はいくる

「奇談蒐集家」 太田忠司

短編小説の良いところはたくさんあります。その一つは<収録作品中、どの話から読んでも楽しめる>ということ。一ページ目から読む必要のある長編と違い、短編の場合、ぱらぱらとめくってピンときたエピソードから読む、あるいは、苦手な用語が出てきそうなエピソードは飛ばす、ということも可能です。短編小説が仕事等で移動中に読むのに向いているのは、こういう特性があるからかもしれません。

その一方、第一話から順番に読んでこそ面白さを発揮する短編小説というものも存在します。それがいわゆる<連作短編>で、独立していると思われたエピソードに実は繋がりがあり、最後にすべてが結びつくというパターンです。第一話、第二話・・・と、エピソードが進むごとに伏線が積み上げられていくので、中には、順番通りに読まないとエンディングの真意が理解できないものも少なくありません。綾辻行人さんの『フリークス』や成田名璃子さんの『東京すみっこごはん』はこのパターンでした。今回取り上げる作品も、第一話から順番に読んだ方が楽しめます。太田忠司さん『奇談蒐集家』です。

 

こんな人におすすめ

ミステリアスな安楽椅子探偵ものが読みたい人

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すべては奇談のために---――まだ知らぬ不思議な話を求めるコレクターの恵美酒(えびす)と、性別不明の美しき助手・氷坂。今日も彼らのもとには、高額の報酬に釣られた人々が奇談を手土産に訪れる。自らの影に怯え続ける男の運命、古い姿見に映った姫君の謎、若き日に出会った魔術師の正体、少年時代に見た怪人の意外な真実、薔薇が咲き誇る館で出会った紳士との約束、孤独な少年が過ごした不思議な一夜・・・・・それは奇談か、あるいは浅ましき犯罪か。美しく謎めいた安楽椅子探偵ミステリー

 

太田忠司さんは今まで長編小説しか読んだことありませんでしたが、調べてみると、なんと学生時代に『星新一ショートショート・コンテスト』で優秀作を受賞した作家さんでした。当然、短編小説のセンスは抜群。どことなく『笑〇せ〇るすまん』を彷彿とさせる摩訶不思議な雰囲気を含め、すごく好みの一冊でした。

 

「自分の影に刺された男」・・・奇談を抱え、バー<strawberryhill>を訪れた主人公・仁藤。仁藤は、幼い頃から自分の影が勝手に動き回っているのではないかという恐れを感じていた。成人し家庭も持った今、再び甦る過去の恐怖。またしても仁藤の影は動き回った上、彼を刺すという凶行に走り・・・

この<持ち込まれた奇談に感心する恵美酒と、それに待ったをかけて論理的な推理をする氷坂>というスタイルは、今後もずっと続いていきます。恵美酒が求めているのは、人知を超えた摩訶不思議な奇談なわけですから、現実的に解決できてしまう話は対象外なんですね。このエピソードで鍵となるのは、誰もが持っている影。本来、自分と同じように動くはずの影が意思を持って動き回り、おまけに自分を殺そうとしてきたら・・・ホラーそのもの状況を、氷坂が冷静に解きほぐしてくれますが、これ、真相が分かっても今後の問題山積みだよな(汗)

 

「古道具屋の姫君」・・・幻想文学の論者として名を上げた主人公・矢来が語る、若き日の出来事。ある日、ひょんなことから古道具屋に足を踏み入れた彼は、店内に置かれた姿見に着物姿の姫君が映るのを見る。店主曰く、姫君はかつてこの姿見の持ち主だったが自害。彼女の魂が姿見に宿っているのだという。衝動的に姿見を購入した矢来のもとに、なんとくだんの姫君が現れて・・・・・

第一話の影と並ぶくらいホラーの定番アイテム(?)である鏡。<鏡にその場にいないはずの人物が映る>というのも、ホラーの王道シチュエーションです。ただこのエピソードの場合、矢来が鏡の姫君に真剣に恋したことと、その後の一つの出会いのせいもあって、そんなに不気味なムードはありません。矢来の輪廻転生説をあっさり覆す氷坂の冷徹な口ぶりには、ちょっと笑っちゃいました。

 

「不器用な魔術師」・・・著名な日本人シャンソン歌手である美智には、どうしても忘れられない出来事がある。駆け出し時代に滞在していたパリで、彼女は修行中の魔術師に出会う。魔術師は好青年ではあるものの不器用で、魔術は失敗ばかり。だが、不思議なことに、彼には未来を予知する能力があるようで・・・・・

