な行

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「境界線」 中山七里

フィクションの世界においては、しばしば、登場シーンはわずかにも関わらず存在感を発揮するキャラクターがいます。こういったキャラクターで私が真っ先に思いつくのは、西澤保彦さん『仔羊たちの聖夜』に登場する事件関係者の弟・英生さん(分かる方、います?)。出てくるのはたった数ページなものの、明晰な言動といい、<肉体的にも精神的にもぜい肉をそぎ落としたようなストイックな凄みがある>容姿といい、やたら印象的なんですよ。私はちょっと影のあるキャラに惹かれてしまいがちなので、「いつか別作品の主要登場人物になってくれないかな」と今でも思っています。

こうした脇役にスポットライトを当てる作風で有名なのは、当ブログでもお馴染みの中山七里さんです。『さよならドビュッシー』の序盤で死亡する香月玄太郎は『要介護探偵の事件簿』『静おばあちゃんと要介護探偵シリーズ』でメインキャラになっていますし、中山作品のあちこちでちらほら顔見せする総理大臣・真垣は『総理にされた男』の主役です。主役と脇役、立ち位置が変わることで視点も変わり、かつては分からなかった背景などを垣間見ることができてとても面白いですよね。この作品では、他作品では脇役だったある人物の意外な過去を知ることができました。中山七里さん『境界線』です。

 

こんな人におすすめ

・戸籍売買が絡んだ作品に興味がある人

・東日本大震災を扱ったヒューマンドラマが読みたい人

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「トゥインクル・ボーイ」 乃南アサ

サスペンスやホラーにおける子どもの役割は、大抵二分されます。登場人物達に未来や希望を感じさせる清涼剤的存在か、子ども特有の残酷さや凶暴さを発揮する恐怖の対象か。どちらも面白いですが、イヤミス大好きな私としては、後者の子どもに惹かれてしまいます。

とはいえ、いつもいつも映画『オーメン』のダミアンのように超自然的な力で大人を殺害していく子どもばかりでは食傷してしまうというもの。冷酷さや大胆さだけでなく、幼稚さや浅はかさがあってこその子どもです。そんな子どもの恐ろしさを描いた作品といえばこれ、乃南アサさん『トゥインクル・ボーイ』です。

 

こんな人におすすめ

子どもが抱える闇をテーマにした短編集が読みたい人

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「プリズム」 貫井徳郎

<ノックスの十戒>というものをご存知でしょうか。イギリスの作家・ノックスが考案した、推理小説を書く上での十個のルールです。半ばジョークとして作られたものらしく、十戒を破った推理小説もたくさん存在しますが、けっこう面白いのでチェックしてみる価値ありますよ。

<探偵は超能力を使って推理してはならない><未知のテクノロジーを犯行に用いてはならない>等々、ほほうと頷かされる文言が並ぶ十戒の中、トップを飾るのは<犯人は物語の中に登場していなければならない>というルールです。上記の通り、十戒を破った推理小説は数多くあれど、これを破った作品は少ないのではないでしょうか(皆無じゃないですが)。ただ、<間違いなく犯人は作中にいるんだけど、結局判明しないままだった>という作品は一定数あります。そんな作品が面白いはずないって?でしたら、これを読んでみたら考えが変わるかもしれません。貫井徳郎さん『プリズム』です。

 

こんな人におすすめ

<藪の中>状態の推理小説が読みたい人

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「ビネツ」 永井するみ

人間が一番無防備になる時、それは肌を見せる瞬間だと思います。それゆえ、基本的に着替えは人目につかない場所で行うものですし、捕虜やスパイに対する精神的拷問として、裸で行動させるというものもあるのだとか。すべての服を取り払って裸になるという行為は、それだけ禁忌だという意識が強いのでしょう。

しかし、時に人は、わざわざお金を払ってまで人前に肌を晒すことがあります。それは、エステサロンに行く時です。場合によっては全裸になってマッサージや脱毛処理をしてもらうわけですから、理解できない人にとってはもはや苦行の域かもしれません。ですが、そのために大枚をはたく人達がいることもまた事実。今回取り上げるのは、エステを舞台に繰り広げられる人間の欲望劇を描いた作品です。永井するみさん『ビネツ』です。

 

こんな人におすすめ

美容業界での愛憎劇に興味がある人

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「隣はシリアルキラー」 中山七里

<シリアルキラー>という言葉が使われ出したのは、一九八四年、捜査関係者がアメリカの連続殺人鬼テッド・バンディを指して言ったことが始まりだそうです。意味は、何らかの心理的欲求のもと、長期間に渡って殺人を繰り返す連続殺人犯のこと。<serial=続きの>という言葉が示す通り、複数の犠牲者を出すことがシリアルキラーの定義とされています。

シリアルキラーが小説に登場するパターンとして一番多いのは、<犯行を繰り返す殺人鬼vs犯人と戦う善人>ではないでしょうか。トマス・ハリスの『羊たちの沈黙』はこの典型的なケースですし、貴志祐介さんの『悪の教典』や宮部みゆきさんの『模倣犯』などもこれに当たります。今回取り上げる作品もそのパターン・・・と思っていたら、ちょっと予想外の展開を迎えました。中山七里さん『隣はシリアルキラー』です。

 

こんな人におすすめ

連続殺人が出てくるサスペンスミステリーが読みたい人

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「出版禁止」 長江俊和

<心中>とはもともと<真心>を意味する言葉であり、転じて<男女が相手に真心を尽くし、愛を貫くこと>を意味するようになったそうです。それがさらに変化し、何物にも邪魔をされない究極の愛の行為として、男女が一緒に死ぬことを指すようになったんだとか。一家心中、無理心中、ネット心中など、一言で<心中>と言っても様々ですが、言葉のイメージとして一番世間に浸透しているのは、上記のケースだと思います。

