二十五歳の成人男性というところも、男同士の対等な目線が垣間見えて良かったです。
主人公の加賀野は、重苦しく陰鬱な作風が売りの中堅作家。ある日、加賀野のもとを、一度も会ったことのなかった息子・智が訪れます。智は、加賀野が行きずりで一夜を共にした女性・美月が生んだ子ですが、月十万円を養育費として振り込む代わりに写真一枚が送られてくるという希薄な関係が続いていました。訳が分からぬまま、智に押し切られる形で同じ家に住むことを了承する加賀野。その日から、ほぼ引きこもり状態だった加賀野の生活が変わっていくのです。
この加賀野のキャラクターに反感を抱く人もけっこう多いんじゃないでしょうか。芸術家肌と言えば聞こえは良いけれど、要するに鈍感で世間知らず。初対面の美月に対する酷い評価とか、生まれた子への態度とか、「いい加減にしろ!」と言いたくなる場面が多々あります。そんな加賀野が、コミュニケーション能力抜群の智に後押しされる形で少しずつ外界と関わり始め、今まで自分が見過ごしてきたもの、見ようとすらしなかったものの価値に気付いていく様子は好感度大。ここで登場する自治会の面々や、智のバイト先の店長さんなどが全員すこぶる温かいんですよ。イヤミス大好き、ドロドロ大好きの私ですら、人付き合いっていいものだなと、素直に思うことができました。
あと、クリエイターの葛藤や苦悩がくどくない程度に織り込まれているところも良かったなぁ。もともと加賀野は、ファンタジーのつもりで書いた小説が、なぜか「人間の内面の醜さを巧みに表している」「リアルなエゴの描写が素晴らしい」という予想外の評価を得てデビューを果たしたという経歴の持ち主。その後、ほのぼのヒューマンストーリーに挑むも酷評され、以後は周囲に望まれるまま、救いがなく陰気な作品ばかり書き続けています。この辺りの加賀野の割り切れなさは、割とあっさり描かれているにも関わらず、不思議と印象に残るんですよ。智との関わりを経て、加賀野の小説がどう変わるのかも見所の一つ。彼が唯一書いたヒューマンストーリーと、智との意外な関係も要チェックです。
とにかく出てくる人は全員善人ですし、最後は文句のつけようのないハッピーエンド。これぞ瀬尾ワールド!と太鼓判を押せる一冊です。勝手な意見ですが、瀬尾さんにはこれからも「前向きな気分になりたい時は瀬尾まいこさん」路線を貫いてほしいものですね。たぶん読んでいるとからあげクンが食べたくなると思うので、近所にローソンがあるか、確認しておいた方がいいかもしれません。
彼の傑作はこれから紡がれる度★★★★★
大福とかりんとうも食べたくなるかも度★★★★☆
出だしから読むと、一瞬財産狙った押しかけの詐欺?と思いました。
読み進める度に、25年写真でしか知らなかった息子に情が移っていく過程と父子もやり取りが瀬尾さんらしさを感じました。
教師の経験ならではの後半も瀬尾さんならではでした。
今年も本屋大賞に選ばれそうな心が温かくなる作品でした。
頼りない息子も25歳になったらこのようにしっかりとしてくれたら嬉しいですね。
私も一瞬、良からぬ企みがあるのではと思いましたが、蓋を開けて見れば最初から最後まで心温まる話でしたね。
仰る通り、瀬尾さんの経験がうまく生かされていたと思います。
本屋大賞、選ばれてほしいなぁ。