はいくる

「死者は黄泉が得る」 西澤保彦

人は時に<恐らく絶対実現不可能だろうけど、願わずにはいられない夢>を見てしまうことがあります。世界中の富をすべて手中に収めてしまいたい、かもしれない。片思いの相手が一夜にして自分に夢中になればいいのに、かもしれない。人によって願う夢も様々でしょうが、<亡くなった人が甦ればいいのに><死んでもまた生き返りたい>と思う人は相当数いそうな気がします。

古来より、死者の復活は多くの人類にとっての願いでした。あまりに願いが強すぎて、怪しげな薬に走ったり、残酷な人体実験に手を染める者までいたほどです。大往生を遂げた老人ならまだしも、この世には不幸な死を遂げる人が大勢いるわけですから、彼ら彼女らが甦れば、そりゃ嬉しいこと楽しいこともたくさんあるでしょう。しかし、どんな物事であれ、表があれば裏もあるもの。自然の摂理に反した存在がどんな事態を招くか、誰にも予想はできません。今回ご紹介するのは、西澤保彦さん『死者は黄泉が得る』。死者復活に絡んだ悲劇と笑劇(喜劇ではない)を堪能することができました。

 

こんな人におすすめ

生ける屍が登場するSFミステリーに興味がある人

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アメリカの人里離れた地に建つ謎の館。ここでは、六人の女性がひっそりと共同生活を送っていた。六人の共通点は、全員、館に設置された装置によって死から甦った身であることだ。ある日、彼女達は館を訪れた女性を殺害し、装置の力で蘇生させて仲間に引き入れようとするも、なぜか失敗。まさか、装置が壊れたのか。初めての事態にパニックに陥る六人だが・・・・・所変わって、これまたアメリカのとある町で、ハイスクールで一緒だった男女五人がレストランでささやかな同窓会を開いていた。和やかなひと時を過ごす五人だが、会の終了直後、参加者の一人・クリスティンの弟が何者かに殺害される。その衝撃から覚める間もなく、次々襲撃される同窓生達。これは、かつての仲間を狙った連続殺人なのか。死と蘇生を繰り返す女性達との関連は何なのか。最後の一行で世界が反転する、西澤流SFミステリーの真骨頂

 

死者が蘇生するという設定の小説はたくさんあります。ですが、大抵は蘇生の反動で凶暴な人食いゾンビと化したり、見た目は生前のままでも精神は邪悪になったりと、良くも悪くも行動的(?)で目立つ存在として描写されることが多いです。一方、本作の死者達はひたすら陰陰滅滅と内にこもるばかり。『バイオハザード』ばりのアクティブな元死者を期待していると物足りないかもしれませんが、私はこの描き方がかなり気に入りました。

 

物語は<死後><生前>という二つの世界で構成されています。まず<死後>の世界。アメリカのどことも知れぬ地に、ひっそりと建つ館。ここでは、謎の装置によって死から甦った六人の女性達が暮らしていました。誰かが館に迷い込むと、彼女達は秘密がバレるのを防ぐため、協力してこれを殺害。装置の力で蘇生・記憶の改竄を行い、仲間にしていたのです。ある日、館にやって来た女性をいつも通り殺害する六人ですが、装置に入れても女性は死んだまま。装置の故障の可能性に気付いた女性達はパニックに陥ります。というのも、装置によって甦った死者は、定期的に装置に入って若返らないと、体だけが延々と老化してしまうのです。死ぬこともできず永遠に老いさらばえていくなんて耐えられない。どうにか事態を解決しようと四苦八苦する六人ですが・・・・・

 

もう一つの<生前>は、アメリカの小さな町・ヒドゥンヴァレイが舞台です。ある夜、高校時代を共に過ごした五人の男女が、プチ同窓会を開きます。高校教師になったマーカス、刑事のスタンリー、エリート銀行マンのタッド、才色兼備のマドンナだったクリスティン、日本留学を間近に控えたジュディ。多少ぎくしゃくしつつも和やかな時間を過ごす五人ですが、同窓会直後、クリスティンの弟であるフレッドが殺害されるという事件が発生。さらに、高校時代の仲間達が次々と襲われ、第二、第三の犠牲者が出てしまいます。まさかこれは、何者かによる連続殺人事件なのでしょうか。

 

<謎の装置によって、どういう原理か不明だが死者が甦る>という設定を受け入れられるか否か。そこが、この作品を楽しむための最大のポイントです。『人格転移の殺人』『複製症候群』などをはじめとする多くの西澤SF作品同様、本作では「そもそもなんでこんなことが可能なの?」「誰がこんな物を作ったの?」という疑問点は完全スルー。上に挙げた二作品では、一応、政府関係者がメカニズムを解明しようと尽力する描写がありますが、本作ではその様子すらなく、当たり前のような顔で作中に存在し続けます。ここが気になる人にとって、きっと本作はモヤモヤしっぱなしでしょう。

 

