はいくる

「婚約者」 新津きよみ

調査によると、初恋の平均年齢は男性が十一歳で女性が九歳、初めて恋人ができたのは男女共に十六歳が平均だそうです。初めて人に恋愛感情を抱き、その人のことを思って一喜一憂したり、デートの約束に浮かれたりする・・・そんな初々しい恋心は、本人達だけでなく、見ている周囲の人間をも温かな気持ちにさせてくれるものです。

ですが、イヤミスやホラーの世界となると話は別。若く未熟であるがゆえの幼稚さ、周囲の事情が見えない軽率さが強調され、とんでもない悲劇が引き起こされることも少なくありません。そんな狂気とも言える恋心を描かせたら、この作家さんは本当に上手いですね。今回は、新津きよみさん『婚約者』をご紹介したいと思います。

 

こんな人におすすめ

女性の狂気を描いたホラーサスペンスが読みたい人

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絶対に、あの人と結ばれたい。例えどんな手を使っても---――ふとしたきっかけで知り合った従兄の賢一に惹かれ、彼との結婚を夢見る小学生・雪子。だが、そんな雪子の思いとは裏腹に、賢一には恋人ができてしまう。邪魔者は、決して許さない。雪子は作戦を練り、賢一と恋人の仲を引き裂こうとするが・・・・・時は流れ、成人した雪子は、念願叶って賢一と結婚することになる。幸せの絶頂の最中に届いた、一着のウェディングドレス。それは、かつて賢一の恋人だった女性の物だが、なぜか雪子にぴったりのサイズに仕立て直されていた。誰が、なぜこんなことを?混乱する雪子だが、これは本当の恐怖の幕開けにすぎなかった。恋の狂気と妄執を描いた、ホラーサスペンス長編

 

新津きよみさんと言えば、大人の女性心理をテーマにしたミステリーやサスペンスのイメージがありますが、本作の主人公・雪子は物語開始時点で十一歳。まだ子どもじゃん・・・と思ったのも束の間、その内側に渦巻く業の深さにゾワゾワしっぱなしでした。こんな十一歳いるわけない!と言い切れないのは、やはり新津きよみさんの描写力の高さゆえでしょうか。

 

雪子は、裕福な両親に愛されて育った一人娘。十一歳の時、疎遠だった八歳年上の従兄・賢一と出会い、その優しく快活な様子に恋心を抱きます。ある出来事をきっかけに、賢一も自分と同じ気持ちだと思い込んだ雪子は、彼との結婚を願うようになりました。しかし、それは雪子の勘違いに過ぎず、賢一は同世代の女性・由貴と付き合うように。賢一にふさわしいのは私なのに!嫉妬の炎を燃やす雪子は、二人が破局するよう策略を巡らせますが・・・・・時を経て、大人になった雪子は念願叶って賢一と婚約。家族全員が幸福に包まれる中、雪子のもとに、かつて由貴の物だったウエディングドレスが届きます。しかも、由貴と成人した雪子は体型がまるで違うにもかかわらず、なぜか雪子にぴったりなサイズに仕立て直されて。まさかこれは、賢一と結ばれなかった由貴の復讐なのか。不安な思いに駆られつつ、新婚生活を始める雪子ですが・・・・・

 

本作は<第一部 従兄---いとこ-――><第二部 婚約者><第三部 夫>の三つの章で構成されています。物語的に一番盛り上がるのは、すべての真相が分かる第三部なのでしょうが、個人的に好みなのは第一部。小学生の雪子が賢一に恋心を抱き、嫉妬で暴走する姿がそれはもう丁寧に描写されていて、ものすごくインパクトありました。

 

とにかく、子どもと大人の部分が混在した雪子の暴走っぷりが怖いこと怖いこと。賢一の前では結婚を夢見てはしゃぎ、背伸びして映画デート(賢一はデートと思っていない)に誘い、彼にふさわしい女性になろうと中学校受験を頑張る。その一方、由貴に敵愾心を募らせ、表面上は「お姉様」と呼んで慕う素振りを見せつつ、自分と賢一にしか分からない話題で盛り上がろうとしたり、賢一が由貴に悪感情を抱くよう仕向けたり、一人暮らしする由貴の家に忍び込んだりする。幼稚さと狡猾さが入り混じった様子が臨場感たっぷりに描かれています。この時期の雪子を、あくまで年下の従妹として扱い、可愛がりつつ決して度は越さない賢一の良識が事態を悪化させるのですから、なんとも皮肉です。

 

第一章が強烈なせいか、雪子が大人になって賢一と結ばれ、怪事件に巻き込まれる第二章・第三章の印象がやや薄れるところが、本作の難点と言えば難点かもしれません。幸福な生活にちらつく由貴の影とか、次第に迷走していく雪子の精神状態とか、クライマックスの真相発覚シーンとか、十分見どころは多いんですけどね。結末はサスペンスなのかホラーなのか曖昧な描写になっていますので、苦手な方はご注意ください。

 

ここ数年、短編ないし連作短編小説の刊行が目立つ新津きよみさんですが、私としてはこの時期の情念どろどろの長編小説の方が好きだったりします。『女友達』とか『隣の女』とか。今のところ長編連載作品などもないようなので、久しぶりに図書館で昔の著作を探してみようと思います。

 

純粋だからこその悪意が怖い度★★★★☆

親友を巻き込まないでー!!!★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

    女性のストーカー、暴走する場面はかなりインパクトがありそうです。
    確かに新津きよみさんは最近長編を見なくなりました。
    アミの会などでは見かけますが強烈なイヤミス作品を読みたくなりました。
    年末年始の休みは5日しかないですが12冊も借りてしまいました。
    読み切れるかな?
    1年経つのは早いですね。息子は来年、高校生になります。
    お嬢さんはお元気ですか。

    1. ライオンまる より:

      息子さんがもう高校生とは、月日が経つのは早いですね。
      お父さんと男同士の話ができるのも、もうすぐですね(^^)
      娘は小学生になり、荒波に揉まれつつも頑張っているようです。

      本作の場合、「ストーキングしているのがローティーン」「対象とは従兄妹同士」という設定がインパクトありました。
      こういうズシンとくる長編、もう書かないのかな・・・
      こちらは長江俊和さんの「掲載禁止 撮影現場」が届きました。
      「〇〇禁止シリーズ」は久しぶりなので、楽しみです。

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