はいくる

「墓じまいラプソディ」 垣谷美雨

<墓>という場所は、石器時代から存在していたそうです。当時はただ遺体を埋めた後に土を盛り上げておいただけのようですが、徐々に形式ができ、宗派による違いも生まれ、現在の形に至りました。故人の魂を労わると同時に、遺された人達の慰めとなる場所は、大昔から必要だったということですね。

しかし、このご時世、墓という存在がトラブルの種となることも珍しくありません。墓の維持管理には肉体的・精神的・経済的エネルギーが必要ですし、遺族が遠方在住の場合、墓参りするために一日仕事になってしまうこともあり得ます。そこで次第に<墓じまい>という方法が注目されてくるわけですが、これも簡単にはいかないようで・・・今回ご紹介するのは、垣谷美雨さん『墓じまいラプソディ』。墓じまいの悲喜こもごもがユーモアたっぷりに描かれていました。

 

こんな人におすすめ

お墓問題に関するユーモア・ヒューマンストーリーが読みたい人

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生きている人の好きにすればいいんですよ。どうせ死んだ人には分からないんですから---――歯に衣着せぬ言動から、親戚中に<非常識人間>として扱われている主婦・五月。夫や娘達とほどほど平穏に暮らしていた彼女の周囲で、ある日、思いがけない出来事が起こる。亡き姑が「死後は樹木葬にしてほしい。夫と同じ墓には入れないで」と言い遺していたことが発覚したのだ。絵に描いたような良妻賢母だった姑が、そんな思惑を抱えていたなんて。この一件は、身内全員に波紋を呼ぶ。ショックを受ける舅に、義理と人情の板挟みになる親族達。さらに五月の娘達も、何やら思うところがあるようで・・・・・お墓から始まる騒動を描く、ユーモア家族小説

 

先日、テレビで墓じまいに関する特集を見る機会がありました。咄嗟に「こういうテーマって垣谷美雨さんが取り上げそうだな」と思い、その直後、図書館で予約していた本作が手元に到着!タイムリーでなんだか嬉しかったです。

 

主人公の松尾五月は、夫と二人の娘を持つ六十一歳の主婦。ある時、亡き姑が樹木葬を望んでいたことを知り、驚きます。家の墓に入るものだとばかり思っていた舅や子ども達も、当然ながら大ショック!嫁は婚家の墓に入るものじゃないのか。そんなにこの家に嫁いだことが嫌だったのか。樹木葬だなんて外聞が悪すぎる。でも、現実問題、田舎の墓を維持するのは大変になってきているしetcetc。各自の主張がぶつかり合う傍ら、五月の次女・詩織もまた、家に関する悩みを抱えていました。フェミニストを自称する婚約者が、その実、優先するのは自分と自分の実家の都合ばかりで、詩織の気持ちをまったく汲んでくれないのです。また、長女の牧葉には、かつて家問題がこじれた末に別れた元恋人が再接近してきて・・・・・右往左往する彼ら彼女らの明日に光はあるのでしょうか。

 

垣谷美雨さんは、作中に法的な意味での犯罪者・極悪人を登場させることは少ないです。反面、<現実社会にどこにでもいる嫌な奴>は大勢登場しますし、その描写がものすごく上手!『避難所』でも『四十歳、未婚出産』でも『もう別れてもいいですか』でも、身勝手で傲慢な登場人物達に本気でイライラしたものです。

 

もちろん、本作にもそういう登場人物がたくさん出てくるのですが、不思議とあまりむかっ腹は立ちませんでした。恐らくそれは、主人公である五月のキャラが痛快そのものだからでしょう。古くからのしきたりや不文律になど目もくれず、言動は歯に衣着せないものばかり。墓じまいに反対する伯母に対し、「じゃあ、伯母様が亡くなってから墓じまいしましょう。どうせ死ねば何も分かりませんから」と平然と言う場面なんて、思わず噴き出してしまいました。単なる我儘な毒舌キャラではなく、大変な苦労経験を経てこういう人間になったという造詣がとても面白かったです。次点は、松尾家の菩提寺に新たにやって来た女性住職。理性的かつ聡明な庵主様で、絶対に五月と気が合いそう!

 

そういう女性キャラのおかげでコミカルな描かれ方になっているものの、扱われているテーマは笑って済ませられないものです。それはすなわち墓問題であり、もっと大きく言えば家の在り方の問題です。現実的に考えて、昔ながらの寺制度・墓制度を維持し続けるのは困難の一言。お墓を持つと少なからず手間暇とお金がかかりますし、子世代孫世代が実家を離れてしまえば、墓参りするのも一苦労です。では墓じまいをしようか・・・となっても、「墓がないなんて恥ずかしい」と考える層は今なお一定数存在する上、寺によっては、墓じまいのために高額の料金を請求してくるケースもあります。三者三様の都合にがんじがらめになり、膠着状態に陥る松尾家の姿は、明日のわが身のように感じられました。

 

さらに、松尾家の墓問題と平行して、五月の娘達の結婚問題についても描かれます。彼女達は、細かな事情に差はあれど、二人とも<結婚後、夫婦どちらの姓に変えるか>という問題で恋人との関係が暗礁に乗り上げます。恋人達(及びその身内)は色々な理由をつけて改姓を渋りますが、その一つは「男が名字を変えたら、どうやって〇〇家の墓を守るんだ」というもの。いやいやいや、だったら一人娘や姉妹だけの家庭はどうしろと?妻側の都合なんて知ったこっちゃないということ?五月パートがさばさばと痛快な分、娘達の場面は結構イラつくことが多いです。ただ、この恋人の実家の墓問題も描写することで、「こっちはこっちで大変なんだなぁ」と思わせるのが、垣谷美雨さんのフェアなところですね。最終的に、どちらの娘も前向きになれて良かった!

 

ストーリーの面白さはもちろんのこと、墓や寺に関する豆知識も結構多く、終活マニュアル本としても十分読み応えのある一冊だと思います。多くの垣谷作品と同様、本作も映像化向きだと感じました。五月のイメージは、宮崎美子さん。酸いも甘いも嚙み分けた上であっけらかんと笑う姿がぴったりだと思うのですが、いかがでしょう?

 

生きているうちに考えておくことが大事です度★★★★★

住職さんは名言製造機!★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

     まさに終活のマニュアル本のような作品でした。
     主人公の五月のキャラクターが上手く調和していると思いました。
     義姉や娘たちの方が神経をすり減らしているのが伝わってきましたが、五月の昔の決め事や思い込みに振り回されない姿勢でリセットして考えている場面が良かったです。死んだ後のことを考えるのは当然ですが、墓の心配までしないように今から考えるべきかも知れません。子供がいると特にそう考える人も多いでしょうか。
     

    1. ライオンまる より:

      さばさばと合理的な反面、「実際に身内にいたら衝撃だろうな」と思わせる五月のキャラクターが良かったです。
      「終活」というと、家や私物や病院関係のことは考えるけど、墓のことはつい忘れてしまいがちな気がします。
      現代において、昔の墓制度を維持することは難しいと、しっかり頭に置いておかなくてはなりませんね。

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