はいくる

「ボランティア・スピリット」 永井するみ

<ボランティア>の語源は、十字軍結成の際、神の意思に従って従軍した志願兵のことだそうです。現在でも、自ら進んで軍人となった志願兵のことを<ボランティア>と呼ぶことがあるのだとか。現代日本でこういう使われ方をすることはまずありませんが、<自分の意思で公共性の高い行動に参加する>という点では共通していますね。

ただし、この世のすべての物事がそうであるように、善行であるはずのボランティアにも問題点が存在します。どんな問題か、一つ一つ挙げるときりがないので省略しますが、突き詰めると、ボランティアを行う側と受けれる側の意識の問題に帰結するのではないでしょうか。この作品を読んで、そんなことを考えました。永井するみさん『ボランティア・スピリット』です。

 

こんな人におすすめ

人の心の闇をテーマにした小説が読みたい人

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外国人労働者にかかった犯罪容疑、有閑マダムが留学生に対して抱いた疑惑、夫の本音を知ってしまった新妻の苦悩、青年ボランティアを思う韓国人留学生の恋の顛末、ストーカーに怯える女性が知った悪意の正体、教室から消えたブラジル人少年の行方、日本語教室が巻き込まれた痴漢事件の思わぬ真相・・・・・外国人向け日本語教室で繰り広げられる、愚かでやるせない人間模様

 

永井するみさん、もしかしてボランティアで何か嫌な思いしたの・・・?と勘繰りたくなるくらい、ボランティアに関わる人間のエゴが生々しく描かれています。身勝手な理由でボランティアに参加し、内心で外国人を差別するスタッフ達。困った時だけ助けを求めておきながら、実は日本人を便利屋か金蔓としか見ていない外国人達。後味悪いエピソードが多いですが、最終話まで読み進めると、「でも、エゴだけじゃないんだよな」と思わせてくれるところが良かったです。

 

「冬枯れの木」・・・リストラによる退職後、暇を持て余して日本語教室でのボランティアを始めた山崎。ある日、担当していたパキスタン人のナディームが、勤務先社長の自宅に放火した容疑をかけられる。真面目で勤勉だったナディームが、まさか。疑問に思った山崎は、ナディームの生活を調べてみることにして・・・・・

今回、主役となる山崎は、登場するボランティアスタッフの中で、恐らく一番人間ができています。そのせいか、外国人労働者への差別という深刻な問題を扱っているにも関わらず、読後感は比較的良かったですね。こういう聡明な人はリストラしちゃいかんよ、経営陣。

 

「ボランティア・スピリット」・・・道子は主婦仲間への見栄から日本語教室でボランティアを始めたものの、内心、不満が溜まって仕方がない。生徒には不真面目でルーズな者が多い上、不法滞在している不心得者もいるという。そんな中、教室で開かれたパーティーで、道子の財布から紙幣がごっそり消えた。状況からして、直前にバッグを触った韓国人女性が怪しいのだが・・・

「ワタクシ、ボランティアで日本語教師をしておりますのよ、おほほ」「まあ、奥様、立派だわ」というやり取りをしたいためだけにボランティアを始めるという、ステレオタイプの有閑マダムが出てきます。道子が視野の狭い俗物なのは間違いないのですが、彼女の家庭環境を思うと、嫌悪感よりむしろ哀れさを感じました。そういえば、かのマザーテレサも、世界平和をなすための行動として「家に帰って、家族を大切にしてあげてください」と言ったんだっけ。

 

「雨」・・・タイから来た十歳年下のナディと結婚し、幸福を噛み締めて暮らすOL・妙子。周囲の反対を押し切っての結婚だが、ナディは優しく、暮らしに何の不満もない。ある時、気まぐれでナディが通う日本語教室を訪れた妙子は、彼が内心で「年上のおばさんと暮らすのが嫌だ」と思っていることを知ってしまい・・・

真面目に生き、誠実な夫との結婚生活を楽しんでいたはずの妙子の気持ちを思うと、切なくて仕方ありません。ただ、この夫のナディも、内心で妙子を金づるとしか思っていないにせよ、具体的に悪いことをしているわけじゃないんですよね。妙子が再び幸せを感じられる日が来るといいんですが・・・

 

「誰に恋すればいい?」・・・ファンションビジネスを勉強するため、韓国からやって来た早雪(チヨソル)。日本で嫌な思いもたくさんしたが、日本語教室でボランティアの守口と会うのはやめられない。ぶっきらぼうで口数の少ない守口との会話の中で、早雪は引っ越しを考えていることを打ち明けるが・・・・・

日本人目線ではなく、日本語教室に通う外国人目線で描かれた話です。故郷では富裕層として生まれ、しっかり教養も品位も身に付けた早雪が、日本で侮蔑の対象となる場面は胸が痛い・・・ただ、今回は早雪の周りに真っ当な人が多いからか、なかなか爽やかなエピソードに仕上がっています。終盤出てくるあの人、グッジョブ!!

