はいくる

「変な家2」 雨穴

二〇二四年三月、映画『変な家』が公開されました。YouTubeの動画時代から雨穴さんの作品の大ファンだった私は、すっかりメジャーになって・・・と感無量。動画版があまりに完成されていたこともあり、ホラー寄りのアレンジがなされた映画版は賛否両論あるようですね。『変な家』の場合、<短編動画→後日談を付けて長編小説化→ホラー風の映画化>という順に進んできたので、余計に意見が分かれるのかもしれません。私としては、「動画や小説とは違うけど、独立した作品としては面白い!」という感じでした。

とはいえ、「雨穴さんの作品の持つじわじわこみ上げるような怖さは、大画面じゃ再現しきれない」と感じるファンも一定数いることでしょう。私自身、そういう気持ちが一切ないと言えば嘘になってしまいます。映画版に物足りなさを感じた時は、この作品がお勧めですよ。今回ご紹介するのは雨穴さん『変な家2』です。

 

こんな人におすすめ

家にまつわるサイコサスペンスが読みたい人

スポンサーリンク

どこにも繋がっていない行き止まりの廊下、あまりに異様な間取りの家屋で育まれた狂気、奇妙な仕掛けが施された水車小屋、少女が豪邸で見た冷ややかな悪意、不可解な教義を妄信するカルト教団、貧しい母子が閉じ込められたアパートの秘密、子ども時代に一度だけ現れた隠し部屋・・・・・ライター・雨穴のもとに集った、十一の奇妙な間取りの数々。それらを見た時、設計士の栗原は何を思うのか。大好評・間取りミステリーシリーズ第二弾

 

長編作品だった前作『変な家』に対し、本作は連作短編集。物語の性質上、一つ一つの話の中で謎がすべて解決するわけでなく、一部が最終章に持ち越される形になっています。「あ、短編集なんだ。じゃあ、ゆっくり一話ずつ読めばいいや」と思って読破するのに時間をかけると、細部を見逃してしまうかもしれません。細かな伏線が回収され、最後にまとまる構成が本当に見事なので、できれば一気読みすることをお勧めします。

 

「資料① 行先のない廊下」・・・亡母との間にわだかまりを抱える女性・弥生が、雨穴に相談にやって来る。曰く、弥生の母は娘への当たりがきつい一方、とても過保護な面があり、弥生のことを過剰なほど心配していたという。そんな一家がかつて住んでいた実家には、壁にぶち当たる、行き止まり状態の廊下があったそうで・・・・・

この話のみ動画化され、YouTubeで無料公開されています。内容は同じなものの、文章で読むのと動画を視聴するのとでは趣が違い、面白かったです。複雑な母娘関係と、奇妙な間取りの家という二つの要素の絡め方が絶妙!「今でも母のことが嫌い」「亡くなってから長い時間が経ったのだから、いつまでも嫌いなままでいたくない」という弥生の胸中が、なんとも切ない・・・

 

「資料② 闇をはぐくむ家」・・・特殊清掃業を生業とする男性が、雨穴に語る。以前、男性は、長男が実母・祖母・弟の三人を殺害した家の清掃を担当したことがあるらしい。「こんな家に長年住んでりゃ、気がおかしくなっても仕方ない」。そう嘆息する男性の真意とは?

以前、別の作家さんの著作でも、<住環境が人間の精神状態に影響を及ぼす><家を見れば、住人の心理が分かる>という描写がありました。もっともな話で、住み心地のいい家に住めば自然と気持ちも穏やかになるでしょう。その逆もまた然り。あまりに劣悪な家に住んだせいで家族関係が悪化し、追い詰められ、取返しのつかない一歩を踏み出した住人が哀れでした。人の部屋を突っ切らないと自分の部屋に入れない家なんて、絶対嫌!

 

「資料③ 林の中の水車小屋」・・・昭和初期の紀行文集を入手した雨穴は、そこに興味深い記述を発見する。とある地方で避暑中だった女性が、林の中で奇妙な水車小屋を見つけた時の話だ。小屋の中の部屋は、外観に比べてやたらと狭く、壁に謎の凹みまである。さらに、偶然見つけた隠し部屋には、メスのシラサギの死骸があって・・・・・

収録作品中、一番古い時代の話であるせいか、雰囲気も一番ミステリアス。物事を立体的にとらえるのが苦手な私は、この話の間取りを理解するのにちょっと時間がかかってしまいました。図解がたくさん掲載してあって、すごく有難かったです。それはそうと、人里離れた場所に建つ奇妙なからくり小屋にどんどん侵入するお嬢様、かなりの女傑では?

