はいくる

「交換殺人はいかが? じいじと樹来のミステリー」

子どもが活躍するミステリーって大好きです。社会的に弱者であるはずの子どもが、行動力や発想力を活かして謎解きに挑み、真相をあぶり出す・・・設定を聞いただけでわくわくしてしまいます。子ども化した名探偵が登場するミステリー漫画が人気を集めていることからして、そう思うのは私だけではないのでしょう。

とはいえ、現実問題、子どもが堂々と捜査現場に出入りしたり、関係者を集めて推理を披露したりするのはほぼ不可能。なので、作品内で子どもと事件を絡めるためには、不自然でない状況設定が必要となります。この辺り、道尾秀介さんの『向日葵の咲かない夏』や宮部みゆきさんの『今夜は眠れない』はさすがの上手さでした。今回ご紹介するのも、子どもが思わぬ推理力を発揮するミステリー小説です。深木章子さん『交換殺人はいかが? じいじと樹来のミステリー』です。

 

こんな人におすすめ

バラエティ豊かな安楽椅子探偵ミステリーが読みたい人

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退職刑事・君原の一番の楽しみは、離れて暮らす孫の樹来が泊まりに来ること。ミステリー好きの樹来にせがまれるまま、君原は刑事時代に経験した事件の話を披露する。撲殺死体と消えた凶器の謎、大麻に手を出した大学生達が出くわす幽霊の正体、刺殺された被害者が書き残したメッセージの秘密、女子高生二人が急死した毒殺事件の思わぬ顛末、寒村に張り巡らされた美貌の双子の思惑、替え歌の通りに進む連続殺人事件の意外な真相・・・話を聞き終えた樹来は、ふと呟く。「僕は、そんなことじゃないと思うんだけどなぁ」---――名探偵の少年が、六つの謎を鮮やかに見抜く!

 

深木章子さん初の短編集です。本作ではお約束の法律問題はあまり絡まず、代わりに密室、ダイイングメッセージ、見立て殺人等々、ミステリーファンなら垂涎もののネタが盛りだくさん。前述した、子どもミステリーに付き物の<なんで子どもが事件の情報を詳しく把握し、ぺらぺら推理披露できるの?>という疑問は、<退職刑事である祖父が、とっくに解決済みの事件の話をしてやっているから><推理を聞くのは祖父だけだから>で解決します。話が進むことに、君原の孫に対する愛情がどんどん深まっていくのも微笑ましいですね。

 

「天使のらせん階段 <密室>」・・・一人暮らしの家に小六の孫・樹来を招き入れた君原だが、この年頃の子どもにどう接すればいいか分からない。樹来がミステリー好きだということを知り、時間潰しにかつて担当した事件のことを話してやる。それはペンションオーナーが撲殺された事件だが、どれだけ探しても凶器が見つからず、代わりに見つかったのは不審なストールで・・・・・

独居老人の君原と、<樹来(七月生まれだから)>という名前が示す通り現代っ子の孫が、事件の話を通じてぽんぽん会話できるようになる流れが楽しいです。肝心の事件の方は、トリック重視のカチッとしたミステリー。犯行方法はかなり予想外で、見方によってはバカミスとも取れそうですが、この奇想天外な感じはけっこう好きです。

 

「ざしき童子は誰? <幽霊>」・・・幽霊が出てくる事件はないかと樹来に聞かれた君原は、昔、大学生達が関わった事件について話すことに。サークル仲間だった大学生五人は、ひょんなことから大麻常習者となり、ついにヤクザのもとから薬を盗み出す計画を立てる。実行中にアクシデントが起きて逃げ出すも、メンバーの内、一人が死体となって発見された。だが、残る四人は「逃走中は間違いなく五人一緒だった。一人がもう殺されていたなら、一緒にいたのは幽霊だったのか」と騒ぎ始め・・・

人の嫌らしさや狡猾さがよく表れていたエピソードだと思います。元凶となった大学生の悪知恵ときたら、もはや本物のヤクザ並。引きずり込まれた他四人は、自業自得な面も多々あるとはいえ、やっぱり気の毒で・・・だからこそ、樹来が泊まりに来たことで、目覚めた時も一人ではないとしみじみ喜ぶ君原の姿に癒されました。

 

「犯人は私だ! <ダイイングメッセージ>」・・・樹来の今回の希望は、ダイイングメッセージが絡んだ事件。君原が思い出したのは、とある名家で起きた殺人事件だ。刺殺された名家当主の部屋には、血文字で<はんにんはわたしだ>と書かれていて・・・

