はいくる

「息がとまるほど」 唯川恵

有難いことに、実家には今なお私の部屋が残っています。昔、私が使っていた日用品の類も、状態の良い物はそのまま保管してくれています。実家を離れてずいぶん経つのに、まだ部屋を残してもらえるなんて、少し照れくさくも嬉しいものです。

そんな私の帰省中のお楽しみ。それは、実家の部屋に並んでいる本を読み返すことです。何度も何度も繰り返し読んだ作品ばかりで、別に目新しいわけではありませんが、読むたびにちゃんと面白いのだから不思議ですね。前回の帰省時には、この作品を再読しました。唯川恵さん『息がとまるほど』です。

 

こんな人におすすめ

背筋がゾクッとするような恋愛短編小説集に興味がある人

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結婚前に不倫相手と円満に別れようとする女の運命、野心を持って夜の世界を生き抜くホステスの誤算、略奪愛の末の結婚生活に倦んでいく主婦の火遊び、美貌を誇る女性にまとわりつく悪意の正体、成功したエリート女性が直面する冷たい現実、ままならない人生を生きるOLの意趣返しの行方、年に一度の逢瀬を心待ちにする女の述懐、対照的な姉妹が抱えた愛憎の結末・・・・・愛とは、情とは、これほど濃く黒いものなのか。人間の心の闇の深さを描き切る、傑作恋愛短編小説集

 

『愛に似たもの』『天に堕ちる』と同系統の、仄暗くうすら寒い雰囲気の短編集です。確かこれ、二〇〇九年に刊行されてすぐ買ったので、もう十五年近く、定期的に読み返し続けているんですよ。それでも飽きを感じさせないのだから、つくづく作家さんって偉大だなと思います。

 

「無邪気な悪魔」・・・誠実な同僚と恋人関係を築きつつ、上司とも不倫している朋絵。恋人と結婚話が出たことをきっかけに、上司との仲を綺麗に清算しようと考える。だが、上司との別れ話の現場に、会社の後輩が偶然居合わせてしまい・・・・・

予想外の所からドツボにハマってしまった朋絵は哀れと言えば哀れ。でも、考えてみれば、朋絵が遊び半分で不倫していたことは事実ですしね。こうなってしまうのも自業自得と言えるかもしれません。というか、主要登場人物ほぼ全員が節操なしだったわけですが、これから彼らの人間関係はどうなってしまうのでしょう?

 

「ささやかな誤算」・・・ホステスの珠子は、パトロンからの援助を得て、今の店から独立することを計画中。そんなある日、ひょんなことから、新人ホステス・サキエの面倒を見ることになる。サキエは田舎臭いながらも可愛げのある素直な子で、ホステスとしてのスキルも上々だ。自分の店に引っ張っていけば、きっと頼れる戦力になる。そう確信する珠子だが・・・・・

目論見が外れて痛い目に遭う主人公、という意味では、第一話と同様です。ただ、ゲーム感覚で不倫していた第一話の朋絵に対し、この話の珠子はプロのホステス。駆け引きや作戦があって当然の立場なわけですから、まだ罪は軽い気がします。幸い、へこたれてはいないようなので、頑張って再起してほしいです。あとこのサキエのキャラ、反感は買うだろうけど、嫌いじゃありません。

 

「蒼ざめた夜」・・・バツ2の男と略奪愛の果てに結婚するも、心身共に孤独な日々を送る早紀。夫はもはや早紀に関心を失い、家政婦以下の扱いだ。ある時、早紀はバーでたまたま知り合った男に「独身だ」と告げ、そのまま不倫関係に陥るのだが・・・・・

不倫でバツ2になった男が、自分には誠実でいてくれると信じられるのって一体なぜ・・・?略奪婚したという過去と、女友達からの扱いを見るに、早紀もけっこういい性格しているように思えます。今回の仕打ちはショックだろうけど、因果応報と言えば因果応報。人生に張りを取り戻したいなら、離婚して一からやり直した方がいいと思うけどなぁ。

 

「女友達」・・・浅子は子どもの頃から人目を引く美貌の持ち主。周囲に釣り合う男がいないため、今は結婚相談所で婚活中だ。どうしてこんな美しい私に似合う男がいないのか。どうして会社のダサい後輩達から、「いくら美人でもイタいおばさん」扱いされなくてはならないのか。鬱屈したものを抱える浅子を、幼馴染でメル友の佐知は無邪気に賞賛し・・・

自分の美しさを鼻にかけ、内心で周囲を見下す浅子は、決して心優しい人間ではないかもしれません。ただ、これまでの話の主人公達と比べると、あくまで胸の中で人を馬鹿にしているだけで、人を騙したり陥れたりしているわけじゃないんですよね。このままどんどんドツボにハマっていく様子が想像できて、なんだかもの悲しさを感じます。それにしても、にこやかに取り繕われた悪意って怖いよぉ・・・

