はいくる

「聖家族のランチ」 林真理子

私の個人的な意見ですが、フィクション世界におけるジャンルの中で、<ホラー>というのはやや特殊な位置付けにある気がします。作品に求められるのは、<恐怖><怖気><震撼>といったネガティブな感情。最近はホラーも細分化してきて、ミステリー的な謎解きがあったり、恋愛要素が絡んだりするケースも多々ありますが、根本にあるのが<恐ろしさ>という点は変わりません。

そのせいかどうなのか、色々なジャンルに挑戦されている作家さんでも、「ホラーだけはまだ・・・」ということが一定数あるように思います。その一方、「〇〇先生、ホラー初挑戦!」というような作品は、普段とは違う、新鮮なカタルシスをもたらしてくれることもしばしばです。この作品を読んだ時も、相当な衝撃でしたよ。林真理子さん『聖家族のランチ』です。

 

こんな人におすすめ

家族の崩壊をテーマにしたホラーが読みたい人

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この家族は、守られている。こうして食卓を囲む限り---――エリートの夫、料理研究家の妻、現代っ子らしい長女に難関校に進学した長男。誰もが羨む佐伯家には、人には言えない秘密があった。不倫、行き詰まる仕事、男女関係のもつれ、そして忍び寄る新興宗教の影。ついに禁断の一歩が踏み出された時、家族が下した決断とは・・・・・崩壊していく家族の狂気を描く異色ホラー

 

今のところ、林真理子さん唯一のホラーと言われている作品です。『anego』も(原作小説のみ)ホラー扱いされることもあるようですが、あちらが一応は想像の範囲内であるのに対し、本作は常軌を逸したサイコホラー。林真理子さんの著作は、どれだけドロドロしてもどこか華やかさのようなものが漂っているので、この作風はかなり予想外でした。

 

主人公は、美貌の料理研究家として活動中の佐伯ユリ子。大手銀行幹部の夫と、料理研究のアシスタントを務める娘、有名進学校に通う息子に囲まれ、仕事を支援してくれる愛人までいて、幸せ一杯の日々を送っています。しかし、その幸せは、綻びだらけのいびつなものでした。夫が働く銀行は経営破綻、大学進学しなかった娘との間には隙間風が吹き、息子は新興宗教に傾倒していく一方。さらに、自身の不倫が息子にバレた結果、取返しのつかない悲劇が起きてしまいます。果たしてユリ子は息子を、ひいては家族を守ることができるのでしょうか。

 

前半の雰囲気は、いつもの林真理子節全開。どこかバブルの香り漂う<幸福な家庭像>といい、実はその幸福が薄っぺらいものだと分かる展開といい、これといって目新しい要素はありません。レビューサイト等を見ても「前半を読む途中、ちょっと飽きた」という感想が散見しますね。たぶん、これは林真理子さんがあえてそういう書き方をしているのだと思います。

 

そう思うのは、中盤以降の展開があまりにショッキングかつグロテスクだからでしょう。息子が怪しい宗教にのめり込み、「なるほど、家庭が宗教で崩壊する様子を描くのね」と思わせてからの、まさかの急展開!息子の行動はまだ予想できなくもないのですが、それを知ったユリ子の決断が壮絶すぎて・・・・・この修羅場を前に、ばらばらだった家族が一致団結する流れが滑稽で哀れでした。息子がすがった宗教が、有事の際には「君と教団は一切関係ないから」とあっさり見捨てる辺りも、妙にリアリティあります。

 

この手の家族崩壊小説は決して少なくありませんが、本作が新しいなと思うのは、諸悪の根源と思われるのがユリ子だけで、他はそれほど身勝手でも傲慢でもない点です。夫は仕事でどれほど苦境に立たされても声一つ荒げないし、娘もなんだかんだ言いつつユリ子のアシスタント業務を真面目に遂行。事を起こしてしまった息子でさえ、ユリ子がもう少し周囲を省みさえすれば、こんなことにならなかったんだろうと思います。こういう作品の場合、主人公だけでなく家族も特権意識丸出しの嫌な奴というパターンが多いので、なんだか新鮮でした。だからこそ、彼らが転がり落ちていく地獄の過酷さが際立つんですよね。

 

分けるとすればヒトコワ系ホラーに分類されるのでしょうが、後半、海外のスプラッター映画顔負けの猟奇的描写が繰り返されます。ここが大丈夫か否かで、本作の評価は変わるのではないでしょうか。というか、料理関係の仕事をする主人公の小説で、こんなに料理描写が美味しくなさそうなの初めて・・・間違いなく食欲は減退するでしょうから、ご注意ください。

 

前半と後半の温度差がすごい度★★★★☆

この狂気は、新興宗教すらも黙らせる度★★★★★

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