当たり前の話ですが、図書館で本を予約した場合、その本がいつ手元に届くか事前には分かりません。特に予約者が大勢いるような人気作となると、順番が回ってくるタイミングは予測不可能。時には、予約本が複数まとめて届いてしまい、返却日を気にしつつ大慌てで読む羽目に陥ったりします。人気作は図書館側の購入冊数も多いため、意外とさくさく順番が進むのかもしれませんね。
逆に、待てども暮らせども予約本が一冊も届かないこともままあります。なぜか「今なら大長編だろうと読む余裕あるのに!」という時に限って、どの本も全然順番が回ってこなかったりするんですよ。最近、そういう状況が続いてモチベーション下がり気味だったので、この本が届いた時は嬉しかったです。近藤史恵さんの『ホテル・カイザリン』です。
こんな人におすすめ
イヤミス多めの短編集が読みたい人
降霊会で暴かれる悲劇の真相、挫折を経た女性がフランスで見つけた幸福の形、異国の菓子を通じて踏み出す再生の一歩、時を経て襲いくる幼少期の罪の代償、一人暮らしを始めた女性を悩ます騒音の正体、孤独な女性が心待ちにする逢瀬の顛末、孤独を強いられる一族の哀しい運命、妻に去られた男が直面する残酷な現実・・・・・近藤史恵が贈る、八つの真実を描いた短編小説集
レビューサイト等で同じ意見がちらほらありましたが、本作のタイトルを見た時、「『ホテル・ピーベリー』のような、一つのホテルを舞台にした作品なのかな」と予想していました。蓋を開けてみたら、ホテルが登場するのは収録作品の一話のみ。過去の短編集『ダークルーム』を彷彿とさせる、苦い読後感の話が多いことが特徴です。途中にいくつか後味爽やかな話も挟まれているので、口直しもできますよ。
「降霊会」・・・幼馴染の砂美が学園祭で降霊会をやると知り、驚く主人公。オカルトなんてまるで興味のない砂美が、なぜ?興味本位で覗いてみると、降霊会はそれなりに盛り上がっている様子。だが、帰り道に見た光景で、主人公は降霊会の真の目的を知ってしまい・・・
学園祭で盛り上がる高校生達の賑やかさと、明かされた真相の残酷さのギャップが凄かったです。善意が悲劇のきっかけになるだなんて、考えれば考えるほどやるせないですね。本作の収録作品は、基本的に嫌な奴が痛い目に遭う展開が多いのですが、この話の諸悪の根源は特にペナルティを受けておらず、なんとも後味悪かったです。
「金色の風」・・・子どもの頃から打ち込んできたバレエの道を諦めた主人公は、語学留学という名目でフランスにやって来る。そこで偶然知り合った、ゴールデンレトリバーのベガと、飼い主のアンナ。徐々に打ち解けてきたアンナに、主人公はバレエと、自分と違ってバレエダンサーの道を邁進していく妹への複雑な思いを吐露する。そんなある日、アンナが突然主人公の家を訪れて・・・・・
前の話の嫌な読後感を吹き飛ばす、前向きで清々しい話です。妹の存在が出てきた時、てっきり姉妹で確執があるかと思いきや、素直ないい子っぽいし姉妹仲も結構良さそう。この手の話の姉妹はどろどろしがちなので、ちょっと意外でした。妹と険悪になれないからこそ、逆に主人公もため込んじゃったのかな。「ここを越えれば、また幸福を感じる時間がやって来る」。至言だと思います。
「迷宮の松露」・・・過酷な労働で心身を病み、リフレッシュのためモロッコを訪れた主人公。頭に浮かぶのは、幼い頃、一緒に暮らしていた祖母のことだ。いつも美しく、上品で、女優のように洗練されていた祖母。あんな風に生きたかったのに、理想とまるで違う自分の人生に、主人公は落ち込む。そんな時、主人公は迷子になった日本人夫婦と出会い・・・
モロッコの風景と、主人公にとって大事な記憶である和菓子の描写が、不思議なくらい調和していました。これは勝手なイメージですが、イスラム圏のスイーツと和菓子って、甘さや触感のねっとりした感じが似ている気がします。作中で大事な働きをするデーツ、美容にもいいし、私も大好きなんですよ。異国で大事なことに気付けた主人公が、また新たな一歩を踏み出せそうで安心しました。
「甘い生活」・・・主人公の秘かな愉しみ。それは、他人が大事にしているものを手に入れることだ。ある日、部屋の片付け中に綺麗なボールペンを見つけた主人公は、それが小学校時代、友達の沙苗からこっそり盗んだものだと思い出す。とはいえ、もうとっくに時効だろう。主人公は何の気なしにボールペンの写真を撮り、SNSにアップするのだが・・・
人が大事にしているものはきらきら輝いて見える。こういう心理自体は、多かれ少なかれ誰しも持つと思います。ですが、そこで人の物を奪おうとするのは言語道断。主人公の場合、親もきちんとした人みたいなのに、どうしてこうなっちゃったのかね。末路は悲惨ですが、これまでがこれまでなので、妙にスッキリしちゃいました。
