はいくる

「可燃物」 米澤穂信

ミステリーの探偵役は、とにもかくにも個性的でインパクト抜群なタイプが多いです。シャーロック・ホームズや金田一耕助は言うに及ばず、坂木司さん『ひきこもり探偵シリーズ』の鳥井は精神的負荷がかかると幼児返りする引きこもりで、東川篤弥さん『謎解きはディナーのあとでシリーズ』の影山は毒舌執事。赤川次郎さん『三毛猫ホームズシリーズ』にいたっては、謎解きの中心となるのがなんと猫です。現実では到底出会えないようなキャラクターが生き生き事件解決しているのを見るのは楽しいですね。

その一方、個性や人間味の描写がないからこそ輝くタイプのキャラクターもいます。例えば、当ブログでも何度か取り上げた西澤保彦さん『腕貫探偵シリーズ』の<腕貫男>。腕貫を付けた地味な容姿の市役所職員で、シリーズ通して内面描写はほぼないにも関わらず、その脂っけのなさが逆に印象的なんです。それから、この作品の主人公も、人間味を見せない所にある種の魅力を感じました。米澤穂信さん『可燃物』です。

 

こんな人におすすめ

正当派警察ミステリー短編集が読みたい人

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どうしても見つからない凶器の真相、赤の他人同士が示し合わせたように同じ証言をする謎、不可解なバラバラ死体から浮かび上がる因縁の行方、違和感だらけの連続放火事件の本当の動機、混迷する立てこもり事件に隠された真実・・・・・<ミステリが読みたい!><週刊文春ミステリーベスト10><このミステリーがすごい!>三冠に輝く警察ミステリー短編集

 

米澤穂信さんのミステリーは、『<古典部>シリーズ』『<小市民>シリーズ』のように、個性豊かなキャラクターが活躍する作風が多いです。本作の場合はその逆で、主役である葛警部の人間的な部分はほとんど描かれません。カフェオレと菓子パンが好きらしいということを除き、性格やプライベートな部分の描写はゼロ。余計な感情を見せず、被害者や遺族に肩入れすることもなく、ひたすら捜査に徹する姿が印象に残ります。

 

「崖の下」・・・スキー場で利用者が遭難し、一人が重傷、一人が遺体となって発見された。後者の死因は失血死。状況からして、重傷で発見された男性が刺殺したようだが、どれだけ探しても凶器が見つからない。捜査に当たる群馬県警捜査一課警部・葛は、間もなく一つの可能性に気付き・・・・・

ミステリーの場合、<犯人は誰か>がメインテーマになることが多いですが、この話では犯人も、動機らしきものも分かっています。唯一の謎は凶器の行方。尋問すれば分かりそうなものの、最有力容疑者は重傷で命の保証もない状態であり、時間をかけて自供を取ることはまず不可能・・・そんな緊迫感ある状況下、ピンポイントで的確に捜査を進めていく葛に痺れました。それにしてもこの凶器、この殺害方法、場面を想像するとゾッとします。

 

「ねむけ」・・・か弱い老婆が襲われた強盗致傷事件。捜査線上に浮かんだ容疑者・田熊は、事件発生直後に起こった交通事故で入院中だ。強盗事件の方は物的証拠に乏しいものの、この交通事故が田熊の有責と分かれば、ひとまず危険運転致傷罪で逮捕できる。捜査に当たる葛は、面識のないはずの目撃者達が、なぜか示し合わしたように田熊に不利な証言をすることに違和感を抱き・・・・・

米澤節が一番出ている話だと思います。前の話同様、この話のテーマも<誰が犯人か>ではありません。ポイントは<なぜ赤の他人達が揃いも揃って容疑者に不利な証言をするのか>。葛の切り込み方が絶妙で、「ほほう」と唸ってしまいました。こういう行動は褒められたものじゃないのだろうけど、「自分は絶対やらない」と言い切れる人間は、果たしてどれほどいるのでしょうか。

 

「命の恩」・・・偏屈者で有名だった自営業者・野末がバラバラ死体となって発見された。周囲に敵が多い人物だったようだが、中でも野末が借金を繰り返していた宮田村が怪しい。調べによると、宮田村はかつて娘ともども遭難しかけたところを野末に助けられて以来、彼に頭が上がらなかったようで・・・・・

イヤミス度合で言えば、この話が収録作品中トップクラスでしょう。真相が明らかになっても、結局誰一人本懐を遂げられないところが切なかったです。レビューサイト等で多くの読者が書き込んでいましたが、米澤穂信さんのお父様は、失踪後に遺体で発見されているんですよね。どうやら事故か病死のようなものの、前半の捜索シーンでは現実の光景が思い浮かんでしまい、やり切れない気持ちになりました。

 

「可燃物」・・・県内で相次ぐ連続放火事件。葛ら捜査陣は、現場をうろついていた不審者が、七年前の失火事件の関係者だと気づく。これは偶然か?それとも何か意味があるのか?葛は、放火が繰り返される動機に着目し・・・・・

<動機を重んじない>という主義を持つ葛が、唯一、動機に注目した話です。犯人を、やり方は間違えたが真面目な熱血漢と取るか、独りよがりな暴走者と取るかで、この話の評価が変わるんじゃないかな。ただ、「命の恩」同様、行動が何一つ結果に結びつかなかったラストからして、後者と思うべきなのかもしれません。ひねりの効いたタイトルが◎。

 

「本物か」・・・ファミレスで、拳銃を持った男が従業員二人を人質にする立てこもり事件が発生した。目撃者達の証言から、事件発生前に店でトラブルを起こした客が激昂、店員を人質に立てこもった可能性が濃厚となる。店内との通話によると、すでに従業員のうち一人は殺されてしまったらしい。一刻も早い事件解決を目指す捜査陣の中、葛は一つの推測を口にして・・・・・

終盤の反転劇がなんとも鮮やかでした。タイトルの「本物か」は、犯人が手にした銃が本物か、という意味ではなく、そっちを指していたんですね。よーく読んでみると、ちらりと見えた犯人の様子がヒントだったのかも?終盤、「子どもの死体も、怪我をした同僚も見たくない」と静かに言う葛がカッコいい!

 

本作では、葛の内面描写が極端に少ないだけでなく、関係者達のその後もほとんど語られません。せいぜいラスト数行でほんの少し触れられる程度で、警察が関与できない部分については完全にスルー。ここを「あっさりしすぎ」と捉えられてしまうようですが、現実って大体こんなものなのでしょう。話ごとに趣の違うひねり方も見事だし、今後が楽しみなシリーズです。

 

推理とは、地道な捜査の積み重ね度★★★★★

この個性の見えなさが逆に癖になる度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

     葛警部のキャラクターは中山七里さんのキャラクターとは似ているようで何処か違うと感じながら読んでました。
     米澤穂信さんの雰囲気でこそ際立つキャラクターがミステリーに見事にハマってました。
     これもシリーズ化を期待したいですね。
     変な家2を予約しました。

    1. ライオンまる より:

      とことん没個性的な描写が逆に個性的という、なかなか珍しいパターンでしたね。
      こういう雰囲気、けっこう好きなので、今後も続いてほしいです。
      「変な家2」は予約順位三番目まで来ました!
      今月中に読めることを期待しています。

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