本作は<自分の体験は奇談だと信じていた語り手が、氷坂の推理により真相を知る>という流れが大半ですが、このエピソードのみ<実は語り手も薄々真実に気づいていたが、奇談だと信じていたかった>というパターンです。主人公の美智が社会的に成功しているこもあってか、読後感は悪くありません。とはいえ、裏で行われていた犯罪はかなり悪質なんですけどね。

 

「水色の魔人」・・・家庭が破綻した草間は、高額な報酬に釣られ、恵美酒のもとを訪れる。語るのは、友達と探偵団を結成していた子ども時代の思い出話。地元で起きた児童失踪事件を調査していた彼らは、水色の服を着た不審者が魔法のように消える場面を目撃する。おまけにその場には、失踪中の子どもの遺体が残されていて・・・・・

収録作品中、一番後味悪かったエピソードです。何せ子どもは死ぬわ、主人公が信じていた友情は存在しないわ、そもそも主人公が結構嫌な奴だわ、事件の根本的なところは未解決のままだわ・・・この先、酷い目に遭いそうなのが主人公ではなく、主人公の大事な人であろうところが余計にイヤ~な感じでした。

 

「冬薔薇の館」・・・平凡な主婦である智子の奇談は、少女時代に経験した不可思議な出来事だ。当時、家庭不和に悩んでいた智子は、ひょんなことから真冬に薔薇が咲き乱れる館に行きつく。館の主人は彼女を歓迎し、しばらく楽しい時間を過ごす。やがて主人は智子に対し、「このままここで暮らさないか」と持ち掛けるが・・・・・

どのエピソードも、氷坂がすっぱり現実的な謎解きをしてくれるというのが本作の基本的な特色ですが、この話は真相も結構ホラーです。冬でも薔薇が咲き乱れる館とか、そこに住む正体不明の青年とか、不審な態度を取る使用人とか、雰囲気を盛り上げる要素もたっぷり。あの青年は、やっぱり今も館にいるという解釈で合っているのかな・・・(汗)?

 

「金眼銀眼邪眼」・・・今宵、<strawberryhill>に奇談を携えてやって来たのは、小学生の大樹。妹の交通事故死以降、大樹の家庭は荒む一方だ。そんな空気に耐え兼ねた大樹は、ある日、<ナイコ>と名乗る謎の少年と家出を決行する。ナイコは自分のことを<夜のこども>だと説明し・・・・・

今回の語り手はなんと小学生。子ども目線で語られるナイコとの冒険、ナイコの影のある態度などがすごくミステリアスで、異世界冒険小説を読んでいるような気分にさせられます。その分、氷坂が語る真相の生臭いことといったら・・・でも、氷坂が今後の対応策も指示してくれたし、きっと大丈夫なはず!いつもは感情を一切見せない氷坂が、子ども相手だとちょっぴり親切なところが微笑ましいです。

 

「すべては奇談のために」・・・教師として働く傍ら、作家を目指して執筆活動に励む山崎は、ある時、不思議な話を耳にする。とあるバーにいる、奇談を集めている中年男と、美しき性別不明の助手。彼らと会ったという複数の人物の話を聞いた山崎は、なんとかその正体を突き止めようとして・・・・

前の六話はこの第七話のために存在したんだなと思わせるエピソードでした。あれほど奇談を求めた恵美酒には、このラストこそが相応しいのでしょうね。また、これまでのエピソードの語り手達のその後が分かるところも嬉しいです。このオチをしっかり楽しむためには、前書きに書いた通り、第一話から順番に読んでいくことをお勧めします。

 

便宜上、<氷坂が謎解きをする>と書きましたが、実際は語り手の話から氷坂が推理を行うだけで、本当にそれが正しいという保証はどこにもありません。もしかしたら謎解きは正しいのかもしれない、あるいは本当に人知を超えた奇談なのかもしれない。語り手達が味わう不安、恐れを読者も味わうことができますよ。序盤、語り手に飲み物が振る舞われる場面で、お酒好きの方なら一杯やりたくなっちゃうかもしれません。

 

すべては最終話が成り立つための序章・・・度★★★★★

バーの描写がものすごくお洒落!度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

     どちらかというと長編が好きで長ければ長いほど伏線や巧みに仕組まれた展開が分かりどんでん返しのラストを楽しむ~という感じでしたが短編集も楽しむようになりました。「東京すみっこご飯」も懐かしいですね。まさに典型的な連作短編集で順番通りに読まないと本当の面白さが分からないかも知れません。
     未読の作家さんですが読んでみたいですね。
     ホーンテッド・キャンパスも新刊が出たので予約してきます。

    1. ライオンまる より:

      全体に流れるブラックな雰囲気が非常に好みの一冊です。

      しんくんさんが利用されている図書館は新刊入荷が早くて羨ましい!
      うちはまだまだ入らなさそうなので、待ち遠しいです。

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