 

「資料④ ネズミ捕りの家」・・・若き経営者として辣腕を振るう女性・詩織には、中学時代、苦い記憶があるという。当時、詩織はクラスのリーダー格だった女生徒・ミツコと親しくなり、ミツコの家でお泊まり会を計画する。広々とした豪邸に住むのは、ミツコとミツコの祖母の二人だけ。翌日早朝、トイレに向かった詩織は、廊下でミツコの祖母と出くわして・・・・・

一番お気に入りのエピソードです。間取りのトリックもさることながら、そこに至るまでの同性同士の人間関係やカーストの描写が上手いんですよ。詩織が、人気者のミツコと仲良くなれたとウキウキする前半と、悲劇を経て歪んだ現在に至る後半との落差がインパクト抜群。今後、詩織に何らかの救いは訪れるのでしょうか。

 

「資料⑤ そこにあった事故物件」・・・長野県の某所に築二十六年の中古一軒家を購入したサラリーマン・平内。住み心地は快適なものの、ある時、自宅が事故物件マップに掲載されていることを知ってしまう。どうやら、八十年以上前、この場所で女性の遺体が発見されたらしい。当時、自宅家屋はまだ建てられていないから、きっと以前ここに建っていた建物での出来事なのだろう。とはいえ、あまり気持ちのいいものではない。気になった平内は、雨穴の協力のもと、事件について調べ始め・・・・・

「資料③ 林の中の水車小屋」との関わりが、はっきりとした形で出てきます。あちらは一昔前の出来事の話だったけど、なるほど、こう繋がるのねとしみじみ納得。終盤の築年数に関する記述は全然知らなかったので、「ほほう」と唸ってしまいました。どうでもいい話ですが、根っからの小心者である私は、自宅および自宅周辺の事故物件検索は絶対しません。もし何かあったら怖いじゃないですか。

 

「資料⑥ 再生の館」・・・かつて存在したカルト教団<再生のつどい>。すでに解散した教団で資料は乏しいものの、唯一、月刊誌に掲載された潜入レポート記事が現存している。不思議な形の神殿。左腕と右脚のない、<聖母様>と崇められる女性教祖。巨大な部屋にグループごとに集まり、ひたすら眠るだけという謎の修行。これらの光景をもとに、潜入した記者は一つの仮説を立てるのだが・・・・・

これまでの話は一個人や一家族の様子に重きが置かれていましたが、この話ではテイストが変わり、過去に存在したカルト教団の描写がメインです。「明らかにおかしいのだけど、明確な違法行為はない」という教団の描き方がなんとも不穏で、イヤミス好きの胸に刺さりました。この教団の設定は今後重要な要素となるので、しっかり覚えておいた方がいいですよ。

 

「資料⑦ おじさんの家」・・・九歳で死んだ少年が、亡くなる直前まで書いていた、あまりに悲しい日記。少年のもとには何度か<おじさん>が訪れ、家に招いてくれたらしい。<おじさん>の家は楽しいが、奇妙なものもいくつかあって・・・・・

子どもが犠牲になることもあり、後味の悪さは収録作品中で一番でしょう。日記の文章の拙さ、漢字の少なさが少年の幼さを表しているようで、胸糞悪くて仕方ありませんでした。おまけに、少年の味方であるはずの<おじさん>の様子もなんだか変。「家の秘密とかどうでもいいから、とにかくこの子を助けてやってよ!」という気分にさせられます。

 

「資料⑧ 部屋をつなぐ糸電話」・・・イラストレーターの女性・千恵が雨穴に対し、過去の悲劇について語り始める。千恵の父親はいい加減で軽薄な反面、行動力ある気配り上手。幼い千恵が一人で寝るのを怖がっていると、「パパの部屋と糸電話を繋ぐから、寝るまでお喋りしよう」と提案してくる。しばらく楽しいやり取りが続くも、ある日、隣家で火事が発生し・・・・・

妻にとってのダメ夫が、子どもにとっては意外と<面白いパパ>になるのは、ままある話。そのズレ具合が、事件の酷さと上手くマッチングしていました。さらにこの話は、「資料⑦ おじさんの家」と密接に関わっています。これってつまり、千恵の父親は・・・色々と考えられる可能性はありますが、やっぱりこいつはダメ男で決定!