 

「きれいな手」・・・コンビニ店主の光岡は、元恋人のフィリピン人・アリーシアを探している。一時は同棲し、散々金品を貢がせたにも関わらず、稼業が苦しくなった光岡が協力を求めた途端に逃げたのだ。せめて、注ぎ込んだ金だけでも取り返したいと思うものの、アリーシアの新たな同棲相手に逆に叩きのめされてしまう。怒りが収まらない光岡の目に、ふと、ある光景が飛び込んできて・・・・・

アリーシアが光岡を利用したことはまず間違いないでしょうし、そのことで光岡には怒る権利があると思います。ただ、その後に光岡が一線を踏み越えてしまったことを思うと、決して彼を一方的に擁護できないんだよなぁ。これから光岡が蟻地獄にはまっていく様子がリアルに想像できてしまい、憂鬱な気分になりました。

 

「ジャスミンの花」・・・日本語教室ボランティアのリーダー格である香奈の身辺に、ストーカーらしき存在がちらつき始める。香奈を隠し撮りした写真が大量に教室に送りつけられ、自宅には監視していることを匂わせる手紙まで届く。香奈の脳裏に浮かんだのは、自身に好意を寄せていたナディームの姿。彼はとっくに故郷に帰国したはずなのだが・・・

これまでの話で、溌剌とした感じのいい女性として描写されてきた香奈。そんな香奈の、表に出ない傲慢さや身勝手さが描かれていました。とはいえ、聖人じゃないのだから、誰しも欠点の一つや二つあって当たり前。香奈が受講生達にとって良きボランティアだったことは事実だし、やっぱりこの恨まれ方は筋違いだと思っちゃいます。こういう衝突は、どこの集団でも起こり得るんでしょう。

 

「夜に辿る道」・・・道子の最近の悩みの種は、教室に通う小学校六年生のブラジル人少年・ロベルトのことだ。子どもだということを差し引いても落ち着きがなく、不真面目な上、道子にも妙に馴れ馴れしい。イライラが溜まった道子は、つい教室内でロベルトの批判を口にし、それを本人に聞かれてしまう。その直後に届いた、ロベルト失踪の知らせ。まさか自分の失言を聞いたせいかと、慌てる道子だが・・・・・

第二話と同じく、主婦ボランティアの道子が主役を務めます。相変わらず見栄っ張りだし、子どものロベルトを「犬以下」などと言ってしまう性格の持ち主。そんな彼女が、後半、ロベルトの真意に気付いて行動し始める展開は清々しかったです。まあ、たぶん道子も、賢い人じゃないにせよ悪人というわけじゃないんでしょうね。

 

「そばにいて」・・・気軽な恋愛ゲームが何より好きな静乃の目下のターゲットは、日本語教室に通う中国人・陳。見栄えがいい上、資産家というところが気に入った。だが、陳との距離を縮めている最中、元恋人の克己と出くわしてしまう。かつて、静乃は嫉妬深く暴力的な克己から這う這うの体で逃げ出したことがあり・・・・・

自意識過剰で自己中心的な静乃は、昼ドラに出てきそうな正統派・嫌な女。それなりに恋愛経験を積んでいそうなのに、陳が自分を疎んでいるのにまるで気づいていない辺りから、彼女の底の浅さが見て取れます。最後、静乃を待ち受けていた運命は過酷なものですが、本人の性根が大概アレな感じなので妙に後味良いという、不思議なエピソードでした。

 

「言葉にならない」・・・日本語教室で起こったトラブルのせいで、市民センターがフロアの貸し出しを渋るようになった。何とかしなければと考え始めた矢先、教室に通うイラン人・レザが建物内で女子中学生に抱き着くという事件を起こす。レザは断固否定しているし、レザを知るスタッフ達にも、彼がそんな事件を起こすとは思えない。ベテランボランティア達は、手分けして事件を調べ直そうとするのだが・・・・・

山崎、道子、守口、香奈といった、これまで主役を務めてきたボランティア達が集結します。とはいえ、彼らは何の権限もない一般人。調査は難航する・・・と思いきや、ここで再調査を面倒がっていた道子がいい仕事してくれました。四人の中で一番俗っぽい道子が、長年の主婦経験のせいで女性同士の対人スキルに秀でているという設定、上手いですね。最後の最後、もう一つの黒い疑惑が浮かぶものの、全体的には丸く収まって良かったです。彼女が今後大丈夫なのかは、かなり気になりますが・・・・・

 

それなりに事件っぽいことも起こるものの、明確に顛末が分かるのは第一話と最終話くらいで、あとはすべて「その後が一番気になるのに!」という終わり方をします。ミステリー小説を求める読者には肩透かしかもしれませんが、現実には、はっきりした謎解きなどそうそう行われるはずありません。良くも悪くも現実のほろ苦さ、ままならなさ、その中で足掻く人間の力を感じさせる佳作でした。

 

誰にだって利己的な面はある度★★★★★

志のない人間にいい結果は出せない!度★☆☆☆☆

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