<ミステリーにおける非現実的な謎ランキング>を行ったら、上位にランキングされること間違いなしのトリック、それがダイイングメッセージです。このトリックの一番の謎は、<死亡寸前の危機的状況で、なぜ被害者はこんなメッセージを遺したのか>という点。このエピソードでは、その辺りの謎もきちんと調理されています。それにしてもこの真相、こういう時代だったと言ってしまえば仕方ないけど、やるせないよなぁ・・・

 

「交換殺人はいかが? <交換殺人>」・・・樹来から交換殺人の事件について教えてほしいとねだられた君原は、四半世紀前に起きた殺人事件の話をする。とある女子校で、昼食中、生徒二人が急死する。二人の弁当からは同じ猛毒が検出されるも、被害者同士に接点はなし。やがて、被害者二人にそれぞれライバル心を燃やしていた女生徒二人が浮上するのだが・・・・・

交換殺人そのものの謎もさることながら、このエピソードの一番の肝は、すべての元凶たる人物が逮捕もされず逃げおおせたという点でしょう。そんな理不尽な、と言いたくなりますが、そこは長年法曹界に身を置いてきた深木さん。元凶は刑事罰こそ受けないものの、ちゃんと報いは受けたというオチに救いがありました。あと、一昔前の事件なので、交換殺人の計画を練るにもスマホやSNSが使えないというところも興味深いですね。案外、原始的な方法の方が足がつきにくいのかな。

 

「ふたりはひとり <双子>」・・・今回君原が樹来に披露するのは、先輩刑事の野毛がとある田舎に駐在していた時の話だ。昭和前半、村一番の名家・本郷家の当主が刺殺体で発見される。そんな騒動の最中、村を訪ねてきた一人の女。その女は、被害者の妹と瓜二つで・・・

双子ネタは、ミステリーにおけるいわば<禁じ手>トリック。これが通用すると<容疑者には犯行時刻アリバイがある!→実は瓜二つの双子だった>という展開が許されてしまい、推理もへったくれもなくなってしまいます。なので、双子ネタを扱う際には注意なわけですが、その点、このエピソードの構成はなかなか見ごたえがありました。真相が分かって見ると、冒頭、事件関係者達の現在の姿が怖いような平和なような・・・

 

「天使の手毬歌 <童謡殺人>」・・・見立て殺人について聞きたがる樹来に対し、君原が思いついたのは、あまりに奇妙な連続殺人だった。死体となって発見された被害者の身近で発見される、歌詞が書かれた紙きれ。それは手毬唄を替え歌にしたものだが、歌詞の内容と遺体の様子が似ていると分かり・・・・・

第三話の所に<ミステリーにおける非現実的な謎ランキング>と書きましたが、ぶっちぎり一位はこの見立て殺人ではないでしょうか。実行するまでの手間暇が半端ない上、歌詞によっては殺害方法などが事前にターゲット側にバレてしまい、犯行が行いにくくなるからです。君原もその点については触れていますが、ちゃんと整合の取れる真相が用意されているのでご安心を。また、第一話では小学生だった樹来が、ここでは中学生になっており、瑞々しい成長ぶりに嬉しくなってしまいます。

 

お気に入り作品として紹介しておいて言うのもなんですが、本作は突っ込みどころも多いです。「いくらなんでも小学生が賢すぎるだろ」とか「いくら家庭内での雑談とはいえ、元刑事が事件の詳細や関係者の個人情報をべらべら子ども相手に喋っていいのか」とか。逆に言えば、その点さえ割り切ることができるなら、一話一話の完成度はかなり高く、満足のいく短編集でした。ちなみに、『消えた断章』では大学生になった樹来の活躍が描かれているので、興味のある方は読まれてみてください。

 

これぞ正統派本格ミステリー!度★★★★☆

ドーナツ食べながら読んだ方がいいかも度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    子供が事件に関わるのは名探偵コナンや金田一少年を思い出しますが、江戸川乱歩の明智小五郎の助手として小林君が活躍するし、ホームズも捜査に子供たちの協力を募っていました。昔からミステリーに子供は欠かせない存在だったと感じます。
    深木章子さんの奥深いミステリーに子供が関わるのも面白そうです。

    1. ライオンまる より:

      言われてみれば、名探偵に子どもがくっついているケースって結構多いですね。
      本作の探偵役・樹来は、大人顔負けの推理力を持つという設定ですので、コナンや金田一少年が好きな読者には堪らないと思います。
      ただ、短編集なので一つ一つの謎がこぢんまりとまとまっており、あっさり読めてしまうのが残念と言えば残念です。
      交換殺人の話なんて、長編で読んでみたいなぁ。

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