 

「残月」・・・美貌、仕事、経済力のあるパトロン。すべて手に入れた諒子は、目下、仕事で知り合った若いサラリーマンを意識している。恋人がいるようだが、あんな小娘、敵ではない。少しずつ彼と近づき、ある夜、ついに自宅に招くことに成功するのだが・・・

本作に登場する主人公達は全員それなりに痛い目に遭いますが、中ではこの話の諒子の傷が一番浅いかな。仕事は順調、若々しくて美しく、援助してくれるパトロンもいる。今回の件で自尊心は傷ついただろうけど、大勢の前で恥をかかされたわけじゃないし、きっと復活できるでしょう。中盤まで、諒子の傲慢さがちょっと鼻についたので、このラストはむしろ後味良いと思っちゃいました。

 

「雨に惑う」・・・アラフォーOL・依子の毎日には、何一つ楽しいことがない。職場では後輩OLから嫌がらせを受け、身内からは頼んでもいない縁談を持ちかけられる。ある日、ふとしたことで一人の女の後をつけてみた依子は、その女が立派な家と恋人を持つ上、名前が自分と同じ<ヨリコ>だと知ってショックを受け・・・・・

職場では嫌がらせをされ、親戚からは嫁き遅れ扱いされる依子の人生は、さぞ辛いのだろうと思います。ただ、赤の他人への迷惑行為に走るとなると、同情票が一気に少なくなるよなぁ。最後はちょっとホラー?ファンタジー?決意を胸に秘めた依子がどんな行動に出るのか、すごく気になります。

 

「一夜まで」・・・良妻賢母として生きる波子の一年に一度の愉しみ。それは、かつての家庭教師と一晩だけ一緒に過ごすことだ。そんな日々の中、身内の行事に参加した波子は、今は亡き母のことを思い出す。実は母もまた、決して誰にも明かせない秘密を抱えていて・・・

他の収録作品にもたびたび登場する<不倫>がキーワードとなった話です。この話の場合、主人公だけでなく、その亡母の過去にも触れてあるところがミソ。どう考えても、誰にとってもハッピーエンドにはならなさそうな逢瀬を年に一度だけ繰り返す母と娘・・・主人公が家庭に不満があるわけではなく、普段は夫や子どもと円満に過ごしているところが、逆に寒々しく感じました。

 

「あね、いもうと」・・・双子の妹・敬子の結婚式に参加した礼子は、なんと新郎が失踪してしまったと知る。トラブルメーカーだった自分と違い、昔から真面目で大人しかった敬子。まさか敬子が、こんなトラブルに巻き込まれるなんて。打ちのめされる敬子に代わり、新郎の行方を探ろうとする礼子だが・・・・・

こういうダーク寄りの作品で姉妹が登場した場合、確執があるのがお約束。ですがこの話の場合、礼子と敬子は仲が良く、互いに労わり合っています。でも絶対落とし穴があるんだろうなと思っていたら・・・そっちかーい!ラスト、妙に清々しく寄り添う姉妹の姿にゾッとさせられました。

 

いわゆる<オチを考察する>系の話がなく、どの話の結末も分かりやすいので、モヤモヤせず読み終えることができました。最終話のみ、ホラー色が強いので、そういう話が苦手な方は用心した方がいいかもしれません。

 

強すぎる欲望は不幸を招く度★★★★☆

自分と似た主人公が絶対いる度★★★★★

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コメント

  1. しんくん より:

     図書館で見た作品です。
     唯川恵さんのホラーは「テティスの逆鱗」のようなイメージです。
     イヤミスとホラーを合わせたような内容は興味深いです。
     最近読んだ三津田信三さん、澤村伊智さんなどホラー作家が集った7人の怪談は意味がイマイチよく理解出来ませんでした。
     ホラーをあまり読まないから理解出来ていないのか?と感じました。

    1. ライオンまる より:

      「テティスの逆鱗」をはじめ、唯川さんのイヤミスはサイコホラーはインパクト抜群なんですよね。
      派手な連続殺人も超人的なモンスターも出てこないにも関わらず、背筋がゾッとしちゃいます。
      三津田信三さんや澤村伊智さんの作品(特に短編)は、純度100%の「怪談」であることがしばしば。
      謎解きもオチも何もなく「不気味な目に遭いました。怖かったね」で終わることも珍しくないので、好き嫌いが分かれると思います。
      私はそういうモヤモヤ感が好きなので、「七人の怪談」も図書館で予約順番待ち中です。

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