「未事故物件」・・・憧れだった一人暮らし生活を始め、主人公の胸は高鳴りっぱなし。生活にはどうにか慣れたものの、唯一、午前様に階上の住人が洗濯機を回すことが悩みの種だ。騒音のせいで眠れず、堪りかねた主人公が不動産会社に伝えると、「上は空室だ」という返答が返ってきて・・・
てっきりホラーかと思いきや、最後は現実的なサイコサスペンス路線でまとまり、予想とは違う形でゾワッとさせられました。睡眠不足って人の精神力を容赦なく削いでいくし、こういうことも十分あり得るよなぁ・・・主人公がちゃんと判断力を働かせられたこと、近くに助言してくれる人がいたことに救われました。
「ホテル・カイザリン」・・・金で買われて始まった、年の離れた夫との乾いた結婚生活。人生に倦んだ主人公の気晴らしは、月に一度、ホテル・カイザリンを一人で訪れて静かな時を過ごすことだ。ある時、同じく一人で滞在していた未亡人・愁子と親しくなり、毎月ここで一緒に食事しようと約束する。愁子とのひと時を励みに日々を過ごす主人公だが、約束を果たせなくなる出来事が起きてしまい・・・・・
表題作なだけあって、インパクトは収録作品中一番大きかったです。俗世の騒がしさを感じさせないクラシカルなホテルで過ごす、二人の女。短い描写ながら、主人公がどれだけそのひと時を大事にしているかが伝わってくる分、ラストの展開はやり切れなくて・・・いつか、主人公と愁子が、再び向かい合える日は来るのでしょうか。
「孤独の谷」・・・大学で文化人類学の講師を務める主人公のもとを、美希という女生徒が訪ねてくる。曰く、美希が育った土地には「この地で人が不審死した場合、住民は夫婦も親子も全員縁を切り、ばらばらになって別の場所に移らなければならない」という言い伝えがあるという。実際、美希の父親の死をきっかけに身内は離散、今はそれぞれ別の国に住んでいるのだそうだ。半信半疑ながら、主人公は美希の家族について調べ始めるが・・・
収録作品中唯一、ホラーの雰囲気が漂う話です。とはいえ、感じるのは怖さというより物悲しさ。本当にこんな病気?呪い?があるとしたら、どれほど寂しい人生でしょうか。恐らく自身の運命を悟りつつ、主人公の来訪を受け入れた関係者の気持ち、分かる気がします。真相が分かってみると、めちゃくちゃなアラビア語で書かれた「愛している」のメッセージが切ない・・・
「老いた犬のように」・・・心から愛していた妻に去られ、鬱々とした日々を送る作家の主人公。優しく思いやりがあると思っていた妻が、最後には金の話しかしなかったことも、主人公にとってショックだった。そんなある日、主人公は自身のファンを名乗る南風という女性と会う。南風もまた作家志望らしく、主人公はなりゆきで彼女の作品を批評してやると約束するのだが・・・・・
無自覚モラハラ夫の心理ってこんな感じなのかと、むかっ腹立ちまくりでした。なーにーがー「妻は思っていたような女性ではなかった」じゃ!救いは、元妻がモラハラ夫から逃げ出す行動力を持っていたことと、主人公が自分の人生の惨めさに気付いたことでしょうか。今後はせめて、自分を省みることができる人間になるよう願います。
粒揃いの短編集でしたが、唯一、注意すべき点があるとすれば、収録作品がすべて別のアンソロジーに掲載済みということでしょう。レベルの高い物語は何度読んでも面白いとはいえ、新作だと期待していると、がっかりしてしまうかもしれません。気になる方は、収録作品及び初出アンソロジーのタイトルをチェックしてから読むことをお勧めします。
イヤミスが多いのでお気をつけて度★★★★☆
表紙のホテルがすごく素敵!度★★★★★
自宅がある市内の図書館は人口が多いこともありかなり待たされて予約したはずなのに登録されていないことすらありました。
会社の所在地のある図書館は東野圭吾さんの最新作も予約したら購入すらされていないらしく1週間で届いて一番目に読めました。
ホテル・カイザリンは掲載された作品ばかりと聞きましたがどれも初読みでした。
なかなかのイヤミスが強くホテル ピーベリーとは正反対のインパクトがありました。
先ほど読み終えた逢坂冬馬の「歌われなかった海賊へ」は深緑野分さんの「ベルリンは晴れているか」に似ていると感じました。
「同士よ、敵を撃て」は読まれましたか。
最近、深緑野分さんは「戦場のコック」「オーブランの少女」のような作品が出ないので日本人の書いた海外を舞台にした作品に読み応えを感じました。
海外の作品で読んだのは「ザリガニの鳴くところ」ぐらいです。
登録されていないのはガッカリですが、一番目に読めるのは羨ましい!
東野圭吾さんや宮部みゆきさんクラスの人気作家となると、私の前に百人以上待っていることがザラです。
「同志~」は読了し、読み応えたっぷりの内容に感銘を受けました。
「歌われなかった~」はまだ図書館に入っていないのですが、いざ入庫したら、これもまた相当待たされそうだなぁ・・・