厚生労働省の調査によると、一番自殺が多い年代は六十代、次に五十代、四十代と続くそうです。百歳超えが珍しくない現代において、これくらいの年代はまだまだ働き盛り。公私共にエネルギッシュな年頃と言っても過言ではありません。とはいえ、二十代、三十代と比べれば、体力気力が衰えてくる世代であることもまた事実。だからこそ、苦境に立たされた時、「こんな苦しいことがまだ何十年も続くのか」と弱気になり、自殺に走ってしまうのかもしれませんね。
一方、七十代、八十代になると、自殺者の数は減少します。これには様々な要因があるのでしょうが、その一つは、自殺しなくても、段々と死が迫ってくる世代だからだと思います。足腰や五感が徐々に弱ってくる人もいれば、本人は健康でも、近親者や友人知人の死が相次ぐ人だっているでしょう。生きる辛さが長く続くと思うからこそ自殺を選ぶのであって、もう自然死が間近に見えているならわざわざ死ななくても・・・と思う人は、少なくないのではないでしょうか。では、そういう状況で自殺を選ぶ高齢者がいたとしたら?それも、一人ではなく、狭いエリア内で何人も自殺者が続いたとしたら?そこには何が秘められているのでしょう。今回は、高齢者の自殺を巡るミステリーを取り上げたいと思います。深木章子さんの『灰色の家』です。
こんな人におすすめ
老人介護問題と絡めたミステリーに興味がある人
彼らは、死に惹きつけられてしまったのだろうか---――自然豊かな地に建つ老人ホームで、入居者の一人が自殺した。悠々自適の老後を送っていたはずなのに、なぜ?割り切れないものを感じる看護師・栗子の不安をよそに、ホームでは不可解な失踪や死が相次ぐようになる。さらに、そこから浮き彫りになる、老人達が背負った業の数々。このホームには、死神が巣食っているのだろうか。栗子は、元刑事である入居者・君原の手を借りつつ、謎を解き明かそうとするのだが・・・・・老いの先に待つのは、光か、闇か。老人ホームを舞台に繰り広げられるサスペンスミステリー
『交換殺人はいかが?』『消えた断章』でも活躍する元刑事・君原継雄が、久しぶりに登場します。『消えた断章』で老人ホームに入居、不自由のない生活を送っている描写がありましたが、本作ではホーム内での生活がより詳細に描かれており、ファンとしては嬉しかったです。笠智衆にそっくりだという君原が女性入居者にモテモテだと分かり、ちょっとニンマリ。孫の樹来に知られたら、きっとからかわれることでしょう。
主人公は、老人ホーム<山南涼水園>で看護師として働く冬木栗子。ある日、栗子もよく知る入居者・柏木が自殺を遂げます。一見、物心共に満たされたホーム生活を送っているように見えた柏木ですが、癌の発病や息子との不和等、悩みも抱えており、覚悟の自殺と判断されます。そのショックから関係者が立ち直る間もなく、入居者達の中心的存在だった手塚が失踪、同じく入居者の晴世が焼身自殺を遂げ、暗澹たる空気に包まれる山南涼水園。栗子は相次ぐ不審な事件に、引っかかりを覚えました。もしや、これらはすべて何者かによる連続殺人ではないか。栗子は、元刑事であり今なお高い知性を有する入居者・君原の手を借りつつ、真相解明に挑もうとします。果たして栗子は、ホームに潜む闇を暴くことができるのでしょうか。
老人ホームを舞台にした作品では、過去に林真理子さんの『我らがパラダイス』を取り上げました。あちらが老いの深刻さをテーマにしつつ、どこか痛快な雰囲気があったのに対し、本作は静かに、淡々と、老人問題の根の深さを描いています。親族との軋轢や金銭問題、老化による体調不良、仲間であるはずの老人同士での不和、そして人死にまで・・・舞台となる山南涼水園がそれなりのレベルの施設であり、入居者達は平均以上の経済力を持つ<恵まれた>老人であるという点が、余計に物語の生々しさ・寒々しさを強調させていた気がします。著者の深木章子さん自身が御年七十六歳、作中のホーム入居者達と同じく高齢者だからこそ、これほどリアルな描写ができるのかもしれませんね。
ただ、老人ホームだろうとどこだろうと変わらない人間関係のあれこれは、臨場感たっぷりで興味深かったです。かつて社会的地位の高かった入居者がリーダー役になったり、これまでの生活環境や価値観が合う者同士で派閥を形成したり、異性と恋愛騒動を起こしたり。老人ホームの場合、入居者はいい年をした大人であり、ホーム側にとってはお客様。入院患者というわけではないので生活を縛ることは基本的にできず、各自の良識と裁量に任せざるをえない部分が多くなります。そんな中で繰り広げられる老人達の生臭い悲喜こもごもが、時に切なく、時に滑稽で・・・気が滅入るような場面も少なくありませんが、主人公・栗子の真っ当さや健やかさが救いでした。
肝心の連続自殺・失踪事件については、良くも悪くもオーソドックスな構成になっており、どんでん返しもなく解決に至ります。ものすごい衝撃度だった『鬼畜の家』『敗者の告白 弁護士睦木怜の事件簿』と比べると、やや地味な印象があるかもしれません。ただ、現役の探偵や弁護士が謎解き役を務めた上記二作と比べ、本作で事件解決に挑むのは看護師と元刑事。あんまり派手な作風にできなくても無理ないかなと思います。何より、老人達のホームでの暮らしぶりや、ホーム関係者の仕事との絡め方が上手く、自身や親族の今後を重いながら読み耽ってしまいました。老人ホームの内情がいまいち想像できないという方に、ぜひ読んでもらいたいです。
十分満足できる作品でしたが、唯一、物足りなかったのは、君原の孫であり素人名探偵である樹来君が登場しなかったこと。やっぱり、樹来がいてこその<じいじ>なんだよなぁ。『探偵・榊原シリーズ』と違い、こちらのシリーズはまだ完結していない様子なので、ぜひとも四作目で君原&樹来の活躍を見せてほしいです。
老人達の人間模様が生々しすぎる度★★★★★
こんな犯人、本当にいそうで怖い度★★★★☆
読みやすい作品でしたが深木章子さんにしては少しソフトな内容だと感じました。
高級老人ホームが決して天国ではないことをリアルに描いていましたが、主人公の栗子は当事者でも第三者の目線で関わっていて、距離を置いて語られている気がしました。劣悪な環境、横暴な介護士、看護師が登場する作品と比べてまだ平和的だと思いますが、現実の1ページだと思うと将来の不安が強くのしかかってきました。
君原刑事が現役の作品を読みたくなりました。
あの静かで淡々とした感じが、逆にリアルだと感じました。
君原の現役時代の話は、シリーズ第一作「交換殺人はいかが?」の中の一話で描かれています。
ただ、あくまで回想としての描写なので、できればがっつり現役刑事だった頃の物語を読んでみたいですね。