短編小説と長編小説、どちらが好きですか?私はというと、どちらも好き(笑)それぞれに面白さがあり、どちらが優れていると決められるものではありません。
ただ、個人的な意見として、ミステリーやホラーのジャンルでびしっと決まる短編小説を書くのは難しい気がします。トリックや人間関係が入り組んでいる場合が多い分、少ないページでまとめるのが大変に思えるのです。そんな困難を乗り越え、面白い短編小説を集めた作品はたくさんありますが、今日ご紹介するのはこれ。「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」でいずれも一位を獲得した、米澤穂信さんの『満願』です。
殉職警官にまつわる一つの疑惑、書き手が分からない遺書の謎、美貌の母娘が囚われる禁断の欲望、倫理を捨てたビジネスマンを待つ運命、都市伝説を追うライターが見つけた驚愕の真実、かつての恩人が人命と引き換えに得たもの・・・・・ただ大切なものを守りたいだけだったのに。平凡な人生を生きるはずだった人々の転落を描く、傑作ミステリー短編集。
米澤穂信さんといえば、『古典部』シリーズや『小市民』シリーズといった、日常をテーマにしたミステリーに定評のある作家さん。本作も例に漏れず、普通に暮らしていた人々が予想外の謎と恐怖に直面する様を描いています。こういう「本当の恐怖はすぐそこに・・・」みたいな雰囲気、大好きなんですよ。
「夜警」・・・DV加害者を取り押さえようとして切り付けられ、殉職した警察官。彼の上司だった主人公は、部下が死ぬ前に口にした「こんなはずじゃなかった」という言葉に疑問を抱く。煩悶する主人公に対し、部下の兄が語る意外な言葉。果たして部下は英雄か、それとも・・・・・?
こういう警察ミステリーは横山秀夫さん辺りの十八番ですが、米澤さんも負けずにいい仕事してます。前半のエピソードがすべて伏線として回収されていく展開は何ともお見事。次第に露わになっていく人間の嫌らしさの描写も秀逸です。
「死人宿」・・・失踪した恋人が自殺の名所と名高い宿で働いていると知り、会いに訪れた主人公。折しも宿では書き手不明の遺書が発見され、主人公は恋人から「自殺を防ぐため、客の誰が遺書の書き手なのか探ってほしい」と頼まれる。渋々調査に乗り出す主人公が、やがて見つけたものとは。
収録作の中で、一番王道を行く謎解き作品だったと思います。遺書の文面と滞在客たちの立ち居振る舞いなどを吟味し、誰が自殺を計画中か推理する主人公。ここまでならミステリー漫画やドラマになりそうな話ですが、本作はさらに一捻りしてあります。でも、まあ、現実って案外こんなものかもなぁ・・・
「柘榴」・・・輝く美貌の持ち主である主人公・さおりは、人気者の男と結婚し、娘を二人もうける。ところが、夫は家庭にも子どもにも関わろうとせず、働きもしないでふらふらしてばかり。離婚を決意するさおりだが、調停の場で予想外の言葉を突き付けられ・・・
収録作の中で一番好きだったのがこれ。どろどろとした男女の業がこれでもかと詰まっていて、読みながら背筋がゾッとしました。にもかかわらず、不思議と読後感が悪くないのは、文章が情緒的で美しいからでしょうか。キーアイテムとして登場する「柘榴」の描写が印象的です。
「万灯」・・・天然ガス採掘のため、南アジアに滞在中の主人公。仕事を進めるため現地の村人とコンタクトを取るも、交渉は難航する。焦る主人公に村の有力者から提示された条件は、対立する別の有力者を殺せというものだった・・・・・
米澤さん、現地の事情をかなり綿密に取材したんだろうなぁと思わせる一作。そのせいか、短編にもかかわらず尋常ではない密度の濃さです。価値観の違う異国で追い詰められる主人公の心情や、彼を取り巻く現地の複雑な人間関係が胸に迫ってくるようでした。皮肉の効いたラストもいいですし、今度はぜひこういうテーマの長編を読みたいですね。
「関守」・・・主人公のライターは、死亡事故が相次ぐ田舎道を取材するため伊豆を訪れる。事故現場近くの茶屋で店主の老婆と話をし、次第に事故の全容が見えてくる。相次ぐ死はただの事故か、呪いか。真相を追う主人公に対し、老婆は一つの話を始め・・・・・
全六話中、一番ホラー色の濃い話です。とはいえミステリーとしてのオチがきっちりついていて、リアリティのある不気味さ・恐怖感を味わえました。夏の田舎という舞台設定も映像映えしそうですし、いつか「世にも奇妙な物語」辺りで実写化してほしいです。
「満願」・・・苦学生時代に親切にしてくれた下宿屋の夫人が人を殺めたと知り、恩返ししようと奔走する主人公。情状酌量の余地があったにもかかわらず、夫人は控訴せず、刑期を満期で務め上げた。彼女との思い出を振り返る内、主人公は一つの可能性に気付き・・・
表題作なだけあって、主人公の心理描写の丹念さは群を抜いているように感じました。慎ましく聡明な夫人への淡い想いと、その想いが疑惑に変わっていく過程。これらが米澤さんらしい精緻な文章で綴られます。真っ赤な達磨の使い方も巧いですね。それにしてもこの旦那、ダメ男すぎる・・・・・
見劣りする話が一つもない、レベルの高い名作でした。ちなみに米澤さんの過去の著作『儚い羊たちの祝宴』も、同じような雰囲気の短編集です。ここ最近、シリーズものの続きを書くことが多い米澤さんですが、ぜひまたこういうノンシリーズのイヤミスを書いてほしいものですね。
誰の心にも闇がある度★★★★☆
寝る前に読むと怖くなるかも・・・度★★★★☆
こんな人におすすめ
イヤミス短編集が読みたい人
どの短編もそれぞれに鋭い展開とオチがある読み応えのあるホラーでした。
「夜警」は横山秀夫さんの作品を思い出しました。
「関守」が一番面白くゾワッとしました。
今邑彩さんの短編に近いものを感じました。
長ければ長いほど、どんでん返しやオチが面白い長編派ですが、短編でここまで見事な展開で満足出来る作品が多いのは有り難いですね。
私がこれまで読んだ短編小説の中でもトップクラスの面白さでした。
「関守」のホラーめいた雰囲気は秀逸でしたね。
のんびりした老人の語り口調が恐怖を盛り上げていたと思います。