子どもの頃から本好きだった私は、当然ながら図書室や図書館も大好きでした。本屋も好きですが、やはり<その場で好きなだけ本が読める>というシチュエーションは魅力です。学生時代の委員会は当然のように図書委員。紙の劣化防止のためエアコンが設置されていた快適さもあり、半ば<ぬし>扱いされるほど図書室に入り浸っていたものです。
ここでふと思うのは、<図書館>をテーマにした小説は数多くあれど、<図書室>がテーマのものが意外に少ないということです。私が今まで読んだことのある小説に限って言えば、瀬尾まいこさんの『図書館の神様』と竹内真さんの『図書室のキリギリス』くらいしか思いつきません。ですから、この作品では図書室がメインの舞台と知り、読むのを楽しみにしていました。米澤穂信さんの『本と鍵の季節』です。
こんな人におすすめ
ほろ苦い青春ミステリーが読みたい人
図書委員を務める高校二年生の堀川と松倉。人のいい堀川とシニカルな松倉のもとには、なぜか様々な謎が持ち込まれる。祖父が遺した開かずの金庫、美容院で交わされる不審な会話、学校の窓ガラスを割った意外な犯人、自殺した生徒が遺した遺書の行方、昔話から始まる宝探しの顛末・・・・・爽やかで切ない青春図書室ミステリー
米澤穂信さんは『古典部シリーズ』『小市民シリーズ』などで、ティーンエイジャーの瑞々しくもビターな青春模様を描いています。それももちろん面白いのですが、個人的には『儚い羊たちの祝宴』『満願』のような毒のあるミステリーやサスペンスの方が好きだなと思っていました。ですが、本作は別。男子高校生コンビの掛け合いや謎が綺麗に収束する構成、最後に残るほろ苦い余韻など、すべてが好みです。こんな図書委員がいる高校が実在するなら、今からでも通いたいくらいです。
「913」・・・堀川と松倉は、受験のため図書委員を引退した三年生・浦上麻里から相談を受ける。祖父が金庫に鍵を掛けたまま他界したのだが、開け方を誰も知らず困っているという。なりゆきで暗証番号探しを手伝うことになった二人は、早速浦上家に向かい・・・
男子高校生コンビのもとを訪れる綺麗な上級生という、青春小説の王道を行く始まりを見せたエピソード。しかしそこはやっぱり米澤穂信。単なる甘酸っぱい話では終わりません。謎が解ける前後で相対する人物の印象ががらりと変わるシーンにはゾクッとさせられました。舞台となる浦上家の古色然とした雰囲気が、物語のムードを高めています。
「ロックオンロッカー」・・・ひょんなことから一緒に美容室に散髪しに行くことになった堀川と松倉。入店後、店長のある一言が気になった堀川は、何の気なしに松倉に疑問を投げかけるのだが・・・・・
これは冒頭で分かることですが、このエピソードにおいて主人公コンビはあくまで傍観者。起こったことを傍からああだこうだと検討し合うだけで、事件に深く関わることはありません。この感じ、青春ミステリーとしてはすごく珍しくて新鮮でした。終盤の展開の勢いには思わず手に汗握っちゃいそうです。
「金曜に彼は何をしていたのか」・・・夜中に割られた職員室の窓ガラス。一年生の図書委員・植田の兄が犯人と疑われるが、植田曰く、兄が犯人とは思えない。どうやら植田の兄は、事件発生時にアリバイがあるにも関わらずそれを黙っているようで・・・
謎そのものよりも、横暴な生徒指導教師の振る舞いにイラついて仕方ありませんでした。こいつが赤っ恥かくところが見たかったのですが、そこはうやむやなままだし・・・でも、校内トラブルってえてしてこういうものだよなぁ。真相に対する堀川と松倉の見解の違い、そして窓ガラスを割った真犯人の正体が面白かったです。
「ない本」・・・突如自殺を遂げた三年生。その後、図書室を一人の男子生徒が訪れる。その生徒は自殺した三年生・香田とは友人同士で、死の数日前、香田が図書室の本に便箋を挟むのを見たという。もしや遺書ではないか。彼はその本を見つけたいと訴えて・・・
全編共通して言えることですが、聡明といっても堀川と松倉は高校生。謎自体は解けても、物事の大きな流れを左右することはできません。そんなままならなさが一番現れたエピソードだと思います。印象的だったのは、自殺した香田が本好きだったと知った堀川が「小説は死を選ばない理由にならなかった」と思うシーン。これ、胸に突き刺さりました。
「昔話を聞かせておくれよ」・・・図書室で暇潰しに昔話に興じる堀川と松倉。松倉が語ったのは、自営業者と泥棒にまつわるエピソードだった。なんでもその自営業者は、盗難防止のため大金をよそに隠したまま他界したそうで・・・・・
収録作品中最長のエピソードであり、堀川と松倉という二人のキャラクターのついてより深く掘り下げられた話です。前半で描かれる、堀川の<分かった真相を明かさずにはいられない>という思い出話が、とても上手く活かされていました。コンビの行動範囲も今までで一番広いため、ちょっとした冒険譚としても楽しめます。
「友よ知るなかれ」・・・松倉が抱える謎を解くため行った宝探し。その最中、堀川は引っかかるものを覚える。そして明らかになる予想外の真実。逡巡の果てに対峙した二人は、果たしてどんな道を選ぶのか。
前エピソードの流れを引き継ぐ話です。長さ自体はさほどでもないのですが、真相が分かった時の驚きは作中随一ではないでしょうか。性悪説を信じる松倉と、物事の根底には真っ当なものがあると考える堀川。どちらの言い分も分かる分、最終的にどんな選択がなされるのか気になって気になって・・・今後に続きそうなラストも好みです。
この手のコンビ系ミステリー小説の場合、片方が謎解き役、片方がサポート役に徹するパターンが多いですが、本作では二人がそれぞれの考えを補完し合う形で推理がなされます。互いが大切な存在なんだということを実感することができ、切なくも爽やかな気持ちで読了することができました。米澤さん曰く、シリーズ化する考えもあるそうなので、ぜひとも次回作を書いてほしいです。
本好きには堪らない描写てんこ盛り度★★★★☆
彼はきっとやって来る!度★★★★★
古典部シリーズのような雰囲気を感じる作品でした。
913の謎解きとその背景を先回りして解いた展開は見事でした。
依頼の背景の奥の事情を察して謎解きするコンビーネーションが見事でした。
図書室を舞台にしたミステリーは馴染みやすいです。
古典部シリーズは、面白いと思いつつ「ま、こんなものかな」と思った私ですが、本作はビビッと来ました。
前半と後半の明暗の分かれっぷりという点で、第一話はずば抜けていましたね。
浦上先輩の背景が気になります。