はいくる

「淑女の休日」 柴田よしき

両親が旅行好きだということもあって、子どもの頃から旅をする機会は比較的多い方だったと思います。名所を巡ったり、お土産を買ったりすることももちろん楽しいのですが、同じくらい楽しみなのは、どんなホテルに泊まるかということ。家とは違うベッドやバスルーム、広々としたレストランの朝食ビュッフェなど、ワクワクして仕方ありませんでした。

大勢の人間が出入りし、様々なドラマが展開する場所ということもあって、ホテルを舞台にした創作作品も多いですね。一言でホテルと言っても、観光地にあるリゾートホテルからサラリーマンが素泊まりするビジネスホテル、カップルが利用するラブホテルなど色々な種類がありますが、今日取り上げるのは都会に建つシティホテルが舞台の作品。柴田よしきさん『淑女の休日』です。

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様々な職を転々とした末、ようやく私立探偵という天職に巡り合ったヒロイン・美生。ある時、美生は「館内に幽霊が出る」という依頼を受け、女性に人気のシティホテルを訪れる。調査を開始し、謎を解く手がかりも見つけ、出だしは順調と思ったのも束の間、なんと幽霊の目撃証言をした女性が殺害されてしまう。残されたのは、花嫁衣裳を着た女性の写真。彼女は生涯独身だったはずなのに何故?美生は友人のホテルコンシェルジュ・ゆう子らの力を借り、事件の真相を追おうとするが・・・洗練されたホテルで渦巻く、切なくも残酷な謎を描いたミステリー。

 

私はこの作品を読んで初めて『ホテル浴』という遊びがあることを知りました。どういうものかというと「お洒落なホテルに泊まり、ホテルマンにちやほやされ、レストランやエステでゆっくり寛いだり、豪華な客室でのんびり過ごしたりする遊び」で、特に女性に人気だそうです。

 

観光が目的ではないので遠方に出向く必要はなく、実際作中に登場するホテルは都内のもの、利用するのも関東在住者ばかり。「家の近くのホテルに高いお金払って泊まって何が楽しいの?」と思う人は多いでしょうし、主人公である女探偵も似たような感想を抱きます。女性達は何を求めて、わざわざ都会のホテルに泊まるのか。それが本作のテーマの一つでもあるのです。

 

ヒロインの美生は筋金入りの庶民派で、居酒屋でくだを巻くのが好き、食べ物がふんだんに残るビュッフェを見て「もったいない」と思うタイプ。この美生の視点でストーリーが進むせいで、「ホテル浴」が理解できない読者でも割とすんなり物語に入り込めると思います。けっこう登場人物数も多いのですが、文章が良い意味で軽いので、さほど複雑さを感じることもないでしょう。

 

作中でホテルを利用する女性の多くは、少なくとも人気シティホテルに泊まれるだけの経済力を持ち、マナーと常識を心得た<淑女>たちです。そこそこ恵まれているはずの彼女たちがホテル浴にのめり込む理由は「大切にされたいから」。颯爽としたホテルマンが丁寧に尽くしてくれ、豪華な食事やお茶が供され、部屋は快適に整えられている。その状態を求めて、女性達は家から大して遠くもないシティホテルを利用します。

 

この辺りの描写から滲み出る現代女性の孤独や寂しさ、特別扱いされたいという思いに、私は胸を衝かれたような気がしました。たとえ金銭的に不自由していなくても、人が最後に求めるのは精神的な癒しなのかもしれませんね。

 

事件の謎自体はさほど目新しいものではなく、良くも悪くもオーソドックス。ですが、女性の複雑な心理を味わえる一冊だと思います。あと、都会のホテルで寛ぐのも悪くないかなと思わせてくれる作品でもありますね。豪勢なランチにアフタヌーンティー、広々としたスパ・・・うーん、宝くじが当たったらやってみるかな。

 

ホテルだけで遊ぶのも楽しそう度★★★☆☆

ヒロインの一般人っぷりがステキ度★★★★☆

 

こんな人におすすめ

お洒落な雰囲気のミステリーが読みたい人

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コメント

  1. オーウェン より:

    こんばんは、ライオンまるさん。

    一見、何の関連性もなさそうな出来事が次々と繋がって、最後に1つの大きな出来事になるというのは、柴田よしきさんのお得意のパターンですが、今回もその次々に繋がっていく展開がとても面白かったですね。

    3つの幽霊騒ぎの謎は、言わば日常の謎と言ってもいいような謎。
    しかし、それらが思わぬ展開を見せていきますね。

    そして今回、謎以上に面白かったのが、シティリゾートホテルに泊まり歩き、ホテル浴をする女性たちの心理。

    私自身はあまり丁重にされると、逆に居心地が悪くなってしまいますし、同じお金を使うなら、海外旅行がしたいと思ってしまうのですが、しかし、彼女たちの特別扱いされたいという思いは良く分かります。

    そし、2年ほど前からホテルに住み着いてしまった四方里子を始めとした、ホテルを巡る女性たち。
    確かにミステリではあるのですが、そんな女性たちを描いている作品なんですね。

    少し軽めなのですが、物語の世界に入りこみやすく、しかも読みやすいというのが、やはり柴田よしき作品の一番の魅力ですね。

    鮎村美生は、どことなく若竹七海さんの書かれている私立探偵・葉村晶のようですね。
    さっぱりとして、とても感じの良いキャラクター。

    警察のキャリア・沙藤警部補とのやりとりも楽しく、露出はとても少ない割に、存在感のある美杉婦警と共に、ぜひまた他の作品にも登場して欲しい存在ですね。

    1. ライオンまる より:

      オーウェンさん、こんにちは。
      私はこの作品を読んで、ホテル遊びというものの存在を知りました。
      わざわざ遠くに行くより、近場でゆっくりしつつ、ちやほや丁寧に扱われたい・・・学生時代ならピンと来なかったでしょうが、今なら気持ちが分かります。
      そういう心理と、作中の謎がうまくハマっていましたよね。
      美生と葉村晶が似ているという言葉に、「確かに!」と膝を打ちました。
      立場上、美生はすごく動かしやすいキャラクターだと思うので、『花咲慎一郎シリーズ』同様、長期的に活躍してほしいものです。

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