はいくる

「感染夢」 明野照葉

寝ている間に見る<夢>は、とても不思議な存在です。体は寝ていて脳は覚醒している<レム睡眠>中に多く見られる現象で、時として五感を伴い、無自覚の願望や記憶が表れることもある・・・と言われているものの、正確なメカニズムは今なお不明。その神秘性から、古今東西、「夢で未来を予知した」「夢の中でお告げを受けた」等のエピソードも数えきれないほど存在します。

それだけ謎の多い現象なだけあって、多くのクリエイター達が自作のテーマとして夢を取り上げてきました。洋画『エルム街の悪夢シリーズ』には夢で殺戮を繰り広げる殺人鬼・フレディが登場しますし、ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』はヒロイン・アリスが見る夢の中の物語です。夢という存在のミステリアスさは、特にファンタジーやホラーのジャンルに映えますね。今回ご紹介するのは、夢が重要な役割を果たすホラー小説、明野照葉さん『感染夢』です。

 

こんな人におすすめ

夢をテーマにしたサスペンスホラーが読みたい人

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その女からは逃げられない---――従兄弟が妻子を殺した末に自殺した。公私ともに順風満帆で、幸せそのものだったはずの彼が、なぜ?困惑する主人公・隼人は、従兄弟が生前、繰り返し同じ悪夢を見て苦しんでいたことを知る。間もなく、従兄弟が見ていたものとまったく同じ悪夢を見るようになる隼人。さらに、恋人の理恵子も同じ悪夢を見始める。これは一体どういうことなのか。まさか、この悪夢が伝染しているのか。その鍵は、従兄弟の葬儀後、隼人の隣家に引っ越してきた謎の女が握っているようなのだが・・・・・止めどなく広がる悪夢の連鎖を描くサスペンスホラー長編

 

明野照葉さんは『汝の名』『契約』といった、女性心理の闇を描いたイヤミスが有名です。その一方、『輪廻』『棲家』等々、がっちがちのホラーも執筆されています。本作は後者の代表ともいえるホラー作品。どこか『リング』を彷彿とさせる、ジャパニーズホラーの真髄を堪能できました。

 

主人公・隼人のもとに、従兄弟が無理心中を遂げたという知らせが届きます。仕事でも家庭でも何一つトラブルなく、皆に好かれていた彼に、一体何があったのか。どうやら従兄弟は繰り返し見る悪夢のせいでノイローゼ気味だったと分かり、隼人はショックを抑えきれません。やがて、隼人も、その恋人の理恵子も、従兄弟と同じく悪夢を見るようになりました。時同じくして、隼人の隣の部屋に、香菜子という女性が引っ越してきます。実は、隼人は香菜子のことを、従兄弟の葬儀の場で見かけたことがあったのです。関係者達の間に次々と広まっていく悪夢の連鎖。その真相は、遥か昔、とある山村で起きた惨劇に繋がっていて・・・・果たして隼人達は、この悪夢から逃れることができるのでしょうか。

 

前述した通り、本作の雰囲気は鈴木光司さんの『リング』を思わせる、正統派ジャパニーズホラーです。ここはあっさり分かることなので書いてしまいますが、作中で悪夢を見る人間はすべて、かつて九州某所に存在した山村の住民の子孫です。そこで大昔に悲劇が起き、犠牲者が怨霊化。自身を踏みにじった人間達の子孫を祟っていたというのが、悪夢の真相でした。先祖の行いのせいで祟り殺されるなんて、一体どう回避すりゃいいんだよ!?という理不尽さが、まさに日本の怪談そのもの。後半、怪異と渡り合える能力者も登場しますが、あくまで相手を抑えて現状打破するのみで、根絶できるわけではありません。こういう湿っぽさ(褒め言葉)、実にイイですね。澤村伊智さん『比嘉姉妹シリーズ』のような怪異との大バトルも面白いけれど、本作のような陰陰滅滅とした感じも捨てがたいです。

 

加えて、ものすごく怪し気に登場する女性・香菜子視点の章が挟まっている点も印象的でした。ホラー小説でこういうポジションにいる人物って、内面描写がなかったり、あってもクライマックスだけだったりするパターンが多い気がしますが、香菜子は主人公・隼人と並行して背景が語られます。生活し、仕事をし、勤務先でのあれこれまでしっかり描かれるのですから、なかなか珍しいケースではないでしょうか。隼人視点ではひたすら不気味で、従兄弟の無理心中事件に関わっているのではと疑われる香菜子ですが、果たして・・・?この辺りの描写と、夢というモヤモヤふわふわした現象がうまくマッチングしていたと思います。

 

注意点としては、明野作品あるあるとして、明確なオチがなく、一部の謎・懸念事項が残ったままというところでしょう。私は、特にホラーではこういう描き方が好きなので問題ナシですが、消化不良と感じる方も一定数いるかもしれません。でも、こういう曖昧さと、ジャパニーズホラーの不穏さって、びっくりするくらいハマると思います。

 

王道中の王道を行くジャパニーズホラー!度★★★★★

怨霊のキャラ造形が上手い度★★★★☆

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コメント

  1. しんくん より:

     明野照葉さんは「契約」しか読んでいませんが、逃げ道を塞ぐホラーの設定はかなり重たそうです。
     日常を突き落とす悪夢、負の連鎖。
     「近畿地方のある場所について」に近いイメージです。
     「リング」のように悪霊の連鎖でそれに対抗する能力者まで登場しても防ぎきれず悪夢から逃れられるのか。
     「近畿地方のある場所について」は菅野美穂さんと赤楚君が出演しているので原作では理解出来なかったこと、イマイチだったと思う内容にも新しい発見がありそうで映画を観たいと思いますが「ジュラシック・パーク」の新作も観たい。
     お盆休みにどちらか観ようと思います。
     夏の甲子園大会、滋賀県の綾羽高校負けましたが良い試合でした。
     家から近いので応援してました。
     大学生の頃、北九州市に住んでいたころ、東筑高校が出場した時も応援してました。近くの高校は出場するのは嬉しいです。
     中山七里さんの「パンクハザードへようこそ」借りてきました。
     

    1. ライオンまる より:

      明野照葉さんのホラーは、昨今の謎解き要素のあるホラーとはちょっと違い、怪異が理屈もへったくれもなく恐怖をまき散らす展開が多いです。
      モヤモヤと後味の悪いラストを迎えるケースも結構あり、そういう意味で「近畿地方~」に近いかもしれません。
      映画も楽しみですね。
      私は最近、劇場版「鬼滅の刃」を見に行きましたが、原作ほぼ未履修にも関わらず、予想以上に面白かったです。

      高校野球、盛り上がっていますね。
      私は同じ九州人ということで、西日本短大付を応援しています。
      こちらは長江俊和さん『出版禁止シリーズ』の最新刊「女優 真里亜」が届きました。
      今後はしばらく予約本到着がない気配なので、再読ラッシュが続きそうです。

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