私はこれまでの人生で何度か転校を経験しています。幼稚園や小学校時代のことなので、勉強の遅れを感じることはほとんどありませんでしたが、新しい環境で一から立ち位置を築くのはなかなか大変でした。どこも比較的落ち着いた環境で、ひどいイジメに遭うことがなかったのはラッキーだったと思います。
する側にとっても迎える側にとっても、<転校生>というのはある種、特殊なポジションです。転校生本人にしてみれば、見知らぬクラスメイトや慣れない不文律がある転校先はさながら異世界のようなもの。また、迎える側にとっても、過去も性格も分からない転校生は異分子です。私がこれまで読んだ転校生メインの小説は、恩田陸さんの『六番目の小夜子』や眉村卓さんの『謎の転校生』のように、転校生を迎える側視点のものが多いです。今回は視点を変え、転校生本人が主役の作品を取り上げたいと思います。森真沙子さんの『転校生』です。
こんな人におすすめ
耽美的な学園ホラーが読みたい人
伝言ダイヤルで知り合った少年の謎、美しい絵画を巡る奇妙な出来事、禁じられた歌が語る悲劇の真相、古い本に仕掛けられた戦慄の罠、美貌の上級生の周囲に漂う死の香り・・・・理化室、美術室、音楽室、図書室、女子寮。一人の少女が転校先で味わう恐怖の数々を描いた、幻想的な学園ホラー短編集
時代小説の印象が強い森真沙子さんですが、本作は王道を行く学園ホラーです。作品全体に漂う陰気ながら情緒たっぷりの雰囲気は、<ホラー>というより<怪談>といった方が近いかも?短編集のせいもあってか、恐怖現象の因果関係や結末があやふやな部分もあるのですが、それが逆にミステリアスな世界観を際立たせていたと思います。
「理化室 少年は虹を渡る」・・・担任に勧められるまま化学部に入部した転校生・咲子。だが、なかなか親しい友達もできず、寂しさを持て余した咲子は、転校生向けの伝言ダイヤルサービスに夢中になる。そこで<カンパネルラ>という少年と親しくなる咲子だが、彼の正体が同じ化学部員である沢田ではないかと疑い始め・・・
SNSの先駆けとも言える伝言ダイヤルをテーマにしたエピソード。この話のポイントは、SNSと同様、今やり取りしている相手の顔が見えないという点です。伝言ダイヤル上でいつも明るく溌剌とした彼と、陰気で何を考えているか分からない部活仲間は、果たして同一人物なのか。勘繰る咲子の気持ち、分かります。悲劇的なはずながら妙に晴れ晴れと美しいラストシーンが印象的でした。
「美術室 樹下遊楽図屏風」・・・転校先で美術部に入った咲子は、同じく転校生である環と親しくなる。美術部員達の目下の目標は、文化祭に向け、昔の火事で焼けた屏風を復元すること。その屏風について調べ始めた咲子は、寄贈者の女性が自殺していることを知る。その女性は、なんと環そっくりで・・・・・
丁寧に綴られる屏風の描写がとにかく美しく、絵にあまり興味のない私でさえうっとりしてしまいました。だからこそ、屏風にのめり込んでいく少女の気持ち、はっきり語られないながら仄めかされる彼女の背景が哀れで切なくて・・・唯一、もしかしたらこれはハッピーエンドなのかも?と思えるエピソードです。
「音楽室 みんな集まって来るよ」・・・ひょんなことから、咲子は新しい学校の野外音楽祭でピアノのソロ演奏をすることになる。偶然見つけた讃美歌を演奏しようかと思った矢先、なぜかベテラン体育教師が猛反対。その讃美歌は、過去、学校で起きた悲惨な死亡事故の犠牲者のために作られたようなのだが・・・・・
怪談としての恐怖度はこのエピソードが作中トップクラスではないでしょうか。咲子が決死の覚悟で讃美歌を歌うシーンから、過去の悲劇の真相判明、諸悪の根源が報いを受ける瞬間まで、もう鳥肌立ちっぱなしでした。咲子が昔の出来事を調べる辺りはちょっとしたミステリーの雰囲気もあり、非常に満足度高いです。
「図書室 堕ちる鳩」・・・新たな学校で咲子の一番の楽しみは、図書室の本を読むこと。咲子が好きなのは幻想的なホラー小説だが、ある時、自分が借りようとする本はどれも<黒崎薫>という生徒が先に借りていることに気付く。こんなマイナーな小説好きが他にもいたなんて。興味を持った咲子が教師に聞いたところ、黒崎薫は三年前に自殺したらしく・・・
本好きの私が一番感情移入したエピソードです。好きな本は自分が最初に読みたいという気持ちと、同好の士がいて嬉しいという気持ち。この矛盾した心理は、何らかの愛好家なら理解できるのではないでしょうか。一体黒崎薫は何がしたかったのか、不明なままなところがとにかく不気味でした。あと、作中で語られる小泉八雲に関するあれこれがなかなか面白いです。
「寄宿舎 女ともだち」・・・寮のある女子高に転校した咲子は、そこで上級生の夕子と親しくなる。妖しく美しい夕子にはファンが多い反面、敵も多く、中には露骨に嫌悪感を露わにする生徒もいた。だが、そんな生徒の身に悲劇が起こり・・・・・
本作の収録作品は、基本的にどれも<はっきりと形にならない怪異>をテーマにしています。そんな中、唯一、目に見える形で化物(?)が登場するのがこのエピソード。女子寮という、少女だけの空間に漂う閉塞感や淫靡さの描写も丁寧で、読みながらドキドキしてしまいました。舞台が奈良であり、登場人物達が口にする柔和な方言も、恐ろしさを高めるのに一役買っていましたね。
ちなみに本作は、どのエピソードも<有本咲子>という転校生が主人公です。ですが、エピソードによって歌が得意だったり絵が好きだったり無類の読書家だったりと個性はばらばら。もしかしてパラレルワールドを渡り歩いているのでは?と勘繰ってしまいます。学校には、他にも体育館とか放送室とか旧校舎とか、ホラーの舞台になりそうな場所が色々あるので、今後も咲子にはあちこちに転校して恐怖体験をしまくってほしいです。
ホラーだけど、ノスタルジックで美しい度★★★★★
主人公もなんだか怪しげ・・・度★★★★☆
初めて聞いた作家さんですが学園ホラーが専門の作家さんなんですね。
どれも興味を惹かれます。
同じ人物のようですがキャラクターが違うというのも興味深いです。
音楽室、図書室、寄宿舎まで舞台が違うのも面白そうです。
転職はしましたが、転校は経験したことがなく転校生が来ると新しい友達が出来て嬉しかった思い出があります。
森真沙子さんは、どちらかというと時代小説を多く執筆されている作家さんです。
一時期は耽美的な幻想ホラーも書かれていたようですが、最近は見ませんね。
酷くありながらもグロテスクではなく、どことなく儚さや美しさを感じ出せる恐怖描写が印象的でした。