かつては幕府が厳しく禁じるほど社会的注目を集めたテーマであり、必然的に心中を扱った作品もたくさん生まれました。江戸時代には<心中物>というジャンルが存在しましたし、現代でも石田衣良さんの『親指の恋人』や渡辺淳一さんの『失楽園』というように、心中がキーワードとなった小説は多いです。そして、恋愛小説では恋人同士の愛の形として扱われる<心中>ですが、ミステリーやホラーだと今後の事件への布石となるパターンが多いですよね。今回ご紹介するのは、長江俊和さん『出版禁止』。この方の謎の仕掛け方、やっぱり好きだなぁ。

 

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ノンフィクション風ミステリーが好きな人

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「カインの傲慢」 中山七里

医療問題は総じてデリケートなものですが、中でも臓器移植問題の複雑さは群を抜いています。「虫歯になったら歯医者に行こう」とは言えても「病気になったら臓器移植を受けよう」とはなかなか言えるものではありません。理由は色々あるけれど、その中の一つは<臓器提供が行われる=提供者は体にメスを入れて臓器を摘出されている、場合によっては死んでいる>からではないでしょうか。病気や怪我なら仕方ないが、五体満足の体を開いて内臓を取り出すなんて不自然だ、親しい身内ならともかく他人のために手術なんて受けたくない、臓器移植を待つということはどこかの誰かが死ぬのを待つことではないか・・・そういったネガティブな考え方があるのが現実です。

しかし、どれだけ否定的な意見が出ようと、自分自身や大切な人が臓器移植を待つ身となれば、誰だって手術を望むでしょう。こうしたアンビバレントな状況から、臓器移植はフィクション界でも常に注目されるテーマです。私が初めて読んだ臓器移植に関する小説は、貫井徳郎さんの『転生』でした。どうしても重くなりがちな題材を、後味の良いラブストーリー&ミステリーに仕上げた良作でしたよ。では、最近読んだこの作品はどうでしょうか。中山七里さん『カインの傲慢』です。

 

こんな人におすすめ

臓器移植が絡んだミステリーが読みたい人

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「毒島刑事最後の事件」 中山七里

何をもってその作品を好きと思うか。基準は人それぞれです。ストーリーが何より大事と言う人もいれば、その作家さんの作品なら何でも読んでみるという人もいるでしょう。タイトルや挿絵に重きを置く人だっているかもしれません。<登場人物>もその一つ。「このキャラ大好き」「この人が主人公なら続編も読んでみよう」。そうやって読む本を決めることって、案外多いのではないでしょうか。

小説界の人気キャラといえば、私が真っ先に思い浮かべるのは有栖川有栖さんの『作家アリスシリーズ』に出てくる火村英生と、森博嗣さんの『S&Mシリーズ』に出てくる犀川創平。どちらもコミカライズや映像化されている人気作品なので、ご存知の方も多いと思います。私も二人とも大好きですが、ここ数年で、彼らをしのぐほど好きなキャラクターと出会ってしまいました。中山七里さん『毒島刑事最後の事件』に登場する毒島真理です。

 

こんな人におすすめ

皮肉の効いたミステリー短編集が読みたい人

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「出版禁止 死刑囚の歌」 長江俊和

自慢して言うようなことではありませんが、私は単純な人間です。物事の裏側を読んだり、水面下に秘められた事実を察するというのが苦手。おかげで昔からさんざん「鈍い」「KY」と言われたものです。

ですが、読書においては、鈍感さが役立ったこともあります。どんでん返しが仕掛けられた小説を読む時、作中の手がかりからオチを見抜くという器用さが全然ないため、真相判明時にはいつも特大のビックリを味わえるのです。綾辻行人さんの『十角館の殺人』や歌野晶午さんの『葉桜の季節に君を想うということ』の真相を知った時なんて、本当に「ええーっ!?」と声に出して驚いたものだっけ。今回ご紹介する作品にも、世界がひっくり返るようなどんでん返しが用意されていました。長江俊和さん『出版禁止 死刑囚の歌』です。

 

こんな人におすすめ

・ノンフィクション風ミステリーが読みたい人

・どんでん返しが仕掛けられた小説が好きな人

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「崩れる 結婚にまつわる八つの風景」 貫井徳郎

結婚については、世界各国の偉人達が様々な名言を残しています。「人類は太古の昔から、帰りが遅いと心配してくれる人を必要としている」と言ったのはマーガレット・ミード、「右の靴は左足には合わない。でも両方ないと一足とは言えない」と言ったのは山本有三、「あなたがもし孤独を恐れるならば、結婚すべきではない」と言ったのはチェーホフ、「恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻してくれる」と言ったのはリヒテンベルクです。温かいものもあれば皮肉の効いたものもありますが、そもそも結婚自体、良い面と悪い面の両方を持つものなのでしょう。

現実の結婚が幸福なものであってほしいのは言うまでもありませんが、フィクションの世界ならば、結婚にまつわるトラブルは物語を盛り上げるスパイスにもなり得ます。秋吉理香子さんの『サイレンス』、垣谷美雨さんの『結婚相手は抽選で』、辻村深月さんの『傲慢と善良』等々、主人公が結婚を意識したことで事件や騒動に巻き込まれる小説はたくさんありますね。今日ご紹介する小説を読んだら、結婚するのがなんだか怖くなってしまうかもしれません。貫井徳郎さん『崩れる 結婚にまつわる八つの風景』です。

 

こんな人におすすめ

結婚をテーマにしたサスペンス短編集が読みたい人

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