 

「資料⑨ 殺人現場へ向かう足音」・・・千恵のかつての隣人であり、火事で両親と自宅を失った証券マン・松江。世間では母の焼身自殺の末の火事と思われているが、松江の見解は違う。松江は「あれは父の放火であり、母は殺された」と語り・・・・・

「資料⑧ 部屋をつなぐ糸電話」で出てくる家族の、隣りに住んでいた人物が語り手です。隣人同士、事件の捉え方や推理がまるで違うところがミソ。途中、雨穴がものすごくスリリングな思いをする場面もあり、なかなか印象的でした。ちなみに、本筋とは無関係ですが、動画に出てくる雨穴さんは白いお面に黒の全身タイツ姿。どんな怪異にでも無邪気かつ淡々と接するキャラクターです。奇天烈な風貌の雨穴さんが、この話でハラハラオタオタする姿を想像すると、かなりシュールですね。

 

「資料⑩ 逃げられないアパート」・・・居酒屋の名物女将として働く老女・明美は、若い頃、幼い息子とともに<置棟>と呼ばれるアパートで暮らしていた。そこは借金を抱えた女性が集まる売春宿で、逃亡防止のため、隣室の入居者同士が互いに監視し合っていたそうだ。明美の隣人はヤエコという女性で、大変な美女だったものの、事故の後遺症で左腕がなく・・・・・

今回出てくるのは一軒家ではなく集合住宅。住人は他人同士であり、逃亡防止のため互いの部屋が監視し合えるというところが重要な要素となっています。途中で出てくる<左腕のない女性>に、「あれ?この人って・・・」となった読者も多いのではないでしょうか。さらに、終盤で雨穴が感じた、一つの疑問。この疑問に対し、おぞましい仮説を立てる読者も少なくないでしょう。お願いだから外れてくれと願っていましたが・・・謎解きは最終章に持ち越されます。

 

「資料⑪ 一度だけ現れた部屋」・・・デザイナーの入間は、幼い頃、生家で奇妙な体験をした。ふと気づくと目の前に隠し扉があり、小さな部屋に入れたという。後日、どれだけ探しても、二度と隠し扉も小部屋も見つからなかった。今更だが、どうしてもあの部屋のことが気になる。もう一度探したい。入間に訴えかけられた雨穴は、共に入間の実家に向かい・・・・・

この話の入間の場合、他の話の語り手達と違い、家にまつわる苦い記憶があるわけではありません。隠し部屋を探す際も、どちらかといえばワクワク探検気分。その分、いざ隠し部屋を見つけた時の不気味さや不穏さが際立っていました。むしろ<子ども時代の白昼夢>で済ませた方が良かったのかも・・・・・

 

「栗原の推理」・・・雨穴から十一の<変な家>の資料を見せられた栗原は、ある仮設を組み立てる。「これらの話は、一つの核を中心に繋がっている」。栗原が語る恐ろしい推理と、浮かび上がる歪んだ愛憎劇。さらに、その奥に隠された悲しい真実とは、果たして・・・・・

満を持して名探偵・栗原さんが登場です。この推理パートはかなり長いのですが、あれよあれよと伏線が繋がる展開に、ノンストップで読んでしまいました。少々強引な面があるものの、そもそも本作は<物的証拠はなく、栗原さんが資料から推理する>という物語。むしろこの強引さが、『変な家シリーズ』の持ち味な気がします。いつも推理を栗原さんに任せている雨穴さんが、本作終盤では独力で隠された真実に辿り着いているところもポイント高いです。

 

前作『変な家』以上に子どもやお年寄りが犠牲になる場面が多く、正直、後味は悪いです。こういう後味の悪さが、イヤミス好き・ホラー好きの心をくすぐってくれるんですよね。雨穴さんは変にヒューマン路線に移行したりせず、今後もこの作風を貫いてほしいです。

 

各話の繋がり方が素晴らしい!度★★★★★

この救いのなさがクセになる度★★★★☆

スポンサーリンク

コメント

  1. しんくん より:

    早いですね。いつも新作がほぼ一番で借りられる図書館で22人待ちです。
     二度読み必死の複雑さがありそうです。
     変な家の映画は原作をどう表現しているのか~楽しみです。
     原作読んで映画観ると微妙にストーリーが変わっていてそれが面白くまた俳優さんが想像以上に役にピッタリハマって期待以上の時もあれば、ストーリーが完全に別方向に行ってがっかりすることもあります。
     中山七里さんの新作、2冊予約中です。
     静おばあちゃんシリーズの続編で孫の円が判事になっている作品とヒポクラテスシリーズの続編で楽しみです。

    1. ライオンまる より:

      重要な伏線の数が多いので多少複雑なものの、じっくり読み込むだけの価値はありますよ。
      実写化の場合、しっくりきた時の満足度が高い反面、残念な出来だった時のガッカリ度合は大きいですよね。
      私的実写化満足度ランキングは、一位が湊かなえさんの「告白」、二位が恩田陸さんの「木曜組曲」です。

      こちらは柚月裕子さんの新作を予約中ですが、少し出遅れたため、予約順位156番目です。
      いつ読めることやら・・・

コメントを残す

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください