はいくる

「殺し屋、続けてます。」 石持浅海

シリーズ物の作品には、しばしば<大きな変化がなく、決まった流れを繰り返す>というパターンが存在します。よく<サザエさん時空>と呼ばれる、日常系の作品に多いパターンですね。現実には往々にして悲劇的な変化が多い分、物語には不変・不動が求められるのかもしれません。

とはいえ、いくら変わらぬ世界を描いた物語でも、シリーズが進むにつれ多少は変化が出るものです。このケースで一番多いのは<新キャラが登場した>ではないでしょうか。それこそ『サザエさん』『ちびまる子ちゃん』といった有名作品も、一昔前と比べればずいぶんキャラクターが増えました。さすがにこれほどの長寿作品ではありませんが、このシリーズにも新キャラクターが登場し、今後の期待が増すばかりです。石持浅海さん『殺し屋、続けてます。』です。

 

こんな人におすすめ

・殺し屋が登場する小説に興味がある人

・日常の謎をテーマにしたミステリーが好きな人

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同じ場所で何時間も微動だにせず何かを待ち続ける女子大生、人目に付きやすい場所での決行を指定された殺しの真意、こっそり入れ替わる双子が見せた不審な挙動、不倫中のみ着用される結婚指輪の謎、標的がことごとく死んでいる依頼の秘密、社の命運を賭けて対立する男達の思惑、判で押したかのように奇行に走る女達の正体・・・・・その依頼、果たしてみせましょう。どんな依頼も淡々とこなす殺し屋・富澤。そんな彼の身近には、どうやら同業者がいるようで---――殺し屋が日常の謎を追う、人気シリーズ第二弾

 

表はコンサルタント、裏では殺し屋というダブルワーカー・富澤が主役のシリーズですが、本作では富澤の他にもう一人、殺し屋が登場します。富澤に負けず劣らず味のあるキャラクターで、殺し屋としての職業意識(?)も相当なもの。プライベートの描写もなかなか面白かったです。

 

「まちぼうけ」・・・今回、富澤の標的となったのは、女子大生の桃華。育ちの良い美人令嬢という風情の桃華だが、なぜか毎日大学からの帰り道、駅前で何時間も立ち続ける。スマホを触るでもなく、店に入るでもなく、ただひたすらに。その様子からして、どうやら桃華は何かを待っているようなのだが・・・・・

毎日毎日ひたすら駅前で何かを待つという行為と、真相との結び付け方がユニークでした。白眉は、富澤が一瞬見た、桃華のもう一つの顔でしょう。昨今、巷に溢れる諸々の事件を思うと、こういうこともあり得そうで恐ろしいです。

 

「わがままな依頼人」・・・サラリーマン・向井に対する殺害依頼には、奇妙なオプションが付いていた。依頼人は、向井を指定した場所で殺してほしいのだという。確認したところ、その場所は人目に付きやすく、殺害決行に不適当。熟慮の末、富澤はこの依頼を断ることにするのだが・・・・・

これまでの話でもちらほら触れられた<殺害に対してオプションを付けることも可>という設定がうまく活かされていました。なるほど、そりゃ殺害場所を指定したくなるでしょう。あと、「これはリスキーだ」と思ったら即座に依頼を断る富澤、プロっぽくて結構好きだったりします。まあ、殺し屋なんですけどね。

 

「双子は入れ替わる」・・・富澤の恋人・雪奈は、行きつけのファミレスで、とある事実に気付く。アルバイトの女性店員・来島は、どうやら一卵性の双子で、お互いの都合に応じて入れ替わって働いているようなのだ。面白いと思って様子見を続けていた雪奈だが、ある日、中年女性の接客をして以降、来島の挙動がおかしくなる。一連の出来事を何の気なしに富澤に話したところ、彼は一つの可能性を挙げ・・・・・

数多の創作物で登場した<一卵性双生児の入れ替わりネタ>が、石持浅海さん風にうまく料理されていました。今回のポイントは、語り手が雪奈という点でしょう。漫画家らしく独特の着眼点や発想力を持つ彼女が気づいた、双子の不可解な態度。そこから富澤が気づいた真相がインパクト抜群です。

 

「銀の指輪」・・・シングルマザーの殺し屋・鴻池知栄に持ち掛けられたのは、若木という名のサラリーマンの殺害依頼。この若木、既婚者でありながら不倫しているらしいのだが、なぜか不倫相手と会う時だけ結婚指輪を着用する。そもそも普段は結婚指輪をしていないのに、なぜこんなことをするのだろう。不思議に思った知栄は、協力者の本多相手に推理を語り・・・・・

