はいくる

「闇に消えた男 フリーライター・新城誠の事件簿」 深木章子

世間には様々な働き方が存在しますが、その中に<フリーランス>というものがあります。これは、組織に属さず、個人で仕事を請け負う働き方のこと。収入や社会的立場が不安定になりがちな一方、自由度が高く、組織のしがらみ・規則に縛られず働けるというメリットもあります。

この<フリー>という立場、フィクション世界においては、すごく使い勝手がいい存在です。何しろ組織内のあれこれの設定を考えずに動かせるわけですから、どんな面倒な事件にも絡ませ放題。内田康夫さんによる『浅見光彦シリーズ』主人公の浅見光彦をはじめ、フリーランスで働く人間が出てくる小説もたくさんあります。今回取り上げる作品でも、フリーライターがいい働きをしてくれていました。深木章子さん『闇に消えた男 フリーライター・新城誠の事件簿』です。

 

こんな人におすすめ

正統派の本格推理小説が読みたい人

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あの人は、一体何者だったんだろう---――ノンフィクション作家が、ある日忽然と行方をくらませる失踪事件が発生。警察は当てにならず、八方塞がりになった作家の妻は、伝手を使い、フリーライター・新城誠に調査を依頼する。新城は、恋人の編集者・好美とともに作家の行方を追い始めるが、そこから浮かび上がってきたのは、あまりに奇妙な事象の数々だった。実父の不可解な自殺、隠そうとしていた過去、謎の送金記録、出生時に見え隠れする怪しい繋がり・・・・・果たして、作家は何を守ろうとしていたのか。謎が謎を呼ぶ本格推理サスペンス

 

『消人屋敷の殺人』の続編であり、あちらで出てきたフリーライター・新城誠&編集者・中島好美が再登場します。といっても、前作の内容が関わる部分は少ないので、未読でも特に問題はないでしょう。「この二人は昔、新城の弟の失踪事件を調べたことがありますよ」程度のことを知っていれば十分だと思います。

 

フリーライターの新城は、仕事関係者を介し、とある頼み事を持ち掛けられます。それは、作家・稲見駿一が失踪したので、行方を探してほしいというものでした。稲見は硬派な作風が売りのノンフィクション作家であると同時に、大変な資産家でもあるという人物。これは事件なのか、はたまた自主的な失踪なのか。新城は早速、恋人の編集者・好美と共に調査を開始。その結果、稲見の父親が不審な自殺を遂げていること、稲見が自身の背景を妻子にすら隠そうとしていたふしがあること、とある母子に対して長年送金を続けていたことが分かります。この事実を知った稲見の妻・日奈子は、夫が出生時、産院で取り違えられた可能性に気づくのですが・・・・・謎多き作家・稲見は何者であり、どこへ消えてしまったのでしょうか。

 

睦木怜然り、榊原聡然り、深木章子さんの作品に登場する探偵役は、感情面の描写が少ないことと、中盤までひたすら情報収集に徹し、最後の最後になって推理を始めることが特徴です。それは、本作に登場する新城誠も同様。恋人である好美目線で進んでいくものの、彼の内面に触れた箇所は少なく、探偵役としての本領発揮するのもクライマックスになってから。小説や漫画の探偵ってとにかく個性が強い傾向にある気がするので、この淡々として感じが逆に新鮮だったりします。でも、新城のブレなさ具合、結構好きでした。

 

そんな新城&好美コンビが挑むのは、謎多きノンフィクション作家が消えた失踪事件。<人が消える>という点では前作『消人屋敷の殺人』と同じですが、あちらが伝承やクローズドサークルが絡むトリッキーな内容だったのに対し、こちらはサスペンスの趣が強い堅実な作風です。その分、一部では「盛り上がりに欠ける」「あっさりしすぎ」という感想も見受けられるようですね。確かに、そういう面もあるものの、私はこの地道な感じが、元弁護士だという深木章子さんの手堅い筆致とぴったりマッチしていたと思います。何より、相変わらず伏線の張り巡らせ方が抜群に上手い!途中までドライに進んでいく分、終盤、新城の推理によりすべてが一気に明らかになる場面は、まるで嵐のようです。視点が、<新城と一緒に真相を明らかにしたい好美>と<夫探しを依頼はしたが、その他の余計なことまでは暴かれたくない日奈子>、交互に変わるという構成も効果的に思えました。

 

ただ、強いて言うなら、あまりに強烈だった『鬼畜の家』『敗者の告白 弁護士睦木怜の事件簿』等と比べると、インパクトという点ではやや控えめかもしれません。これらの作品が、登場人物の書簡・証言形式で進んでいくのに対し、本作は会話や移動や食事場面のある、より<物語>的な構成です。雰囲気としては、本作の約一年半前に刊行された『灰色の家』に近いと言えるでしょう。で、そのさらに一つ前に刊行された『欺瞞の殺意』は書簡形式。ということは、次くらいでまた書簡形式のミステリーが来るのかな。深木章子さんも御年七十七歳。決して無理できる年齢ではないでしょうが、今後ともぜひぜひ頑張ってほしいです。

 

金と見栄への執着って本当に怖い度★★★★★

この時代だからこそ成し得た犯罪です度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

    今までの深木章子さんの作品と比べると読みやすそうなイメージです。
    弁護士ものではなく主人公がフリーランスという設定が良いですね。どす黒い背景は相変わらずの気がしますが。
     フリーランスでミステリーと言えば、浅見光彦を思い出します。
     これは読んでみたいです。
     降田天さんの「すみれ屋敷の罪人」面白かったです。
     藤崎翔三の『守護霊刑事」届きました。

    1. ライオンまる より:

      『敗者の告白』ほどのカタルシスはないけれど、かちっとまとまっていて読みやすかったです。
      主人公コンビが出会う一作目『消人屋敷の殺人』よりも、二作目である本作の方が好きでした。
      『すみれ屋敷の罪人』、ずいぶん前に読みましたが、久しぶりに再読したくなりました。
      箱入りお嬢様かと思われた長女の、意外なタフさが良かったです。
      こちらは中山七里さん『氏家京太郎、奔る』が届きました。

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