逆に気にならないなら、奇抜なSF設定とロジカルなミステリーの融合を堪能することができます。館の訪問者を殺して仲間に引き入れ続ける死者達と、平和な町で相次ぐ連続殺人事件。一見、てんでばらばらな世界が、ラストで見事に噛み合う瞬間のカタルシスときたら!西澤保彦さんのSFの場合、どんなに奇天烈そうに見えても、法則がしっかり組み立てられているので、本格ミステリーとしても楽しめるんですよね。あまりに世界観がしっかりしているので、一瞬、<死者がぴんぴん復活する>というトンデモ設定を忘れてしまいそうになりました。

 

個性的なシチュエーションの方が目立ちがちですが、本作は青春ミステリーとしても秀逸です。<生前>パートで描かれる、高校卒業後、久しぶりに集まった同窓生達。表面上は和やかに振る舞う五人ですが、水面下では見栄や嫉妬、猜疑心がせめぎ合います。かつてのマドンナへの恋心をくすぶらせる者、己の栄光をひけらかそうとする者、幸福なはずの現状に不満を募らせる者・・・一〇〇パーセントの善人など一人もいない、生臭いエゴ満載の人間模様がめちゃくちゃリアルでした。彼らが、連続殺人が起こらなければ、色々ありつつ普通に生きていったんだろうなと思うと、なんともやるせない気持ちになります。

 

エピローグ、最後一行の衝撃は、恐らく西澤ワールドでも一、二を争うほどでしょう。ちょっと伏線が分かりにくいので、二度読み、三度読みが必要になるかもしれませんが、それを差し引いても余りあるほどの完成度でした。最近、あまり書かれていないようですが、西澤保彦さんの海外を舞台にした作品って、文化や社会背景の描写が絶秒で大好きなんですよね。また新作を書いてほしいと、切に願います。

 

まさかあなただったとは・・・・・!!!度★★★★★

これはまさしくアンハッピーエンド度★☆☆☆☆

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コメント

  1. しんくん より:

    人格転移の殺人と同じくらい期待出来そうな西澤ミステリーですね。
    是非とも読んでみたいです。
    バック・トゥ・ザ・フューチャーを観ましたが、過去に行って未来を変えること同様に死者が蘇ることはあり得ないことであり絶対的なタブーであることを小説や漫画を読む度に思います。
    それをどういう展開と結末に持っていくかが作家の腕の見せ所でありいくらでもパターンが思いつきそうなテーマであるとも感じました。
    早速図書館で探してきます。
    最近読んだ2022本屋大賞受賞作「同士少女よ、敵を撃て」は深緑野分さんの「戦場のコックたち」「ベルリンは晴れている」「オーブランの少女」に近い雰囲気を感じました。

    1. ライオンまる より:

      「人格転移の殺人」と作風が似ています。
      死者復活という壮大かつ複雑なテーマを、「なぜかできるんです」という理屈で描いてしまうところが、いかにも西澤ワールド。
      お気に入りの作品なので、しんくんさんが楽しんでくれたら嬉しいです。

      「同志少女よ~」は予約を入れるのが遅くなってしまい、現在288番目・・・
      こ、今年中には無理かしら(汗)

  2. しんくん より:

    なかなか複雑で驚異的な青春SFミステリーでした。
    ゾンビとSFの奇妙な6人の女性たちのストーリーと高校卒業後「あすなろ白書」のような青春ストーリーにミステリーが絡んで次第に引き込まれて行きました。
    ただ死者を蘇らせるMESS、SUBRE、コモンセンスの設定の出処は?
    ラストの驚愕の一文も理解出来たようで有耶無耶して何となく消化不良のまま終わってしまいました。
    ジュディはどこで入れ替わったのでしょうか。

    1. ライオンまる より:

      仰る通り、死者蘇生の成り立ちや原理が完全スルーされていることを受け入れられるか否かで、本作の評価は大きく変わると思います。
      私は「西澤ワールドだから、これでヨシ」と流しましたが、気になるならモヤモヤが残るでしょうね。
      (以下ネタバレ)

      ジュディは、館の女達が仲間を増やすため、墓から死体を掘り起こしてきたようです(「インタールド」に記述あり)。
      過去と未来の物語が同時並行するので分かり辛いですが、冒頭から<お嬢ちゃん>と呼ばれていたのは全部ジュディ。
      館で<スザンヌ>と呼ばれていたのは、スザンヌのバイクとIDを奪ったミシェル。
      クリスティンは、自身の虜だったはずのマーカスがジュディに接近しようとしたこと、自分が中年になったのにジュディが若いままなことが許せず、ジュディの存在自体を否定するため、ジュディを<ミシェル>扱いした上で殺人犯呼ばわりしたのかな?と推測しています。

  3. しんくん より:

    ジュディもミシェルも最初から登場していた館のメンバーだったのですね。
    今思うと死者の蘇るシステムもその背景も最初から書いてあったのを編集の都合でカットされたのではないか?と思いました。
     それを頭に入れて再読すれば少しは消化不良も解消されそうです。

    1. ライオンまる より:

      あえて時系列をばらばらにしているのが、本作のキモなんですよね。
      ただ、西澤保彦さんの普段の作風から推察するに、死者蘇生のシステムに関する説明は最初からないのかも?と思っています。
      ものすごく突飛な超能力や装置を、「そういうものがあるんです」で押し切るのが西澤ワールドなので(^^;)

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