新キャラクターである殺し屋・知栄視点の話です。ミステリーとしても完成された話なのですが、それより知栄の人となりや家庭環境の方に興味が向いてしまいました。昼はインターネット通信販売業者で夜は殺し屋。殺し屋稼業を始めたきっかけは、私立校に通う娘の学費を稼ぐため。なんだか本当にいそう・・・と思わせる描写がさすがです。

 

「死者を殺せ」・・・標的であるOL・真弓の事前調査を行った富澤は、予想外の事実を突き止める。実は、真弓は数年前にひっそりと事故死していたのだ。そのことを告げられた依頼人は、ならば代わりにとばかりに、別の女性の殺害を依頼してくる。調査の結果、なんとこの女性もとっくの昔に死んでいることが判明し・・・・・

一番お気に入りの話です。標的が死んでいると知ってなお、なぜ依頼人は次々と殺害依頼を行うのか。殺し屋稼業の仲介者・塚原視点で描かれる真相と妄執のどす黒さに唖然とさせられました。最後、塚原が示した写真にどんなものが写っていたかと思うと、背筋が寒くなりそうです。

 

「猪狩り」・・・会社経営者・榎が抱いた、副社長に対する殺意。会社のためにも、あいつを生かしておくわけにはいかない。決意を固めた榎は、ツテを使い、殺し屋に副社長の殺害を依頼する。だがその後、榎の副社長に対する殺意を揺るがす出来事が起こり・・・

シリーズ初・殺しの依頼者視点で進む話です。殺し屋やその関係者視点と違い、標的への殺意の描写が生々しく、「こうして人は殺しを決意するんだな」と、変に納得させられてしまいました。また、富澤と知栄、どちらに依頼したか分からないところも秘かなポイント。どちらの殺し屋がどんな風に殺害準備を進めているのか、細かな手がかりから推理するのも楽しかったです。

 

「靴と手袋」・・・決まった道で必ず靴を履き替える女性と、勤務先の近くで必ず厚手の手袋をはめる女性。それぞれの殺害依頼を受けた富澤と知栄は、二人の挙動に引っかかりを覚える。さらに彼女達の身近には、出勤途中に必ずむき出しの札束をポケットに入れる女性まで存在し・・・・・

ここで初めて、富澤と知栄がニアミスします。各自の標的は、それぞれおかしな行動に走る女性二人。アプローチは違えど、きっちり真相に辿り着く殺し屋達の頭脳に拍手喝采です。今回は互いの存在をうっすら認知しただけの二人ですが、いずれ対立ないし共闘する日が来るのでしょうか。

 

富澤と知栄、主要登場人物は増えましたが、作風そのものは変わりません。二人とも殺し屋稼業に対していたってドライで、どんな真実が明らかになろうと、どんな事情が秘められていようと、個人的感情を抱くことは一切なし。データ入力でもするかのように、淡々と依頼を遂行します。こういうスタイルを受け入れられるか否かで評価が分かれそうですが、私のツボには刺さりました。三作目も楽しみです。

 

日常の謎と殺し屋稼業の絡め方が秀逸!度★★★★★

殺し屋二人の邂逅が楽しみなような怖いような・・・度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

     石持浅海さんの殺し屋シリーズですね。
     面白そうです。
     「双子が入れ替わる」は伊坂幸太郎さんの「フーガはユーガ」を思い出します。
     伊坂幸太郎さんのグラスホッパーとは少し違った視点で興味深いですが最近忙しくあまり読めていません。
     毒島刑事の最新作もやっと読み始めています。
     妻の両親が2人揃って入院して、仕事も忙しくなり公私ともに忙しくなりました。
     仕事はトラブル対応が多いので割と冷静に対応出来るようになりましたが、50代になったせいか疲れてます。

    1. ライオンまる より:

      お身内の一大事、さぞ大変だろうと思います。
      なぜかこういう時って、仕事でもプライベートでも慌ただしくなるんですよね。
      疲労回復には納豆や山芋のようなネバネバ食品、シャワーではなく入浴による血行促進が効きますよ。
      これからインフルエンザなども流行る時期ですし、くれぐれもご自愛ください。

      殺し屋シリーズ、安定の面白さでした。
      こちらは櫛木理宇さんの「骨と肉」「死蝋の匣」を続けて読了しました。
      内容は期待通りでしたが、さすがにこの作風を二作続けては重かった・・・
      口直しに、明るいコメディを読もうと思います。

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