はいくる

「遅刻して来た幽霊」 赤川次郎

何年、下手をすると何十年も前に読んだ作品のことが、急に気になり出す。再読したくてたまらなくなる。私にはこういうことが結構あります。何かきっかけがあったわけではなく、それこそ雷に打たれたかのように、「あ、あれがまた読みたい!」となるのですけど、あれってどういう思考回路なのでしょう?

こういう場合、一番困るのは、あまりに昔に読んだ作品だと作者名やタイトルが分からないケースがままあることです。あらすじをひたすらインターネットで検索しまくり、それらしい作品を見つけては、あれでもないこれでもないと悩むこともしばしば・・・今回取り上げる作品も、該当作を見つけるまでしばらくかかりました。赤川次郎さん『遅刻して来た幽霊』です。

 

こんな人におすすめ

現実味あるサスペンス短編集が読みたい人

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冷たい夫婦関係に悩む女に訪れた思わぬ再会、自殺した社員が遺した一言の行方、姦計を巡らす男が見た戦慄の光景、強い正義感が招いた予想外の人間模様、人の怪我を肩代わりする少女の正体、披露宴当日に死を選んだ女性の謎・・・・・都会の片隅で倦んでいく男女の悲喜劇を描くサスペンス短編集

 

赤川次郎さんは、とにかく多作な作家さん。おまけに私、同じく短編集である『遅れて来た客』と本作を勘違いしていたせいで、探し当てるまでものすごく時間がかかりました。無事に見つかって良かったです。

 

「静かな訪問者」・・・夫との冷めきった関係に悩む主婦・絹子。ある夜、絹子のもとに、夫から「来客があるから、自分が帰るまでもてなしてくれ」という電話が入る。ならば茶菓子でも用意せねば。絹子がテイクアウト販売もしているファミレスに向かうと、そこでかつての同級生・戸部と偶然出くわして・・・・・

序盤、絹子が自身に関心を無くした夫との仲を悩む様子と、戸部と再会して思い出話に興じる姿の対比が印象的で、「不幸な結末にならないでほしいな」と思いました。最後の逆転劇はなかなか皮肉が効いていますが、すべてを静かに受け入れる絹子を見るに、今後もきっと大丈夫でしょう。ラスト、映画の一シーンのようなやり取りが染み入ります。

 

「遅刻して来た幽霊」・・・一人の新入社員が<この恨みは、死んでも必ず残る>という遺書を遺して自殺した。程なくして、その上司である課長も後を追うように自殺する。二人の死に何か関連はあるのか。引っかかりを覚えた仲良しOLコンビは独自に調査を始め・・・

赤川次郎さんのミステリーには探偵コンビがよく出てきますが、ハキハキ行動派のワトスン役&おっとり控え目なホームズ役という設定は珍しい気がします。この二人の明るさが、事件の陰湿さをうまく中和してくれていました。翻訳業務を担うOLが、辞書首っ引きで英文を和訳するというシーンに時代を感じます。

 

「本物の朝」・・・思いがけず名家の令嬢との結婚話が舞い込み、有頂天の寺田。明日は結婚に向けての大事な話し合いがあるため、絶対に遅刻できない。しかし、寺田は朝が大の苦手だ。そこで、手頃な遊び相手・保代の家に泊まり、朝起こしてもらおうと考えるのだが・・・

身勝手な悪党が自業自得で破滅する話は大好物・・・なのですが、この話の場合、寺田以外の人間も不幸になっているので、ひたすら救われないです。いっそ徹夜するくらいの気概を見せれば、ここまでのことにはならなかったかもしれないのに。あと、このトリック、かなり意表を衝かれたのですが、現代では成立しにくいかもな。

 

「誉れの日」・・・六十歳を迎える向井の自慢は、持ち前の正義感の強さだ。その正義感を活かし、今まで何度も警察に表彰されてきた。そんな向井だが、最近、高校生の娘に彼氏ができたことが気に入らない。どうにか別れさせようと目論むも一蹴され、苛立ちは募るばかり。我慢の限界を迎え、娘の彼氏を罠にはめてやろうとするのだが・・・・・

こういう、自分の正義が絶対と感じる人って、現実にも一定数存在します。おまけにこの主人公の場合、自分の暴言は棚に上げ、娘の彼氏が冷静なことに苛立って罠を仕掛けるのですから、タチが悪いことこの上なし。ただ、最後の展開を見るに、自分を省みる心は少し残っていたようなので、これから改善してほしいです。それにしてもこの彼氏、カッコ良すぎる!

 

「相似形の明日」・・・交通事故に遭うも、なぜか無傷だった女学生・晴子。その後、クラスに博子という少女が転校してくるが、なんと博子は晴子が事故で負うはずだった場所に怪我をしていた。不思議なことに、博子は晴子の怪我を肩代わりしているらしく・・・

収録作品中唯一のホラーです。<主人公に降りかかる災いを肩代わりしてくれるアイテム>というのは、ホラーやファンタジーの世界では割とある話。ですがこの話の場合、肩代わりしてくれる相手はアイテムではなくティーンエイジャーの少女であり、主人公にはなぜそんな現象が起きるのかさっぱり分からないというところが印象的でした。ラストの一言は、色々と解釈の余地が生まれそうです。

 

「幕間に死す」・・・余命宣告を受けた資産家・倉科は、生涯最大の苦悩を晴らすため、古い知人達を集める。二十年前、倉科の妻は披露宴当日に自殺した。なぜ彼女は死んだのか。この中の誰かが、謎の答えを知っているはず。一同は事件当日を再現してみることにするのだが・・・・・

閉ざされた舞台設定といい、次々浮かび上がる登場人物達の人間模様といい、劇にしても良さそうなミステリーでした。こういう古典的な物語って、定期的に必ず摂取したくなっちゃいます。最後、倉科も知らない真相が読者にだけ分かるという構成も、雰囲気たっぷりで◎!

 

赤川次郎さんのノンシリーズ短編、大好きなんですが、最近は長編やシリーズ作品の刊行が続いている様子。もちろんそれらも面白いものの、ここら辺で後味の悪いイヤミス短編集が読みたいです。実家の本棚には過去の作品がまだあるから、ひとまずそこを探ってみようかな。

 

読後感良くないのに読みやすい度★★★★★

地に足のついたブラックさ度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

     赤川次郎さんの作品は二時間ドラマでよく観ていたので読みやすく内容も親しみやすいですがあまり読みませんでした。
     ソフトなイメージでどこかコミカルな展開で時代に上手く合わせるセンスが凄いと感じます。
     まさに現実味のあるサスペンスで面白そうです。
     これは読んでみたくなりました。

    1. ライオンまる より:

      この平易さ、柔らかさ、読みやすさが赤川次郎さん最大の魅力だと思います。
      「猫が探偵役を務める」等、なかなかに奇抜な設定の作品もありますが、本作はリアリティたっぷりでした。
      一部、後味の悪い話もあるものの、それはそれで面白かったです。

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